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映画『大樹は風を招く』

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【2016年/香港/97min.】
<季正雄の場合>
街中で職質してきた警官を殺し、逃走した季正雄は、廣州で二人の手下を雇い、宝飾店の強盗を計画。
香港に戻ると、彼を“潮哥”と呼び、慕う古い弟分・大輝をこっそり訪ね、家に数日間泊めてもらうことに。
ところが大輝は気付いてしまう、潮哥が家のテラスから、向かいの宝飾店の様子を窺っていることを…。
タイ人女性と結婚し、娘をもうけ、今はもう静かに暮らす大輝は、面倒に巻き込まれる不安を感じ始める。

<葉國歡の場合>
死者を出す大胆な強奪事件でまんまと大量の金の延べ棒を手に入れた葉國歡であるが、
それを最後に、銃を置き、商売に転向する決意を固める。
彼が目を付けたのは、大陸で高値で売れる携帯電話や家電の密貿易。
廣州で“大寶電器”を設立し、スーツを着て、一端の会社社長として働き始めるが、
便宜を図ってもらうため、来る日も来る日も役人たちの接待に振り回されることになり…。

<卓子強の場合>
大富豪・何裕基の息子を誘拐し、巨額の身代金を手に入れることに成功した卓子強。
決定的な証拠を掴めずにいる警察を鼻で笑い、悠々自適な生活。
そんな頃、「3人の大盗賊、季正雄、葉國歡、卓子強が、香港返還前に一大事件を起こす」という噂が
実しやかに流れる。
この噂に真っ先に飛び付いたのは、退屈していた卓子強。
早速、ホットラインを設け、有力情報提供者には多額の懸賞金も払い、
あとの二人、行方の分からない季正雄と葉國歡を探し出そうとするが…。



第17回東京フィルメックスでクロージング作品として上映された香港映画。
鑑賞してから、随分時間が経ってしまった…。

原題は『樹大招風~Trivisa』。
香港藝術發展局が主催する短編映画のコンテスト、鮮浪潮 Fresh Wave International Short Film Festivalで
受賞歴のある、許學文(フランク・ホイ)、歐文傑(ジェヴォンズ・アウ)、黃偉傑(ヴィッキー・ウォン)
の3人が監督を務めた作品で、杜峯(ジョニー・トー)と游乃海(ヤウ・ナイホイ)がプロデュース。

私がフィルメックスで観たその日、本作品は、台北で開催の第53回金馬獎で、
最佳原著劇本(最優秀脚本賞)と最佳剪輯獎(最優秀編集賞)の2賞を受賞している。おめでとうございます!
ちなみに、フィルメックスの上映では、西島秀俊も観ていましたヨ。



物語は、中国への香港返還を間近に控えた頃を背景に、
かつて名を馳せた伝説のギャング3人それぞれの心情と生き様を描く人間ドラマであり犯罪活劇

主人公の3人、季正雄、葉國歡、卓子強は、
それぞれに季炳雄(1960-)、葉繼歡(1961-)、張子強(1955-1998)という実在の犯罪者をモデルにしており、
彼らの人生をヒントに物語が創られている。

季正雄は、大きな仕事はせず、宝飾店などを狙う確実な強盗を繰り返す。
葉國歡は銃を捨て、家電の密貿易で、フツーの(?)ビジネスマンに。
卓子強は誘拐で大金を手に入れ、大富豪。

香港返還という歴史的大転換を控えた90年代の暗鬱とした空気がそうさせるのか、
三人三様に生きていたギャングたちが、一緒に手を組んでデカい事しようゼ!とコラボ案が浮上する。
言い出しっぺは、大富豪になったものの、面白い事が無く、退屈気味の張子強。
当初乗り気ではなかった季正雄と葉國歡の二人も、現状に行き詰まりを感じ、
鬱積した不満を爆発させるかのように、仕舞いにはコラボへの参加を表明。


本作品がユニークなのは、監督が3人だからといって、
それぞれが手掛けた独立した短編を合わせたオムニバス映画にはしていないところ。
許學文監督季正雄、歐文傑監督葉國歡、黃偉傑監督卓子強と、
“一監督一ギャング”で撮り、ひとつの作品に仕立て上げている。
それぞれに個性の異なる監督が、一人の登場人物を担当することで、
各々の登場人物の個性がより際立つという、至極当たり前の手法。
当たり前だけれど、なかなか行われないから、新鮮で面白い。


ちなみに、原題の『樹大招風』は、中国語の四文字熟語で、
“樹が大きければ風当たりも強い”、“注目の的になると人に妬まれ面倒が起き易くなる”ことを意味する。
映画は、もちろん“招風(面倒を引き起こす)”な“樹=3人のギャング”の物語。

また、英文タイトルの『Trivisa』は、仏教で諸悪の根源となる3ツの煩悩、
貪(とん:貪欲)・嗔(じん:怒り)・癡(ち:愚かさ)を指す“三毒”を意味するサンスクリット語。
三毒は、この映画のテーマであり、
主人公3人がそれぞれ、卓子強が貪、葉國歡が嗔、季正雄が癡の象徴。
3人は皆自分がもつ煩悩のせいで、最終的に失敗している。
大陸と対峙する香港人が抱える困惑を暗に示しているようにも読み取れ、興味深い。





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出演は、小さな強盗を繰り返している季正雄に林家棟(ラム・カートン)
家電の密貿易で稼ぐ葉國歡に任賢齊(リッチー・レン)
そして、誘拐で莫大な富を得た卓子強に陳小春(ジョーダン・チャン)

タイプが違うから、それぞれに印象的なのだが、取り分け記憶に焼き付いたのは、
任賢齊扮する“嗔”の象徴・葉國歡かしら。
凶悪犯だった過去を描く最初の登場シーンから、スクリーンに目が釘付け。
葉國歡は、その事件で指名手配され、廣州に逃げ延び、会う人ごとに名を変え、商売を始めるのだが、
過去と現在で演じる任賢齊の雰囲気がぜんぜん違う!

