【2017年/韓国/101min.】
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ドイツ・ハンブルク。
既婚男性との恋に疲れ、何もかも捨て、逃げるように見知らぬ異国へやって来た女優・ヨンヒ。
姉のように慕う友人・ジヨンのもとに身を寄せ、
週末には韓国から会いに来るはずの恋人を待ちながら、この街で静かに過ごすが、
彼が本当に自分を訪ね遠路遥々やって来るのか、徐々に信じられなくなっていく。
韓国・江陵(カンヌン)。
帰国したヨンヒは、この海辺の街で、久し振りにジュニ先輩と会う約束。
待ち合わせまでの余った時間を潰していたところ、偶然にも古い知り合いのチョンウと再会し、
ボンボンというカフェに入り、暫しお喋り。
用があって席を外したチョンウに代わり、もう一人の知り合いミョンスが来店。
ミョンスは、この店を取り仕切っている女性・ドヒの恋人で、共同経営者の一人でもあるのだ。
懐かしい人々と再会したヨンヒは、この街に留まるため、紹介されたホテルへ。
部屋の前は、一面の海。
その砂浜に横たわっていると、彼女を案じた男性が声を掛けてくる。
顔を見ると、知り合いの助監督アン・スンヒであった。
なんでも、ヨンヒが付き合っていた監督サンウォンの新作映画のために、ロケハンをしており、
サンウォン監督もこの街に来ているという…。
ホン・サンス監督が、女優キム・ミニとコラボした近年の4作品を、日本でドーン!と一気に公開。
『自由が丘で』(2014年)で以来、久し振りにスクリーンで観るホン・サンス監督作品である。
4本とは、日本公開の順に、『それから』(2017年)、『夜の浜辺でひとり』(2017年)、
『正しい日 間違えた日』(2015年)、そして『クレアのカメラ』(2017年)。
ホン・サンスは、韓国映画界で5本の指に入るお気に入り監督なので、作品の公開は嬉しいけれど、
欲を言えば、もっとバラけて、小出しで公開してくれた方が、私にとっては好都合であった。
今回観た『夜の浜辺でひとり』は、2017年、第67回ベルリン国際映画祭に出品され、
結果、銀熊賞・最優秀主演女優賞を獲得した作品ということもあり、
4本の中でも、取り分け気になっていた。
本作品は、不倫の恋に疲れ、仕事を捨て、逃げるように海外へ身を隠した女優ヨンヒが、
やがて帰国し、地方都市で、古い知人たちと再会し、静かに時を過ごす内に
徐々に変化していく彼女の心象風景を描く人生再生(途上)物語。
作品は、大きく2部構成になっており、
前半はドイツ・ハンブルク、後半は韓国・江陵(カンヌン)と、東西2ヶ所の海辺の街を舞台に展開。
ホン・サンス監督作品には、映画監督、大学教授、映画学科の学生といった設定の人物がよく登場し、
特に映画監督役の人物には、ホン・サンス監督自身の投影か?と匂わすものが多い。
で、ホン・サンス監督自身の私情が取り分け強く反映された半自叙伝にも思えるのが、本作品。
『正しい日 間違えた日』で、監督と主演女優という立場で出逢い、
恋愛関係に発展していったと噂されるホン・サンス監督と女優キム・ミニ。
妻子持ちの映画監督と22歳も若い女優との不倫疑惑が報道され、
韓国国内で大バッシングが巻き起こったことは、日本にも漏れ伝わってきた。
その後、この『夜の浜辺でひとり』発表時、不倫関係を認めた二人。
ホン・サンス監督は、妻との離婚を進めるべく、裁判もしているらしいが、
その後、離婚成立という話は聞きませんよねぇ?
まだドロドロしているのだろうか。
監督のスキャンダラスな私生活を重ね、好奇心の色眼鏡で本作品を観ることを、
低俗と思う人も多いであろう。
でも、そもそも、ホン・サンス監督は、
人気コミックなどをそのまま映画化する商業作品界の職人的映画監督とは異なり、
自分自身や自分自身の今の感情を、詩にしたためるが如く映像で表現していく芸術家なのだと感じる。
だからこそ、作中に現れる私情の濃度が、他監督の他作品より高くなり、それが作家性にもなっている訳で、
観衆が、作品にホン・サンス監督自身を重ねたり、監督の心情を汲み取るのもまた自然かナ、と。
『夜の浜辺でひとり』は、
不倫疑惑がスキャンダラスに報道されてから、その不倫関係を認めるまでの間に撮られた作品で、
既婚の監督と恋に落ちた女優目線で描かれている。
もちろん、当時の様子をそのまま描いた再現ドラマなどではなく、私情や事実は“一要素”でしかない。
特に、主人公の女優ヨンヒが、自分自身を見つめ直す後半部分は、
現実なのか、彼女の妄想なのか、その垣根が曖昧な白昼夢のようなシーンも結構あり、
観ていて、ヨンヒの心の内がどうなのか、あれこれ想像を掻き立てられる。
鑑賞後、ずっと考えているのは、(↓)こちらのシーン。
江陵に留まることになり、宿泊を決めたホテルの部屋に、知人たちを招き入れると、
バルコニーで窓ふきをしている男が一人。
この男、ヨンヒたちが窓際のテーブルにつきお喋りしている間も、ずーーーっとバルコニーに居るの。
スクリーンのこちら側から傍観している私の目には、明らかに不審人物なのだけれど、
映画の中のヨンヒたちには、まるで見えていない透明人間のようで、誰一人この男について言及しない。
笑っちゃうくらい非常にシュールなシーン。
ヨンヒの深層心理を表しているようにも思う。じゃぁ、具体的に、…何??私の想像力、及ばず。
この男にどういう意味があるのか、皆さまはどう解釈なさいましたか…?!
