【2013年/中国・日本/129min.】
≪山西の大海の場合≫
山西の鉱山労働者・大海は、炭鉱を仕切る会社社長と村長が結託し暴利をむさぼり続けていることに憤る。
不正を正そうと彼らに直談判を試みるが、事態は一向に好転せず…。
≪重慶の周三兒の場合≫
十八灣をバイクで走行中、3人組のチンピラに恐喝された周三兒は、逆にその3人を射殺。
その後街で強盗をはたらき、大晦日に重慶の実家へ。
久々に帰った故郷では、老いた母の誕生の宴が催されていた。
≪湖北の小玉の場合≫
宜昌のサウナ店・夜帰人で受付係として働く小玉には、広東人の恋人がいるが、実は彼は既婚者。
久し振りに自分を訪ねて来た彼に、離婚を催促するけれど、「もう少し待ってくれ」と言われるばかり。
そんなある晩、店にやって来た男性客に絡まれ…。
≪湖南の小輝の場合≫
広東の縫製工場で働く小輝は、怪我をした同僚の責任を押し付けられ、自分から退職。
友人の紹介で、東莞のクラブ中華娛樂城で、給仕の仕事を得る。
その新しい職場で同郷の蓮蓉と知り合い、親しくなるが、彼女の口から思い掛けない告白を聞き…。
今春、第66回カンヌ国際映画祭で
脚本賞を受賞した賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督最新作が

第14回東京フィルメックスのオープニング作品に。
すでに2014年の日本公開が決まっている作品ではあるが、どーしても観たかったので、チケット入手。
この上映に際し、賈樟柯監督が来日しQ&Aを実施しなかったのは、少々残念。
当初、台湾の金馬獎と日程が重なったのが、来日しない理由だと想像していたが
その日賈樟柯監督は、台湾へも行かず、北京でのんびりコーヒーを飲んでおられるではないか。
翌日、自身の微博で、「僕も“複雑的中国”を思い知らされた」と呟いている事から察するに
お国の不可解な事情で、中国国内に足留めを食らったようだ。
本作品は、
中国で実際に起きた4ツの事件から着想を得て描かれた4部構成の惨劇。

私は、ベースになった実際の事件を知らない(←具体的に知りたい)。
唯一4ツ目のお話だけは、“広東の工場”、“工員の飛び降り自殺”というキーワードから
2010年、日本でも報道された、富士康(フォックスコン)の工員連続飛び降り自殺事件が結び付いた。
本作品がこれまでの賈樟柯監督作品と少々異なる点は、近年増加傾向にあるこの手の陰惨な事件を
中国伝統の武侠に重ねた賈樟柯流武侠映画であること。
それは、武侠映画の巨匠・胡金銓(キン・フー)監督作品『俠女』(1970年)の英語タイトル、
『A Touch Of Zen』をもじった『A Touch Of Sin』が本作品の英語タイトルになっている事からも分かる。
作品を構成する4ツの物語には、それぞれ主人公が居て、彼らは中国4都市の4人の言わば“侠客”。
具体的には、山西の大海、重慶の周三兒、湖北の小玉、湖南の小輝という人物たち。
彼らは炭鉱夫だったり、出稼ぎ労働者だったり、格差の広がる中国で日蔭の側で生きる地方出身者たち。
理不尽を突き付けられたり、鬱憤が限界に達したり、社会に絶望した時、内3人は人を殺め、1人は自害する。
分かり易く、なおかつ最も“武侠らしい”と思える話は、一番目の山西の大海のエピソード。
地方官僚が私腹を肥やすといった種の中国に蔓延る汚職は、よく耳にする事だし
そういう悪代官を成敗し、不正を正そうとする大海は、まさに武侠映画の正しい侠客。
逆に、私の感覚で、あまり“武侠らしくない”と感じる話は、二番目の重慶の周三兒のエピソード。
さすらいの風来坊で強盗の三兒もまたある意味社会の弱者で、故郷に帰れば母親想いの孝行息子であるが
あの殺しっぷりに正当な理由を見い出すのは困難。
日本の街中でもたまに起きる無差別連続殺人を思い起こさせ
病んだ現代社会では、国に関係無くどこでも起こり得る事件なのだと一種の共感はできるけれど
“武侠っぽい”とは思わない。
最後のエピソードに出てくる小輝の勤務先“中華娛樂城”というクラブのシーンは興味深い。
特に香港や台湾からやって来る男性たちを客にする高級風俗店で
お店の女の子たちは様々なコスプレで客を接待。セクシー紅衛兵の軍事演習風パフォーマンスも有り(↑)。
日本人女性が一生足を踏み入れることの無さそうなお店を覗けて、面白かったー。
4人の侠客に扮するのは、山西の大海に姜武(チァン・ウー)、
重慶の周三兒に王寶強(ワン・バオチャン)、湖北の小玉に趙濤(チャオ・タオ)、
そして湖南の小輝に羅藍山(ルオ・ランシャン)。
姜文(チアン・ウェン)&姜武の姜兄弟はどちらも好きな俳優で、本作品も楽しみにしていた。
欲目かも知れないけれど、作中一番好きなキャラも、姜武扮する大海。
大海は、最終的には大胆な連続射殺事件を起こしてしまうが、無骨な男で、どこか抜けた部分があり
真剣に振る舞えば振る舞うほど、ちょっとした言動がユーモラス。
宛て名に“北京中南海”とだけ書いた封筒で陳述書を送ろうとし、郵便局で断られるシーンが、なんか好き。
糖尿病という設定なのかしら。
インスリン注射らしき物を打っていたけれど、おなかにブスッて。

