【2014年/中国・フランス/115min.】
交通事故で突然視力を失った小馬は、父にあちらこちらの病院に連れ回され、評判の外国人医師にも診察してもらうが、ついに回復の見込み無しとの宣告を受け、その場で茶碗の破片を手に取り、自殺を計るが、救出される。やがて成長し、南京の沙宗推拿中心で働くようになった小馬。そこは、沙復明が経営する盲人マッサージ院。店長の沙復明自身盲人であるが、雇ったばかりの女性・都紅が大層美しいと評判で、気になってくる。そんな沙復明の元に、深圳で暮らしていたはずの古い友人・王から久し振りに連絡が入る。なんでも、小孔という恋人ができ、一緒に南京に戻ってきたので、二人揃って雇ってくれないかという打診。沙復明は、王の希望通り、彼らを雇い、マッサージ院はにわかに活気づくが…。

…と言っても、2014年の作品。
その年、第64回ベルリン国際映画祭では芸術貢献賞、
第51回金馬獎では、最佳劇情片(最優秀作品賞)をはじめ、最佳改編劇本(最優秀脚色賞)、
最佳新演員(最優秀新人俳優賞)、最佳攝影(最優秀撮影賞)、最佳剪輯(最優秀編集賞)、
最佳音效(音響効果賞)と、最多の6部門で受賞。
婁監督作品は、日本に入って来る確率が非常に高いし、
ましてや“賞”という輝かしいオマケも沢山ついてるので、すぐに観られると信じていたのに、
結局随分待たされた…。
ただ、有り難い事に、待たされているその間、本作品の原作である同名小説、

それを読んで、映画の予習ができた。
物語は、南京にある盲人マッサージの店・沙宗推拿中心(沙宗マッサージセンター)を舞台に、
そこで働く盲人たちを描く群像劇。
人々のお喋りが飛び交う活気あるマッサージ院に、次第に影が落ち、やがて閉店に追い込まれる
沙宗推拿中心というお店の栄枯盛衰がベース。
そこで働く盲人たちには、それぞれのドラマがあるのだが、本作品は、特に、
ラヴ・ストーリーの側面が強い。

…もっと言うならば、一般的にはタブー視されがちな、彼らの性にまで切り込んでいる。
当然、細かな違いは多々有れど、
約350ページの原作小説を最初から最後まで巧い具合に網羅し、2時間に収めた映画。
小説との決定的な違いは、物語の幕の下ろし方。
小説では、いきなり大量の血を吐いた店長・沙復明が病院に運ばれ、
皆の将来が見えない状態で、含みをもたせ、物語は終わる。
一方、映画では、小説には無い皆の“その後”が描かれているのだ。
しかも、婁監督作品の中では、かなり幸福度の高いハッピー・エンディング。
一つ特徴的に感じたのは、これまた婁監督作品には珍しく、
ナレーションが多いこと。

視覚を持たない人々の世界を、映画という形で視覚的に表現するのに、
“声”の助けは必要だったのかも知れない。
また、登場人物たちと同じように、目が不自由な人々に、この映画を感じてもらうために、
声による説明を加えたのかも?
冒頭から、一般的な映画と違い、スタッフと主要キャストの名が読み上げられるのが、新鮮であった。
主な出演は、沙宗推拿中心の店長・沙復明に秦昊(チン・ハオ)、
帰郷し、旧友・沙復明の店で働くことになる王大夫に郭曉冬(グオ・シャオドン)、
王大夫に付いて南京までやって来た彼の恋人・小孔に張磊(チャン・レイ)、
沙復明店長が想いを寄せる美人と評判の都紅に梅婷(メイ・ティン)、
小孔に想いを寄せる青年・小馬に黃軒(ホアン・シュエン)、
やがて小馬が深く関わることになる娼婦・小蠻に黃璐(ホアン・ルー)など。
“婁監督御用俳優”秦昊、上手い!とにかく上手い…!
こういう事を言って、差別的に捉えられてしまうとイヤなのだけれど、秦昊は見た目からして成り切っている。
秦昊という俳優を知らない人がこの映画を観たら、彼のことを本当に目が不自由だと信じてしまうのでは。
これまでにも、盲人を演じた俳優は沢山いる。日本だったら、例えば座頭市の勝新太郎。
香港の梁朝偉(トニー・レオン)は映画でなんと4回も盲人を演じている。
最近だったら、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の甄子丹(ドニー・イェン)も盲目であった。
作風の違いとか、色々有るから、簡単に比較はしにくいけれど、
リアリティでは、秦昊以上の俳優は見たことがない。
単純に、どうやってこの表情を作ったのか?という疑問が沸く。
内面に関しては、小説を読み、私がイメージした沙復明より、
秦昊は快活な印象の男性を演じているが、それも充分“アリ”と納得。
健常者の女性とお見合いし、逃げられたにも拘わらず、
明るく「See you latere!」と英語で調子っぱずれな別れの挨拶をして、知識人アピールをするくだりは、
原作には無いけれど、沙復明の盲人らしからぬ如才なさを、端的に表現していると感じた。
郭曉冬は、『天安門、恋人たち』(2006年)以来の婁監督作品登板か。
小説だと、沙復明より王さんの方が記憶に残る描き方をされているけれど、
映画だと沙復明の方が扱いが大きく感じる。
王さんの方は、“扱いが小さい”という表現には語弊があり、そもそもが寡黙な人なのであろう。
だからこそ、弟の借金を肩代わりさせられそうになった時、包丁を持ち出して、自分の体を傷付けるシーンは、
普段とのギャップで、余計にハッとさせられる。
そして、黃軒!黃軒は、今回私が最も楽しみにしていたキャスト。
私mango一押しの俳優・黃軒については、こちらの“大陸男前名鑑”を是非、ぜひ。
不遇時代の長かった彼を、一気にスタアダムにのし上げた作品の一本は、
間違いなくこの『ブラインド・マッサージ』であろう。
日本の多くの婁監督ファンは、黃軒を婁監督作品初登板の俳優として、新鮮な目で彼を見たと思うけれど、
実は、正確には、かの『スプリング・フィーバー』(2009年)が黃軒にとって初の婁監督デビュー作なのだ。
黃軒は、撮影に参加した『スプリング・フィーバー』で、自分の出演シーンが
全てカットされ、

