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映画『夢売るふたり』

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【2012年/日本/137min.】
市澤貫也と里子は、東京の片隅で小料理屋“いちざわ”を営む夫婦。
小さな店だが、家庭的な雰囲気と、貫也の料理が評判で、それなりに繁盛。
ところが、開店5周年を祝うその晩、調理場からの失火で、客で賑わっていた店は、無残にも全焼。
全てを失った夫婦は、取り敢えず他店に職を得るが、もう一度自分たちの店を持つ夢が捨てられない。
落ち込み、悶々とする貫也は、ある日偶然店の常連だった睦島玲子と再会。
上司との不倫を清算したばかりで塞ぐ玲子にひと晩付き合い、彼女から思い掛けず大金を譲り受ける。
これにヒントを得た里子は、女たちの心の隙間に入り込み、結婚詐欺で開店資金を稼ぐことを思い付く…。
 
 
西川美和監督、『ディア・ドクター』以来3年ぶり4本目の長編作品。
これまで通り、“原作モノ”ではなく、西川美和監督によるオリジナル脚本。
 
今回取り上げたのは、結婚詐欺
市澤貫也・里子夫妻は、調理場からの失火が原因で、経営していた開店5年になる小料理屋を失う。
妻・里子から、「またゼロからやり直せばいい」と励まされても、資金の目処も立たず、悶々とする夫・貫也は
ある晩偶然店の常連だったキャリアウーマン睦島玲子と再会。
上司との不倫関係を不本意な形で清算したばかりの玲子から、ちょっとした“御縁”で大金を譲り受ける。
その大金が、貫也の浮気相手から転がり込んだ金だと察した里子は
最初こそ怒りに震えるが、そこは現実派のシッカリ女房。
結婚をエサに、心が折れそうな女たちから大金を巻き上げることを思い付く。
こうして始まる開店資金調達を目的とした夫婦二人三脚の結婚詐欺
順調に滑り出した計画が、ターゲットとなる女たちは元より、貫也・里子夫婦の間にもさざ波を立て
思わぬ方向に進んでいく歪んだ愛の物語を描く。
 
夫が妻の手の平で転がされていれば夫婦関係は上手く行く、とよく人は言う。
料理以外の事はからっきし駄目な板さん貫也と、そんな貫也を支えながら、全てを仕切るシッカリ者の里子は
ある意味理想的な夫婦。
妻・里子は、夫・貫也が浮気相手からお金をもらってきたと察し
カーッとなり、その金を燃やそうとするが、それは一時の激情。
怒りも悲しみもピークを越えると、“罪を憎んで金を憎まず”の現実派。
それどころか、心に何らかの空洞を抱える女は、優しい男に理解され、結婚をチラつかされると
割りと簡単にお金を出してしまう事に気付く、なかなかの策士。
また、女から信用され易いモテ男の条件が決してルックスではないこと、
夫・貫也こそが女に信用され易い適材であることを見抜く、目利きのベテラン人事部長のような一面も。
大袈裟に言えば、里子は、劉備諸葛亮孔明それぞれの才覚を持ち合わせた逸材なのかも知れない。
 
 
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そんな夫婦、市澤貫也に扮する阿部サダヲと、市澤里子に扮する松たか子が、どちらも良い。
 
複数の男性から大金を騙し取ったオンナ結婚詐欺師・木嶋佳苗の写真が公表された時
そのあまりにも気の置けないルックスに、多くの日本人は呆気にとられたものだが
これは男性の結婚詐欺師にも置き換えられる。
心が折れそうな時、頼りになるのは一緒に居てドキドキするイケメンではなく
むしろドキドキしなくて済む親しみ易い癒し系のややブ男。
捨て犬の目をした、どこか可哀想な感じが漂う阿部サダヲになら、女は安心して、心を開いてしまうもの。
実際に、阿部サダヲ阿部寛に結婚詐欺をさせたら、阿部サダヲの方が、絶対に成功率が高いと思うワ。
 
松たか子もまた元々シッカリ者の印象が強いので、今回の里子役は最初からすんなりハマっている。
自分に合った適役をそつなく熟しているだけではなく、自慰シーンが有ったり
パンツに生理用品を貼り付け穿いてみたり、アザのできたお尻を出したりするのは
これまでの松たか子がお堅かっただけに、ハッとさせられる。
同じ梨園出身の女優でも、寺島しのぶだったら、今さらこれ位なんて事ないけれど。
フォークリフトさばきも堂に入っている。
 