出演者には、ホン・サンス監督監督作品でお馴染みの面々も多い。
中でも、絶対に外せない主演女優は…
先程からすでに何度も名前が出ているキム・ミニ。
扮するは、主人公の女優ヨンヒ。
2015年の一作目『正しい日 間違えた日』以降、立て続けにホン・サンス監督作品に出演するキム・ミニは、
監督の創作意欲を刺激する存在なのであろう。
画家だと、その時々で交際している女性ばかりをモデルに描く人も多い。
例えばピカソとか、後世の我々が作品を見て、「この頃は〇〇が恋人だった時期」と判り易い。
ホン・サンス監督のやっている事って、
つまりは画家にとっての絵画が、映画に置き換わっただけという気がする。
まずキム・ミニありきで、今度はこういう風に撮りたい、次はこんな内容でと、
次から次へとアイディアが湧いてくるのでしょう。
本作品の主人公ヨンヒの職業が女優であると、私は最初から当たり前のように何度も書いてしまったけれど、
実のところ、ヨンヒが女優で、不倫相手が映画監督である事は、映画後半まではハッキリとは明かされない。
前半で分かるのは、ヨンヒという一人の女性が、年の離れた既婚者との恋に疲れていることくらい。
「彼はもう若くはなく、頭も薄くなってきている」、
「私は色んな男性と付き合い、遊んできたから、今はもう相手の容姿は重要ではない」といった具合に、
これまで数々の浮名を流してきたキム・ミニ自身が重なる台詞も多々あるのだが、
その時点では分からないヨンヒの職業が、後半明かされていくプロセスも、なかなか巧妙で面白かった。
そんなキム・ミニの魅力は、親ほど年の離れた恋人が撮る作品の中で、ヨンヒの口を借り、
「これまで散々遊んできた」と言ってしまえるほど、率直で、大胆な“不良”であること。
キャストそれぞれの素が出ているのではないかと思わせるモキュメンタリー群像劇、
『女優たち』(2009年)で、彼女を見た時にもそう感じた。
『お嬢さん』(2016年)での突き抜けた演技からも、それは窺える。
生真面目なな男性に限って、イイ子ちゃんより不良に振り回されてしまうもの。
60に手が届くおっさんホン・サンス監督が、キム・ミニという沼にズブズブ嵌っている様子が目に浮かぶ。
キム・ミニをモチベーションに作品を作っているだけあり、
本作品でも、彼女の魅力は充分引き出されており…
お陰で、第67回ベルリン国際映画祭で、銀熊賞・主演女優賞受賞!
ベルリンでこの賞を受賞した韓国人女優は、キム・ミニが初めてなのですって。
自分のミューズをひたすた撮り続ける監督はかなり居て、
そう言えば、中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督も、
彼のミューズで、私生活では妻の趙濤(チャオ・タオ)とは、当初不倫。
前の妻と結婚した年に、『プラットホーム』(2000年)で趙濤と出逢い、
いつの間にか(恐らく2009年頃)前妻と離婚し、2011年に趙濤と再婚している。
ホン・サンス監督の場合、妻との離婚が成立したところで、
数年後にキム・ミニに捨てられているという気がしなくもないのだけれど、
その時はその時で、妻にも愛人にも見限られた初老のトホホな映画監督の物語を撮ってくれそうなので、
私生活がどういう方向に転がって行ってもOKヨ。
この『夜の浜辺でひとり』は、登場人物たちがお酒呑んで、煙草吸って、取り留めのない会話をして、
…と基本的には毎度のグダグダのホン・サンス節。
引きで捉えていたカメラが、いきなりググッと被写体にズームする映像なども、
ホン・サンス監督作品のお約束通り。
これまでのホン・サンス監督作品が好きな人なら、これも気に入るだろうし、
今まで苦手だった人は、これにもやはり退屈するであろう。
ホン・サンス監督の作風が好みに合わない人が、
監督と女優の不倫報道に食い付いて、この『夜の浜辺でひとり』を見たところで、
その期待に沿うスキャンダラスでドラマティックな映画ではないので、肩透かしを食らう気がする。
私がホン・サンス監督作品を好きなのは、
見せ場盛り沢山で熱量の高い、いわゆる韓国映画のイメージとはまったく違い、ユルユルだからであり、
この『夜の浜辺でひとり』も生温く、観終わってから、何やらジワジワ来ております。
ついでに、邦題についても述べておくと、この『夜の浜辺でひとり』でまったくOKなのだけれど、
映画館でチケットを買う際、
『夜の浜辺“に”ひとり』でしたっけ、それとも『夜の“海辺”でひとり』でしたっけ?と迷った。
まぁ多少間違っていたところで、大筋合っていれば、分かってもらえるけれど。