【2016年/韓国/112min.】
北朝鮮・黄海南道(ファンへナムド)。妻子と3人でつましくも幸せに暮らす漁師のナム・チョルは、これまで毎日繰り返してきたように、早朝に起き、朝食を掻き込み、自分の小舟で漁に出る。ところが、沖に出ると、仕掛けておいた網がエンジンに絡まるという問題が発生。陸に向かって必死に救助を求めるが、気付いてもらえず、エンジンは焼け焦げ、小さな舟はみるみる流され、なんとチョルは韓国警察に捕らえられてしまう。スパイ容疑で捕まったチョルを待っていたのは、過酷な尋問。脅しや暴力にも屈せず、無実を訴え、北に帰りたいと訴え続けるチョル。チョルの様子や、舟の焼けたエンジンなどから、彼をスパイと認定するには無理があると判断した韓国警察は、今度は彼に亡命を勧めるようになる。チョルの見張り役を担当する若き警護官のオ・ジヌは、上からの命令で、亡命をも頑なに拒むチョルに、韓国の豊かさを見せるため、彼をソウルの繁華街へ連れて出すが、「見たらその分不幸になる」とチョルは閉じた目を開こうとせず…。
2016年11月、第17回東京フィルメックスのオープニングで上映された
キム・ギドク監督最新作。

すでに日本での配給が決まっていたので、フィルメックスではパス。
大して待たされること無く、それから約2ヶ月で観ることができ、嬉しい。
物語は、アクシデントで韓国側に流されてしまった北朝鮮の漁師・チョルが、
スパイ容疑で韓国警察に捕らえられ、過酷な尋問に耐えながら、北に帰りたいと訴え続け、
ついにその願いが叶い、帰国させてもらうが、戻った北でまた新たな不幸に見舞われるという
朝鮮半島の南北分断を背景に、平凡な一人の男に降りかかる理不尽な運命を描くヒューマン・ドラマ。
これまでにも数多く発表されてきた“脱北もの”や“北朝鮮のスパイもの”。
本作品が新鮮なのは、主人公のチョルが、
貧しいながらも愛する家族と過ごす北朝鮮での生活に満足している平凡な漁師で、
韓国へ亡命したいなどとはこれっぽっちも考えていないのに、
漁船のエンジンに網が引っ掛かるという事故に見舞われたせいで、韓国側に入ってしまったという点。
言わば、“不本意に脱北”、“計らずも脱北”なのだ。
チョルをスパイ容疑で捕らえた韓国警察も、「さすがにこいつはスパイじゃないだろ」と気付くのだけれど、
今度は、“独裁国家に洗脳された可哀そうな人を救う”という使命感で、
韓国への亡命を執拗に勧めてくるようになる。
密入国や亡命は、多くの日本人にとって身近な話ではないだろうが、
知らず知らずの内に自分に染み付いている価値観を普遍だと思い込み、
そこからズレている他者を勝手に憐れむという余計なお世話は結構あるように思う。
例えば、「兄弟が居なくて可哀そう」と言われ、
「いや、親の愛を一身に受け、別に幸せだけれど…」と反論したい一人っ子も居るのでは。
自分にとっては“マサカ?!”の事でも、それを喜んで受け入れている人だって沢山いる。
皆それぞれ違っていて当たり前、“人は人、自分は自分”と割り切れば良いものを、
そこに憐れみの気持ちが湧く人は(そして、その憐みの裏には大抵優越感がある)、本当に面倒くさい。
本作品に登場する韓国人たちの場合、さらに、仕事で手柄を立てたいという欲も重なり、
チョルをスパイに仕立て上げたがったり、亡命をさせたがったりする。
キム・ヨンミンという取り調べ官の場合は、身内を朝鮮戦争で亡くした私怨を晴らそうと躍起。
キム・ギドク監督は、このように腐った韓国人を描くことで、自国・韓国を戒めるに留まっていない。
チョルの願いが叶い、帰国してハッピー・エンディング♪ではなく、実は映画にはまだ続きが。
チョルがやっとの思いで帰った祖国もパラダイスではなく、
なんと北でも国家安全保衛部に身柄を拘束され、取り調べで同じ目に遭うのだ。
結局のところ、どっちもどっち。そして、国家間の不毛な争いで、弱者が犠牲になるという悲劇…。
出演は、韓国側に捕らえられてしまった北朝鮮の漁師ナム・チョルにリュ・スンボム、
チョルの見張りをする若い警護官オ・ジヌにイ・ウォングン、
執拗なまでにチョルをスパイに仕立て上げようとする取り調べ官にキム・ヨンミン、
チョルの妻にイ・ウヌ等々。
実際には、この4人以外にも出てくるけれど、キム・ギドク監督作品は基本的に登場人物が少なく、簡潔。
何作品もにお呼びがかかる常連さんも多いが、
今回の主演男優リュ・スンボムは、キム・ギドク監督作品お初だったのですね~。
映画館が混んでいて、前方の端っこしか席が取れず、スクリーンを斜めから見たせいかも知れないけれど、
チョルを演じるロン毛でむさ苦しい髭面のリュ・スンボムが…
『進ぬ!電波少年』で一躍有名になったタレントの
なすびに重なって見えて仕方が無かった…(苦笑)。

