【2012年/中国/90min.】
長年火葬場で働きながら、“冥婚”用の女性の遺体手配を副業とする男・老曹。
この地方では、独身で亡くなった男性のために“鬼妻”と呼ばれる女性の遺体を一緒に葬る風習があるのだ。
ある日、老曹の元に、入水自殺した女の遺体が運び込まれる。
最近体調が優れない老曹は、仕事を辞め、この遺体と共に故郷・華縣に帰る決意をするが
そんな矢先、職場の火葬場に、行方不明の姉を捜しているという若い女性が訪ねてきて…。
中国インディペンデント映画祭2013で鑑賞。
地味な映画祭だが、相変わらず上映作品の質は高く、観たいものばかり。
なのに、ことごとく都合が合わず、結局観たのは、この彭韜(ポン・タオ)監督作品一本のみ…。
唯一の鑑賞作品が面白かったのが、せめてもの救い。
彭韜監督作品は、『小蛾(シャオオー)の行方』(2007年)に続き、私にとっては2本目。
舞台は、
中国陜西省の田舎町。家族を持たず、長年火葬場で働きながら

冥婚用の鬼妻手配を副業としてきた孤独な男・老曹の人生最終章を描く人間ドラマ。
本作品で取り上げているのは、この地方特有の古い風習。その風習にまつわるキーワードをふたつ。
冥婚
広く東アジア、東南アジアに見られる民間習俗で、中国での起源は周代と言われる。
(基本的には)独身で亡くなった男性に、あの世での伴侶を与える儀式。言うなれば“あの世婚”。鬼妻
鬼嫁(鬼ヨメ)じゃなくて、鬼妻。 差し詰めGhost Wife、Dead Wifeって感じか。
冥婚で、亡くなった独身男性と共に葬られるお化けの奥さん。あの世での伴侶。
こんな事を言っては不謹慎かも知れないが
お葬式は、国や地域、宗教などによって随分違いがあるから面白い。
中国地方都市の葬儀にまつわる奇怪とも思える風習を覗けるのも、本作品の非常に興味深い部分。
基本的に、日本より中華圏の方が、“あの世”の存在を信じる傾向が強いように感じる。
日本では、故人が好きだった物や想い出の品を棺桶に入れることが多いけれど
中華圏では今でも広く、「故人があの世で困らないように」と
紙で作ったお金や様々な生活必需品“紙紮”を準備するのも、そういう傾向の表れなのでは。
本作品の舞台となった地域の人々は、さらに世話好きというか、親切というか
この世で独身だった故人のために、あの世での伴侶の心配までしてくれる訳だ。
結婚難、嫁不足の現代、あの世での伴侶まで手配する親切心の根底には
独身男に対し、“嫁もとれなかった気の毒な男”という同情心も有りそう。
都会だと、“独身貴族”という言葉も有るように
独身でいることが必ずしも惨めではなく、むしろイケイケの印象さえ有るが
保守的な田舎では、限りなく肩身が狭い独身男…。
近年、「夫と同じ墓には入りたくない!」、「死んでまで一緒に居たくない!」
という日本人女性が居ることから察するに
“あの世での幸せ”は、ここ日本でもある程度は考えられているのであろう。
でも、冥婚のような風習は聞いたことが無い。お葬式も“所変われば”で、本当に面白い。
冥婚、大いに結構だが、問題は女性の遺体の手配。
大昔だったら、皇帝クラスの権力者には生け贄を捧げることも可能であっただろうけれど
今の時代、シケた田舎のオジちゃんと一緒に葬られたい女性なんて、どうやって探すのか?という疑問が湧く。