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監督からの要請でスポーツ刈りにした任賢齊は、気のせいか顔の肉が削げ、目付きが悪く、
普段の“良き家庭人”のイメージとはまるで違い、凶悪犯そのもの。梁家輝(レオン・カーフェイ)っぽいかも。
廣州で商売人になると、見た目は、普段の任賢齊に戻る。

この葉國歡は、大陸という巨大市場と、
かの地では携帯電話や家電が香港の4倍もの高値で売れることに目を付け、密貿易を始める。
もう銃は置き、ビジネスマンとして生きる道を選んだのだが、
役人の腐敗が激しい大陸で、何かにつけ、賄賂や接待を要求され、徐々に鬱憤を溜め込んでいく。
挙句、香港で通りすがりの警察官から「大陸喱(大陸野郎)」と見下され、ドッカーンと爆発。

この人物のモデルになった葉繼歡は、未だ赤柱監獄で服役中。
実のところ、彼は生粋の香港人ではなく、廣東省海豐の出身で、17歳の時、不法入国で香港に移民し、
その地で大物ギャングにのし上がっている。
日本では“香港明星”と認識されている黎明(レオン・ライ)だって王菲(フェイ・ウォン)だって
北京からの移民だし、香港人のアイデンティティの問題は、結構複雑だと感じる。
もっと広く言えば、そういうアイデンティティの問題は、台湾人にも通じる。
この葉國歡を演じている台湾明星・任賢齊も大陸にルーツをもつ外省人だし、
「大陸野郎」と見下されて怒り爆発のシーンは、なんとも言えないものがある。



陳小春(ちん・こはる)は、映画に出ているのを見るのは、多分なかり久し振り。
年を重ね、50歳近くなったこともあり、元々似ていた林家木久扇に益々近付いてきた。

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少なくとも、息子の二代目林家木久蔵より、小春の方が木久扇に似ている。
…って事は、小春は、もう少しすると、大陸俳優・李雪健(リー・シュエチェン)にも似てくるのかしら。
李雪健の林家木久扇激似っぷりは、『サンザシの樹の下で』(2010年)を観た時に、驚かされた。

そんな陳小春が本作品で扮する卓子強は、あとの二人と違い、何か重い物を背負っている感じがせず、
香港で悠々自適に暮らしているから、見ていて息苦しくないし、
成金風情のやり過ぎちゃった感が可笑しくて、好きなキャラ。
“貪”の象徴である彼は、欲を出して大量の爆薬に執着し、結局御用となってしまうのだけれどね。

この卓子強のモデルになった張子強は、
1996年、香港の大富豪、あの李嘉誠の息子・李澤鉅を誘拐し、多額の身代金を受け取ったとされる。
(→後に廣東省江門で逮捕され、死刑。)

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大胆不敵にも、自ら李家の邸宅へ出向き、身代金額を提示した張子強に対し、
李嘉誠が「今は10億しか現金が用意できない」などと言って交渉したくだりは、この映画でも描かれている。




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脇では、季正雄の古い友人で、今はタイ人の妻子と静かに暮らす大輝に姜皓文(フィリップ・キョン)
葉國歡の闇商売を手助けする方に林雪(ラム・シュ)など、
杜峯監督作品でお馴染みの俳優も、ちゃんと出ております。






3人のエピソードが約一時間半の尺にコンパクトに収まり、テンポよく進むから、
最後まで飽きることなく楽しめた。
3人の登場人物を3人の監督が撮り、よく上手くまとまっているなと感心する。
金馬獎の脚本賞と編集賞は納得。
一見お気楽なエンタメ作だが、深読みしようとすれば、
大陸に対峙する香港人の困惑や思惑が、いくらでも読み取れそうなので、
機会があれば、もう一度観直したい。最近観たこの手の香港映画の中で、一番好きかも。

これ、内容が内容なので、案の定、大陸では公開されていないけれど、
“未公開=観られていない”ではないのが中国。観ようと思えば、観る方法はいくらでも有るので、
実はかなりの人が観ており、「近年で一番の香港映画」、「大陸市場を放棄した香港映画には名作が多い」
などと評判は上々のようだ。
中国政府は、「駄目!」と言えば言うほど、人々がそれに食い付くということを分かっていない。
禁じられたものほど魅惑の香りがするものなのヨ。


そうそう、日本人にも食い付き所が有ります。
沢田研二の<時の過ぎゆくままに>の広東語カヴァー<讓一切隨風>が流れるのだ。
広東語カヴァーで有名な鍾鎮濤(ケニー・ビー)版ではなく、
女性シンガー・高少華(シルヴァー・コー)で新たにレコーディングした物。(↓)こちら。


郷愁に駆られますねぇ~。


念の為、本作品が脚本賞と編集賞を受賞した第53回金馬獎については、こちらを。

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