でもねぇ、仮に見た目がなすびだったとしても、引き込まれる演技。
チョルには本当に政治的野望など無いのに、
懸命に働き、ようやく手に入れた唯一の財産・漁船を手放せなかったばかりに、
南からはスパイ、北からは脱北を疑われてしまう。
過去には、特殊8軍団に所属していたこともあるので、体格が良く、
丸腰なら5人は素手で倒せるという、漁師らしからぬ格闘テクニックがあるのも、疑いに拍車をかける要因。
ようやく北に帰れることになると、南には借りを作らない!自分は南で毒されてなんかいない!
と言わんばかりに、韓国で支給されたおニューの服は全て脱ぎ捨て、
パンツ一丁で修理の済んだ自分の漁船に乗り込む徹底ぶり。
後のシーンに映るカレンダーを見ると、時期は2月(確か2016年の2月であった)。
極寒が想像される北朝鮮附近の海上を2月にパンツ一丁で渡るなんて命懸け…!
で、北朝鮮の湾岸に到着すると、待機していた同志たちから、体を覆うように国旗を渡されるのだが…
忠誠を誓った祖国の共和国旗を、パンツを隠すために腰になんて巻いたら、
将軍様からお𠮟りを受けないのかと、心配になる…。
でも、この腰に巻いた共和国旗、“ジェレミー・スコットの2017S/Sコレクション”と言われたら、
信じてしまいそうなカッコよさだわね。![]()

韓国でチョルが接触する人は皆イヤな奴かというと、そんな事はなく、
チョルの見張り役をさせられるイ・ウォングン扮するオ・ジヌは善良な青年。
酷い取り調べを見かね、上司を止めようとするけれど、所詮若造なので、相手にされない。
実はオ・ジヌの祖父は北の出身で、朝鮮戦争の時、南に入り、それっきり帰れなくなってしまった人。
そういう事情で南側に留まることを余儀なくされた人や、南北で分断された家族は、
きっとあちらには沢山いるのでしょう。
オ・ジヌは、身近にそんな祖父がいたこともあり、北の人に偏見はなく、チョルにも公平に接するし、
チョルの方にもオ・ジヌの善良さが伝わり、彼には次第に心を開いていく。
この作品で、オ・ジヌの存在はオアシス。
もっとも、そんなオ・ジヌが、チョルを思って贈ったお金のせいで、
北に戻ったチョルは窮地に追い詰められてしまうのだが…。“善意が仇”とは、まさにこのことヨ…。
善良なオ・ジヌと対照的に描かれるのが、キム・ヨンミン扮する取り調べ官。本作品一番の悪役。
上司である室長を演じるチェ・グィファなどと比べると、クセの無い顔立ちで、
黙っていればイイ人にも見えるから、見た目とのギャップで益々卑屈なイヤな男に感じてしまう。
♀女性では、北に残されたチョルの妻の役で、イ・ウヌ/イ・ウンウが出演している。
貧しくても満ち足り、夫と娘のいる生活を大切にしている優しそうな奥さんを、地味ぃーに演じており、
『メビウス』(2013年)の時と大違い。
ただ、今回も、横で娘が眠る小さくて粗末な部屋で、ガバッと脱いで夫に絡むというおしとねシーン等があり、
相変わらず度胸が感じられるイ・ウヌなのであった。
キム・ギドク監督作品の中では、奇を衒った演出や、エグい演出、素っ頓狂な演出が少なめで、
分かり易いし、観易いかも。
南北の分断で理不尽に犠牲となる弱者の悲劇を素直に描いた作品という印象。
もしかしてキム・ギドク監督の熱烈なファンは、単純すぎる!と物足りなさを感じるのかも知れないけれど、
私はとても楽しめた。
以前から、北朝鮮などの独裁政権下で生きる庶民に対し、単純に「可哀そう」と同情することや、
ましてや、そういう人々を解放してあげなければ!と正義感を振りかざすことに、疑問を感じていたので、
チョルのような人物を主人公にしたこの作品には、頷ける部分が多かった。
また、朝鮮半島の南北分断が、自分にとって身近な問題ではなくても、
前述のように、価値観の押し付けや、有難迷惑なお節介は、どこにでも有ること。
和を重んじ、他者に同調することを美徳とする日本には、そういう人が多いとも感じる。
また、個人のレベルならまだしも、思い込みで、他国を、もしくは他国民を、
こういう国、こういう人たちと決めつけ、仮想敵を作り、状況を悪くしていくのも、昨今の日本と重なり、
映画が必ずしも朝鮮半島の問題だけを描いた作品とは思えず、共感できた。