Quantcast
Channel: 東京倶樂部★CLUB TOKYO
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1332

映画『ディーパンの闘い』

$
0
0
イメージ 1

【2015年/フランス/115min.】
スリランカ内戦でLTTEの兵士として戦ったシヴァダーサンは、
死亡したディーパンという男のパスポートを手配し、
会ったばかりの妻役のヤリニ、9歳の娘役のイラヤルと共に、家族を装い、
フランスへの入国になんとか成功。
移民や低所得者が多く暮らすパリ郊外の荒廃した集合住宅で、住み込みで管理人をする職も得る。
フランス語が分からず、従姉が暮らすイギリスへ行きたいと訴え続ける妻ヤリニは、
この地域の物騒な雰囲気に怯えながらも、
月500ユーロという満足な報酬で、認知症の老人の世話を始めることに。
3人の生活は徐々に落ち着き、家族の絆らしきものも生まれてくるが、そんな矢先…。



2015年、第68回カンヌ国際映画祭で、最高賞パルムドールに輝いたフランス映画。
手掛けたのは、ジャック・オディアール監督。『君と歩く世界』(2012年)以来3年ぶりの監督最新作となる。

この時のカンヌでは、グランプリを受賞した『サウルの息子』が日本で先に公開され、鑑賞済みだったので、
こちらのパルムドール受賞作品も楽しみにしていた。



物語は、スリランカで長く続いた内戦終結後、国を出る決意を固めた反政府勢力の元兵士・シヴァダーサンが、
すでに死亡したディーパンという男のパスポートを入手し、妻役のヤリニ、娘役のイラヤルと共に家族を装い、
なんとかフランスへの入国を果たし、パリ郊外の集合住宅で管理人の職に就き、
ささやかながら落ち着いた生活を手に入れた矢先、地域の抗争に巻き込まれ、
不本意にも再び暴力の世界に身を投じていく姿をスリリングに描く遣る瀬無いヒューマン・ドラマ

主人公の出身地スリランカは、隣国インドに比べ、日本に入って来る情報が少ない、案外謎の多い国。
特産品であるセイロンティーの優雅なイメージとは裏腹に、実は1983年から2009年まで、
人口の多数を占めるシンハラ人優遇政策をとるスリランカ政府と、
それに抵抗する組織・LTTE(Liberation Tiger of Tamil Eelam タミル・イーラム解放のトラ )との間で
26年にも及ぶ内戦があった。結局この内戦は、スリランカ政府軍がLTTE支配地域を制圧して終結。

本作品の主人公・シヴァダーサンは、元LTTEの兵士。
つまり、戦いに敗れた側の人間で、戦後国外脱出を決意する。
彼は、すでに死亡しているディーパンという男のパスポートを入手し、
ヤリニという妻役、イラヤルという娘役も揃え、家族を装いフランスに入国。
パリ郊外の荒廃した集合住宅に居と職を得て、他人同士の3人が、慣れない土地で不安を抱えながらも
徐々に心を通わせるようになるプロセスが、中盤以降まで描かれる。

偽装家族というか、偽装結婚を描いた作品なら、これまでにも結構有ったような…。
例えば、アメリカの永住権グリーンカードを取るため、書類上夫婦になる『グリーン・カード』(1990年)とか、
同じようにグリーンカード取得目的に加え、同性愛者であることを保守的な親に隠すため、
偽装の結婚をする『ウェディング・バンケット』(1993年)とか。
そうそう、偽装家族の話なら、北朝鮮のスパイたちが、韓国で家族を装い諜報活動を行う
『レッド・ファミリー』(2013年)という映画が有った。

それらいずれもが、笑える部分がある楽しい作品なのは、偽装に対し、我々観衆が「どこか冗談ぽい」と
現実とは一線を引き、一種のファンタジーのように捉えて観ているからかも知れない。
一方、この『ディーパンの闘い』の偽装家族には現実味が有り過ぎる…。

この偽装家族の家長ディーパンの本名がシヴァダーサンであることは早々に分かるけれど、
妻役や娘役は本名すら分からず、3人が家の中でも当たり前のように“役名”で呼び合っていたのが、印象的。
それぞれの素性など関係なく、生きるためのお芝居と割り切っての共同生活という感じが強く伝わってきた。
それでも3人の情は徐々に通じ合い、次第に本物の“家族”のようなものになっていく。
世間一般の夫婦だって所詮は他人同士だし、
子供だって、実子ではなく、養子を迎え育てている人はいくらでも居るわけだから、
家族になるキッカケはあまり重要ではないのかも知れない。


この映画もここで終われば、ハッピー・エンディングなんだけれどねぇー…。
残念ながら、争いが絶えなかった祖国を逃れた偽装家族が行き着いた新天地もまた
狂った争いが絶えないある種の戦場だったのです…。

