【2013年/中国・日本/100min.】
中国人青年・吉流が来日して約2ヶ月。
故郷では天才棋士と呼ばれていた彼も、ここ日本では囲碁を打つ機会にさえ恵まれない。
孤独と不安を抱えながら過ごしていたある日、野菜の行商をする老人・五十嵐君江と出会い、
君江の口利きで仕事を得、彼女の孫の翔一とも知り合う。
こうして徐々に日本社会に馴染んでいく吉流であったが、間も無くして事件発生。
大怪我を負った翔一が追っ手から逃れ、吉流に助けを求めてきたのだ。
吉流は翔一を匿い、君江に相談するが、彼女の孫に対する態度は厳しい。
ちょうどその頃、吉流はようやく囲碁のアマチュア選手権に出場が決まり、順調に勝ち進んでいくが…。

私の予想より公開が遅れたのは、やはり日中関係の悪化が原因だろうか。
撮影も311東日本大震災直後の日本で行われているし
クランクインからずーっと紆余曲折を経ての公開ということか。しみじみ…。
…と言うわけで、物語の舞台は全編
日本。

囲碁を極めるため日本にやって来た
中国人青年・吉流が

ある事情で囲碁と決別した老婦人・五十嵐君江と出会うことから始まる
国籍を越えた人と人との交流を描く日中友好人間ドラマ(調味用は囲碁)。
本作品、囲碁将棋チャンネルを中心に広告が打たれてきたようだし
実在の棋士・吳清源を描いた田壯壯(ティエン・チュアンチアン)監督作品、
『呉清源~極みの棋譜』を引合いに出されることも多いが
実際には“囲碁映画”というほど囲碁をフィーチャーしていない。
囲碁は物語の味付け程度だから、囲碁に特別興味が無くても、囲碁のルールを知らなくても、問題無し。
もっと重要なのは、主人公・吉流の目を通し描かれる日本や日本人。
蔣欽民監督と主人公・吉流では、職業も見た目もまったく異なるけれど、吉流は蔣欽民監督のイタコ。
8年間も日本で留学生活を送った蔣欽民自身の体験や日本観を、吉流を通し語っているかのよう。
どんな国でも、長く滞在すると、その国のイヤな部分を見てしまい、愚痴りたくもなるものだが
蔣欽民監督が本作品で表現した日本は、基本的に温かで優しく美しい。
それは、
ロケ地の選択にも見て取れる。

例えば、吉流と君江が出会うシーン。月島方面に向かう
バスに乗ったふたりが下車したのは

神宮外苑の並木道(あんな所に月島行きの都バスの路線が有るの…?)。
そこから
てくてく歩きだし、次のシーンではもう勝どき橋…!うーん、物理的に非常に困難な空間移動。