最後に名前が辛うじてクレジットだけされたことを、
後々主演男優の一人・陳思成(チェン・スーチェン)のマネージャーから聞かされたという。
私、半信半疑で家にある『スプリング・フィーバー』のDVDをチェックしちゃいましたよ。そうしたら…
“参加演出”というところに、本当にクレジットされていた。可哀そう過ぎて、笑ってしまいましたわ…。![]()

それから5年も待たされたわけだけれど、婁監督“償いの再キャスティング(?)”で、
のちに“代表作”と呼べるような本作品に出演できて、本当に良かった。
『スプリング・フィーバー』にチョイ役で出るより、メインキャストという堂々の位置で、本作品に出演し、
“俳優・黃軒”を印象付けられたのだから、今思えば、これで良かったのかも。人生って不思議。
本作品は、黃軒扮する小馬の回想シーンで幕を開け、“その後”の小馬の笑顔で幕を下ろす、
実質小馬が主人公の映画なのだ。
私は、この映画に黃軒が出ていることを知った上で原作小説を読んだのだが、
繊細な小馬は本当に黃軒の個性にピッタリの人物だと思った。
実際に映画を観ると、黃軒は小説以上に小馬の“静と動”の起伏をハッキリ演じているように感じる。
小馬は、基本的には寡黙な青年なのだけれど、
失明が判り、大勢の前でいきなり自殺を計ろうとする冒頭のシーンでも感じられるように、
普段は内に抑えている衝動を爆発させることがある。一般的に、おとなしく見える人ほど、そういうもの。
恋愛に関しても同様で、小孔に対しての報われない想いを抱え、爆発寸前の時、
それに気付いた同僚・張一光の計らいで、娼婦の小蠻と出逢い、彼女の元に通うようになる。
最初の内は小蠻を小孔の身代わりにしていたのかも知れないし、
感情より肉欲に囚われていったのかも知れないが、
最後の“その後”の小馬の、肩の力が抜けた幸福な笑顔を見て、ホッとさせられた。
♀女性陣では、美人と評判の都紅が、小説以上に大きく、印象的に登場していると感じる。
目の見えない盲人たちがそれぞれに感じる“美”というものの価値を
映画ではより鮮明に描きたかったからなのかも知れない。
安定の演技で、美の権化・都紅に扮する梅婷は勿論良かったけれど、
より強烈に私の脳裏に焼き付いたのは、小孔を演じた張磊。
張磊は、それまで演技未経験。実際に先天的に目が不自由な1990年生まれの女の子。
南京の盲学校に在籍していた2012年夏、出演者探しにやって来た映画スタッフの目に留まったという。
脚本を渡され、相手役との激しいキスシーンやベッドシーンがあり、裸にもなる必要があると知り、ボー然。
スタッフからは、「婁監督はリアリティを求めているが、あなたが嫌がる事は強要などしない」と説明され、
家族が背中を押してくれたこともあり、最終的にこの出演オファーを受諾。
大抵の映画監督にとって、自分の作品に素人を出演させることは、賭けだと思う。
ましてや、その素人は、恐らく映画というものを実際には観たことがない人なのだ。
でも、その素人の側にしたって、国際的に評価されている監督の新作にいきなり駆り出され、
世間の目に晒されるのは、一大事。
しかも、ハタチそこそこの女の子が、カメラの前で脱衣やベッドシーンを要求されちゃうのだ。
張磊の前向きなチャレンジ精神には、敬服しかない。
だからと言って、本作品は、我々観衆に、
目の不自由な素人の女の子が新たな世界で頑張っている姿を見せ、感動させる類の作品などではない。
映画の中の張磊はあくまでも“南京で働く盲人マッサージ師の小孔”であり、
私は鑑賞中ただの一度も「この女の子、健常者でも難しい役をよく頑張っているわぁ」などと思わなかった。
とにかくリアル!王さんに寄り添い、ふと浮かべる艶っぽい表情とか、なぜあんなにリアルに出せるのか。
張磊は、本作品の演技が認められ、第51回金馬獎で最佳新演員(最優秀新人俳優賞)。
本来なら、この先も俳優業を続けるであろう新人に贈るべき賞だとも思うのだけれど、
確かに本作品の張磊には、観ている者を惹き付ける何かがあった。
婁やっぱり好きだワ。公開中に映画館でもう一回おかわり鑑賞したーーーい…!
期待が大きいと、ハードルが上がり、些細な不満で大失望してしまうことも多々有るが、
2017年1月公開作品の中で最も期待していた本作品には、結果大満足。
2017年1月現在で、今年のベスト映画暫定1位。
婁監督全作品の中でも、ベスト3に入れたい。
元々婁監督の作風が私好みだったり、原作小説が面白いという事もあるけれど、
タブー視されがちな盲人たちの愛と性を、奇を衒うことなく、また同情を誘うことなく表現した物語の世界に
スーッと自然に引き込まれ観入ったし、素人玄人入り混じったキャストも絶妙。
原作と同じなのだが、付き合い始めた金嫣から、“綺麗”と褒めることを半ば強要された徐泰和が、
“綺麗”の意味が分からないまま言う「比红烧肉还好看(豚の角煮より綺麗)」という台詞、好きです。
“美”を視覚で捉えられない事を巧く衝いた表現であり、それでいて愛嬌も感じられる台詞。
あと、
雨や雨音が印象的な映画でもある。