これは、スリランカ人と限らず、どこの国出身の難民・移民にも言えることだが、
たとえ他国への入国に成功しても、そこで待ち構えているのが貧困や差別で、
どう足掻いても抜け出せないその国の最下層に組み込まれ、犯罪者になってしまったり、
また自らが犯罪者にならなくても、犯罪に巻き込まれるケースは、よくある。
祖国で政治犯にされたり、同国民に殺される不幸と、
亡命先で貧困に耐えた挙句、その国のチンピラに殺される不幸と、
どちらがまだマシかという不幸比べになってしまうではないか…。




イメージ 2

出演は、ディーパン/シヴァダーサンにアントニーターサン・ジェスターサン
偽装の妻ヤリニにカレアスワリ・スリニバサン
9歳の娘という設定のイラヤルにカラウタヤニ・ヴィナシタンビ等々。

3人ともまったく知らない。
主人公ディーパン役のアントニーターサン・ジェスターサンは、プロの俳優ではなく、
実際に16歳から19歳までLTTEの少年兵として戦った経験があり、
その後タイを経由しフランスに亡命し、様々な職を転々とした末、文筆業に就いた作家らしい。
色々と苦労はあっても、作家という知的職業に辿り着き、
亡命先でしっかり生活している彼のような元難民も居ると知ると、少し救われる。
そう言えば、『サウルの息子』の主演男優も本職は詩人だったし、
芸術家や文化人は、プロの俳優とはまた異なる独特の個性で、役に雰囲気を与えてくれる。
本作品のアントニーターサン・ジェスターサンの場合、実際に兵士としての経験が有ったのも役立っているのか、
突撃シーンにもやけにリアルな凄味があった。
あと、大の男が頭に不似合いな光るカチューシャを付け、物売りをしている姿も、記憶に焼き付く。
しかも、その時売っていたキーリングが…

イメージ 3
香港アニメ『麥兜(マクダル)』シリーズにいかにも登場しそうなキャラだった。


映画初出演で、娘イラヤルを演じたカラウタヤニ・ヴィナシタンビちゃんは美人さん。
見ていると吸い込まれそうな、キラキラした大きな目が印象的。




銃を手にしてしまったディーパンとその家族の“その後”をついつい想像してしまい、切ない…。
強制送還なのか、牢獄行きなのか…??
あの場に居合わせなかったまだ幼い娘イラヤルは、仮にフランス残留を許されても、
保護者を失い、施設に入れられてしまうのだろうか。
せっかくフランス語が喋れるようになり、普通学級への転入も決まったのに。
そして、そのまだあどけなさが残る可愛いイラヤルも、十年もしない内に、
あの集合住宅の一角で群れていた輩のようにグレてしまうのだろうか。
ラストのイギリスでのシーンで描かれる、叶わなかった美し過ぎる未来と、想像できる現実との間に、
あまりにも大きなギャップがあるから、益々もの悲しい。

…なぁ~んて思っていたら、
あのラストシーンをそのままハッピーエンディングと受け止める観衆が案外多いことを知る。
そう思える人はきっとかなりポジティヴな人に違いない。私は思いっ切り後ろ向きに捉えましたわ。

スリランカの事情には詳しくないけれど、
難民問題やテロが頻繁に語られる今、とてもタイムリーな作品として、興味深く鑑賞。
本作品にも、スリランカから流れて来たディーパンたちと限らず、アフリカ系、アルジェリア系等々
多くの移民が登場しているように、実際にフランスは、彼らを寛容に受け入れている他民族国家で、
その裏で抱えている問題もかなり深刻。

難民受け入れに消極的で世界から批判されがちな日本は、
今後変化を求められれば、“対岸の火事”などと言っていられない。
暴動やテロといった最悪の状況に行き着かないまでも、
どのように移民・難民と共生していくべきかを考えさせられる細々とした描写が、本作品の所々にあった。
例えば、ディーパンは問題を起こさず、フランス社会に溶け込もうと努めているように見受けられるのに対し、
本当はイギリスへ行きたかったのに、不本意にフランスに連れて来られた妻ヤリニは、いつも不満顔。
「ジロジロ見られるのがイヤ」、じゃぁスカーフを被ればと言われれば「私の宗派ではない」と小言が多い。
知らず知らずの内にフランス人と化し、スクリーンの中の彼らを見ている私は、
“郷に入ったからには郷に従おうとしている”ディーパンを応援したくなり、
逆に「私はこんな所に居たくない」と言わんばかりの妻ヤリニに対しては、あまり良い感情が湧かなくなっていた。
将来もし日本が大勢の難民・移民を受け入れる側になった時、
宗教や文化、個人の自由など、日本人はどこまで彼らのアイデンティティを尊重できるのか、
はたまた完全な日本人になることを強要していくのか…、等々色々考えさせられたのであった。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1332

Trending Articles