あの年で、あの大荷物を背負い、あの距離を徒歩で瞬間移動とは、君江、いくらなんでも健脚すぎでしょ…。
その君江は、千葉でひとり暮らしという設定。
周囲に何も無い大自然の中にポツンと建つ囲炉裏のある立派な古民家なのだが
あそこは本当に千葉なのだろうか。
“ありのまま”を撮るより、蔣欽民監督が日本をより素敵に見せるための工夫をしてくれているように感じる。
あと、本作品から感じられるのは、異国で暮らす者の孤独。
本作品には、主人公・吉流以外にもうひとり中国人女性が登場。
吉流の仕事先であるカプセルホテルで、フロント係りとして働く、“内藤加美”という日本名を持つ女性。
当初、日本人を装い、吉流にも日本語で話し掛けるが、その後色々な事に疲れてしまったのか
物語の後半には、吉流にポツリ、「我是中國人…(私、中国人なの…)。」と告白。
そんな告白が無くとも、彼女が初めて日本語の台詞を口にした瞬間から、我々日本人の観客には
彼女が非日本人であることはバレバレなのだから、非常に滑稽な人物設定に感じてしまう。
それでもこういう強引な描き方をしたのは
もしかして蔣欽民監督は、実際にこの内藤加美のような在日中国人の女性を知っていて
滑稽とも思える嘘で身構えるしかない異国人の孤独を表現したかったのかも知れない。
吉流やこの内藤加美の彷徨う雰囲気は
“中国人お洒落じゃないヴァージョン『ロスト・イン・トランスレーション』”という気がしないでもない。
出演は、囲碁を極めるために来日した中国人青年・吉流に秦昊(チン・ハオ)、
囲碁を封印し、野菜の行商をしながら暮らす老婦人・五十嵐君江に倍賞千恵子、
傷害事件を起こしてしまう君江の孫・五十嵐翔一に中泉英雄、
翔一の恋人で美容師の奈菜子に張釣(チャン・チュンニン)、
吉流が働くカプセルホテルのフロント係り・内藤加美に田原(ティエン・ユエン)。
『呉清源~極みの棋譜』で実在の棋士・吳清源を演じた張震(チャン・チェン)にどことなく似ている秦昊が
本作品で、吳清源と同じように来日した中国人棋士の役に起用されたのは、偶然か…?
婁(ロウ・イエ)監督作品『スプリング・フィーバー』で見初めた秦昊は、本作品の撮影に参加するため
外国人がすっかり消えた大震災後間も無い日本にやって来た貴重な中国人俳優。
反日デモが起きた時も、自身の微博で公けに「友情に国は関係無い」と呟き
日本人ファンと交流を続ける人柄の良さ。益々好きになってしまいますワ。
本作品ではほとんどの台詞が日本語。
勿論ペラペラではないけれど、“東京に来たばかり”の役なので問題無し。
むしろ、口数少なく、ポツリポツリと喋る秦昊から、異国人・吉流の孤独や生真面目さが醸され、良かった。
2014年には、『スプリング・フィーバー』と同じ婁監督が手掛けた出演作『浮城謎事~Mystery』が
『二重生活』の邦題で日本公開を控えているそうなので、とても楽しみ♪
ベテラン倍賞千恵子は、出演作多数にも関わらず、『男はつらいよ』のさくらの印象ばかりが強く残り
実はどんな女優さんなのか、あまりよく分かっていない気がする。
今回扮した五十嵐君江という女性は、シチュエーションでも随分雰囲気が異なり…
手拭いを被って野菜の行商をする素朴で庶民的な君江、着物でシャキッと装った気品のある君江、
両極端などちらの君江もすんなり馴染んでいる。女優さんって化けるわぁ~。
この秦昊と倍賞千恵子、ふたりの演技力と存在感のお蔭で、本作品は辛うじてなんとかなっているという印象。
他の登場人物は、俳優の演技力云々以前に、役の設定が無理矢理すぎる。
前述のように、ホテルのフロント係り・内藤加美は、「実は私、中国人なの…」などとカムアウトするまでもなく
我々日本人の目には、最初から彼女が日本人として立ち回っていることが、不自然に映る。
設定がさらに不可解なのが、台湾の人気女優・張釣扮する奈菜子。
日本名を持ち、吉流との初対面のシーンでは、訛った日本語で喋る。一応日本人という設定?
その後何の説明も無いまま、次に吉流は、なぜか彼女に中国語で電話を掛けている。
なぜ吉流は、奈菜子が中国語を解する女性だと知っているのか…?
それ以降の奈菜子の台詞は、日本語と中国語が半々くらいで、中国語の方が比較にならないほど流暢。
…にも関わらず、内藤加美のように身分を明かすことも無く、最後まで謎に包まれた女性。
不自然な人物像で、モヤモヤ感だけが残る。
日本が舞台なので、見慣れた日本人俳優も脇でちょこちょこ顔を出す。
特に、吉流の囲碁の対戦相手・名取役の窪塚俊介や、ホテルの宿泊客役の小市慢太郎は
予想していたより出番が多い。他にも、風間トヲル、斉藤洋介、仙波和之などなど。
あと、出演者ではないけれど、谷垣健治がアクション指導を担当。
まぁアクションシーンはほとんど無いけれど。恐らくケンカのシーンの立ち回りを付けたのであろう。
『東京に来たばかり』というより、『千葉に来たばかり』とタイトルを変えた方が良いと思うくらい
千葉に比べ東京の印象が薄い作品であった。
それはそうと、本作品で一番引っ掛かったのは人物設定であるが
それ以外でも、不自然な展開やスキが多く、ツッコミ所満載。
特に、傷害事件を起こした翔一を吉流が匿い、奈菜子が海外への高飛びを提案するくだりなんて
あまりにも作風に合わない突拍子も無い展開で、まったく感情移入できず、シラケてしまった。
ドラマティックな展開で奇を衒わず、吉流と君江の心の交流をもっとフツーに丁寧に描いた方が
ジワジワと感動できる作品になったのでは。
大震災直後の日本での撮影ということで、色々不安や反対もあったであろうに
それらを払いのけ来日してくれた秦昊の心意気には、本当に感動させられる。
それだけに、この作品の出来が、余計に残念。