蒼井そらも好みのタイプと公言している王寶強は ![]()

『ミスター・ツリー』(2011年)での壊れっぷりを見て、実力派俳優に認定。
本作品の三兒役も、一見ドンくさい田舎者なのに、…いや一見冴えない男だからこそ
何の躊躇いも無くサラリと残虐行為をやってしまう姿が不気味。
私が思う“侠客”ではないけれど、さすらう渡世人っぽくはある。
趙濤扮する小玉は、髪型からしてすでに女侠客(昨今、頭頂部でポニーテールにしている女性は珍しい)。
妻との関係を清算しない広東の交際相手が自分に残した果物ナイフで
別のしょーもない男たちを滅多刺しにする時の構えが堂に入っており、素人とは思えぬ必殺仕事人っぷり。
小輝に扮する羅藍山は見覚えが無いと思ったら、それもそのはず、本作品が演技初体験の19歳なのだと。
俳優を生業にするなど夢にも思ったことの無い湖南大衆傳媒職業技術學院の学生で
ある日いつものように授業を受けていた時、スカウトにやって来た助監督の目に留まり、出演が決まったらしい。
映画の中では、人生が思うように行かない出稼ぎ労働者を演じているけれど、実際の彼はシンデレラボーイ。
映画初出演でカンヌまで行ってしまうなんてラッキー。
俳優としての将来は未知数だが、取り敢えず本作品の小輝役はハマっている。下手に訓練を積んだ若手二枚目俳優より、“粋がっても所詮田舎者”感(?)をリアルに醸している気がする。
他、小玉の広東人の交際相手に張嘉譯(チャン・ジャーイー)、
サウナ店・夜帰人で小玉にシツコく絡む客に王宏偉(ワン・ホンウェイ)、
小輝が心を寄せる同僚の風俗嬢・蓮蓉に李夢(ヴィヴィアン・リー)等。
でも、脇で一番の注目は、賈樟柯監督本人。小輝が働く中華娛樂城に来店する成り上がり者の役で
店内でも電話片手に投資話に熱中し、徐悲鴻の絵を買うよう指示を出している(←桁外れの成金)。
ファーストショットは後ろ姿だが、後頭部の形だけで賈樟柯監督と瞬時で判る。
あと、私の見間違いでなければ、特別出演・張曼玉(マギー・チャン)…?
3番目のお話で、テレビに映っていたのは徐克(ツイ・ハーク)監督作品『青蛇転生』では(要確認)。
ついでに記しておくと、2番目のお話には、杜峯(ジョニー・トー)監督作品、
『エグザイル/絆』のワンシーンがチラリと。
前述のように、私の感覚では、最初のエピソード以外は、必ずしもいわゆる“武侠”が当て嵌まらない。
その最初のエピソードさえ勧善懲悪ではなく、弱者が暴力を手段に立ち上がったところで
事態が改善されることも、誰かが幸せになることも無く、スカッとするどころか、虚しさが残る。
あまり“武侠”という言葉に囚われ過ぎるより、急激に変化する中国で
不満や遣る瀬無い思いを抱えたり、絶望感や閉塞感に苛まれる社会の底辺に生きる人々が
最終的に、短絡的とも思える暴力や自害という形で、事に収拾をつけてしまう様を
4パターン描いている作品と捉えて観た方が、私にとっては面白い。
それら4ツのエピソードのベースとなった実際に起きた事件を知っていたら
さらに興味深く鑑賞できたような気がしないでもない。
(そう言えば、日本でも連日報道された
中国高速鉄道・和諧の脱線事故映像も流れた。)

本国中国では、実際の事件を題材にしているという点がマズかったのか
賈樟柯監督が禁足を食らっただけではなく、作品の中国公開も無期延期になってしまったようだ。
カンヌ国際映画祭に出品した時は、何も問題が無かったのに、手の平を返したように封殺してしまったら
「一体どんな映画なのだろ?!」「観たい!」と人々の関心を益々刺激しない(笑)?
日本人の私の目には、それほど禁忌に触れているようには感じないけれどね。
本作品、日本では2014年、Bunkamura ル・シネマ他で公開予定。
ル・シネマが正しい上映館かは疑問。常連の女性客がドン引きしないか心配よ。![]()

私自身は、漠然と「まぁまぁ」と感じた観終わった直後より、時間をおいてからの今の方が
「面白かった!」という気持ちがジワジワ増しているので、一般公開されたら再度観直したい。