 
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                                                        (クリックで拡大) 
貫也と関わる女たちから、色々なタイプの恋愛観や生き様が窺えるのも興味深い。
演じるのは、最初に貫也に大金を与える不倫キャリアウーマン睦島玲子に鈴木砂羽
結婚詐欺被害者第一号の棚橋咲月に田中麗奈
男運は悪いけれど気のいい風俗嬢・太田紀代に安藤玉恵
ウエイトリフティングのメダリスト皆川ひとみに江原由香
ハローワーク勤務のシングルマザー木下滝子に木村多江
 
皆それぞれに良い所が有る憎めないキャラ。
私は、自分に限って結婚詐欺に引っ掛かることなど無いと信じているけれど
どの女性にも少しずつ共感する部分が有った。 危ない、危ない…。
自分に一番近い人物を強いてひとりに絞るなら、棚橋咲月か。
「結婚も出来ないような人間だと思われる事にクタビれているだけです」という台詞にドキッ…。
あの“なっちゃん”が、行かず後家を演じる年になっていた事にも、シミジミ…。
 
ウエイトリフティング選手ひとみに扮する江原由香という人は、本作品で初めて知る。
扉座に所属する舞台女優らしい。 
まさか演技の出来るホンモノのウエイトリフティング選手を抜擢した訳など無いとは思っていたけれど
よくこんなに合った人材を探し出してきたものだ。
 
他にもちょこっとずつ多くの有名俳優が意外な役で登場していて楽しい。
クロージングクレジットで名前を見付け驚いたのがヤン・イクチュン
『かぞくのくに』のみならず、本作品にも出演していたのか。 まったく気付かなかった。
笑福亭鶴瓶の横に居た人”がヤン・イクチュンとのことだが
そもそも鶴瓶の横に人が居たことすら覚えていない。 あ゛ーっ、モヤモヤする。 もう一度観直したい。
 
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確かに撮影現場にヤン・イクチュン(右)。  素は朗らかなフツーのお兄ちゃん。
 
 
本作品は、西川美和監督長編4作目にして初めて東京を舞台にしている点でも気になる。
一軒仕事で幾度となく行っているお店が出てきた。 市澤夫妻が初めて棚橋咲月と出会う店。
日本橋にある料亭“しま津”という設定だが、ロケ地は表参道にある新潟料理の店“静香庵”
フォトジェニックで、高級料亭風に映っていたので、一瞬見紛えた。
 
“しま津”と限らず、他のお店も、いかにも実存しそうなネーミングが絶妙。
市澤夫妻が任される庶民的な小料理屋は“とまり庵”、里子がバイトするラーメン屋は“旨くてご麺”
 
モアリズムが担当する音楽も良し。 ギターの音色が心地よい。
休日の午後に部屋で流しておきたい感じ。 サントラ買うかも。
 
 
 
 
人には言いにくい身内との確執とか、平凡な人に潜む心の闇など
西川美和監督作品に描かれるドロドロには、いつも「そうそう、それそれ、有る有る」と頷ける部分が有る。
必ずしも実体験ではないが、私が世の人々を見て、常々なんとなく思っている事を
映像で具体的に示してくれているような気さえしてくる。
可愛らしい見た目と撮る作品にギャップが有るように言われているが、先日NHK『スタジオパーク』に出演し
「子供の頃から親に、人には優しくしなさい、あなたは人のイヤな所ばかりを見付ける、口が悪い、
と注意されてきた」と話すのを見て、おこがましいが、やっぱり自分に近い人なのかも…、と妙に納得。
 
結婚詐欺を題材にしたこの新作も、女性監督が手掛ける男と女の物語なのに
甘美なラヴストーリーとは程遠い。
私も“明日は我が身”の独身なので、サンプルのように独身女性を何パターンも見せ付けられると
自虐的に彼女たちに自分を重ねたり、逆に、彼女たちに注意勧告をしたくなるから、益々面白かった。
 
『ディア・ドクター』にしても本作品にしても、人を上手いこと欺いている主人公は
止め時を失い、結局バレるまで悪事を続けてしまうが
ああいう人たちって、懐スッカラカンになるまでギャンブルにのめり込んでしまうタイプかしら。
西川美和監督は、立派な人物より、そういう精神的に脆い人に面白味を感じるのだろう。
本作品で、主人公・貫也に“止め時”を作ってあげるのが
『ディア・ドクター』で“止め時”をなかなか見極められなかったニセ医者なのも可笑しい。
娯楽性にも富み、2時間越えの作品があっと言う間であった。

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