日本の公式サイトでは、登場人物たちの名前を全て片仮名で表記していたのが、とてもイヤだったのだけれど、
実際に映画を観たら、日本語字幕では、きちんと漢字表記。日本側のこのようなお仕事も
高く評価したい。

最近は、ドラマの字幕の方が改善傾向にあり、映画の方は古いやり方に固執したままの所が多い。
主に香港映画に力を入れている某配給会社などは、ちゃんと見習えヨ!と言いたい。
キャストでは、やはり黃軒!この映画で益々好きになってしまった。
今年4月には、別の出演作、張藝謀(チャン・イーモウ)監督最新作『グレートウォール』の公開も控えているが、
私はそれより、染谷将太とダブル主演で、白楽天を演じている、陳凱歌(チェン・カイコー)監督最新作、
『空海 KU-KAI』の方がより楽しみ。(→こちらを参照)
ただ、その『空海』の制作にガッツリ絡んでいる角川が、
黃軒のことを“ホアン・シュアン”と誤表記で宣伝し続けているのが腹立たしい。
『ブラインド・マッサージ』の方の公式サイトでは“ホアン・シュエン”になっているけれど、
『ブラインド・マッサージ』より『空海』の方が公開規模が格段に大きいハズ。
大企業は、“自分たちが発した情報は例え誤りでも正解として世間に定着してしまう”という
自覚と責任をきちんと持っていただきたい。誰か、角川に知り合いがいる人、「正せ!」と注意してやって。
…っていうか、そもそも“黃軒”くらい漢字で記すべし。“染谷将太”だって漢字にしているのだから。
婁監督の次回作は『地獄戀人』。
井柏然(ジン・ボーラン)や馬思純(マー・スーチュン)が出演する犯罪サスペンスのようだが、
ど、ど、どうなの、これ…?!婁が、アイドル映画を撮るのか…??!
いや、井柏然と馬思純はともかく、
お色気写真流出事件で、半ば引退状態だった香港の陳冠希(エディソン・チャン)の名や、
もっと分からないのは、台湾の陳妍希(ミシェル・チェン)の名が出演者に挙がっていること。
“婁監督御用俳優”秦昊や、舒淇(スー・チー)も出るらしいので、そこには期待。