身元不明の女性の遺体が使われるようだ。
死んだ女性に家族がいる場合、男性側から“結納金”という形で謝礼が支払われる上、
タダで葬儀を済ませられるのだから一石二鳥なのだけれど、なんかちょっと切ない…。
ちなみに、遺体を引き取り、火葬にする費用は3千元。
鬼妻の遺族に渡される結納金は、不動産屋を営む裕福な家庭で1万元のお支払いとのこと。
(さらに付け加えておくと、売買春容疑で捕まった場合の保釈金は5千元。)
物語の主人公で、鬼妻の手配を副業にしている老曹も、生涯一度も結婚経験が無い独身男。
自分の死期を察知したのか、気に入った女性の遺体が転がり込んできた時、それを自分用にキープ。
これで安心して死ねるとホッとしたのも束の間、春菊という若い娘が、行方不明の姉捜しにやって来る。
見せられた姉の写真は、紛れも無くキープ済みの我が鬼妻。
一度は白を切ったものの、春菊の気持ちや境遇を知るにつれ揺れ、なけなしの有り金を春菊に与えようとしたり
ついには、遺体になった姉の所在を明かす、ズルくなり切れない老曹。
その後、せっかくの鬼妻を失った上、持病が悪化。
それから死までの短い期間、老曹に感謝している春菊が、老曹のために奔走。
あの世での伴侶が居なくても、この世の最後に、若い女の子に面倒を見てもらえて、良かったではないの。
情けは人の為ならず。終わり良ければ全て良し。やっぱあの世よりこの世でしょ。
出演は、火葬場で働く老曹に程正武(チャン・ジェンウー)、
消息が途絶えた姉を捜すため、秦嶺から出てきた若い娘・陳春菊に狼女(ラン・ニュー)。
一介の火葬係があまりにも自然な程正武。
もしや素人を起用?それにしてはオドオドしたところが無いと思っていたら
『無言歌』(2010年)にも出演している俳優であった。
俳優オーラがまるで無く(←褒め言葉)、作品にリアリティを与えている。
私には分からないけれど、程正武自身が陜西省出身とのことなので
劇中使われているのは正しい陜西方言なのであろう。
春菊に扮するのは、これまた平凡で、柔らかい雰囲気の女性なのに、名前は勇ましく“狼女”…!
英語のキャスト紹介では、“Wolf Girl”と訳されていた。![]()

老曹の鬼妻で、実は春菊の姉であった陳秀巧は、顔がほとんど映らないので、まったく気付かなかったが
クロージングクレジットを見て、狼女の一人二役であったと判明。
自分がキープした鬼妻と瓜ふたつの春菊が現れた時、老曹はさぞや驚き、狼狽したことであろう。
老曹をひたすらお人好しの善人とせず、ちょっとしたズルさや迷いも見え隠れするところに
人間味が感じられ、作品全体もベタな“イイ話”に終わらず、好感がもてる。
夫の服役中に老曹と交際するオバちゃんや、葬儀中に携帯を鳴らす僧侶が登場し
市井の人々のしたたかさやおかしみが感じられるのも良いし、何より冥婚という風習が覗けて面白い。
観賞中、もし私がこの地域に生まれていたら一体どんな扱いを受けたであろう…ともしばしば考えた。
女で独身なんて、もー人間失格じゃない…(笑)?!
死後、どこの馬の骨とも分からぬ“鬼妻”ならぬ“鬼夫”と共に葬られてもねぇ…。
火葬係を意味する原題『焚屍人』とは異なる『嫁ぐ死体』という邦題は印象的。なかなか上手い邦題。
でも、日本語字幕で、人名を片仮名表記にしているのは、感心できない。
シネコンで上映される成龍(ジャッキー・チェン)作品ではないのだから
簡単な漢字も読めない馬鹿中の馬鹿に配慮する必要が本当にあるのか疑問。
本作品に限って言えば、中文と英文の字幕も付いていたので、良しとする。
最近、日本で公開される中華圏映画が目白押しだが、その割りに、惹かれる作品がほとんど無くて残念。
地味でも質の高いこういう小品の鑑賞機会が増えることを、切に願う。
そういう需要は、そこそこに有るのでは?今回、平日昼間の上映にも拘わらず
映画館が結構賑わっていたのは予想外で驚いた。パーッと見渡した感じ、年齢層も幅広い。
あぁーぁ、他の作品も観たかった~。
特に『小荷(シャオホー)』と張律(チャン・リュル)監督特集を観逃したのが悔やまれる。
どこかでもう一度上映してくれないかしら。
レイトショーよりはモーニングショー、渋谷よりは新宿での再上映を熱烈希望。