Quantcast
Channel: 東京倶樂部★CLUB TOKYO
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1332

映画『轢き殺された羊』

$
0
0
イメージ 1

【2018年/中国/86min.】
広大な平原がどこまでも続く可可西里(ココシリ)をトラックで走行する運転手の金巴は、
何かにぶつかった鈍い震動を感じ、停車。
道に横たわっていたのは、息絶えた一匹の羊。
金巴は、轢き殺してしまったその羊をトラックに乗せ、再び発車すると、
今度は、ボロをまとった若い男が視界に入ってくる。巡礼者か?
聞くと、その男が目指すのは、薩嘎だという。
それなら、自分と行く方角が同じだと、男をトラックの助手席に乗せ、アクセルを踏む金巴。
ところが、この男、金巴に親切にされたにもかかわらず、ろくに口を開こうともしない。
「無礼だな」という金巴に対し、ポツリポツリと話を始めた男。
なんでも、この男は、康巴の出身で、名は運転手と同じ“金巴”。
薩嘎へ向かうのは、20年前に父を殺した犯人に復讐するためだという…。



第19回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された萬瑪才旦(ペマツェテン)監督最新作。

プロデュースにあたったのは…

イメージ 2

あの王家衛(ウォン・カーウァイ)。


原題は『撞死了一隻羊~Jinpa』。
原作は、次仁羅布(ツェリンノルブ)の<殺手(人殺し)>と
萬瑪才旦監督自身が記した<撞死了一隻羊(轢き殺された羊)>。
2ツの短編小説を合わせて、一本の作品に映画化しているのだ。

王家衛が萬瑪才旦監督作品をプロデュースという意外性に加え、
2018年9月、第75回ヴェネツィア国際映画祭では、オリゾンティ部門で脚本賞を受賞と、話題性あり。
萬瑪才旦監督は、フィルメックスではお馴染みの監督さんなので、
今年のフィルメックスで上映してくれないかしらぁ~と切望していたら、
期待通り上映が発表されたので、有り難くチケット入手。
実は、私、萬瑪才旦監督の前作『タルロ~塔洛』(2015年)を、まだ観ていない。
本当は、制作年度順に鑑賞したかったのだけれど、仕方が無い。

当日、上映終了後には、来日した萬瑪才旦監督によるQ&Aあり。
また、本作品は、その第19回東京フィルメックスで、最終的に、審査員特別賞を受賞している。




本作品は、同じ“金巴(ジンパ)”という名を持つ二人の男、
トラック運転手と、父の敵討ちをしようとする男の出逢いとその後の行方を、
夢と現実を交差させながら描くロード・ムーヴィ


「如果我告訴你我的夢,也許你會遺忘它
(あなたに私の夢を話したところで、あなたはそれを忘れてしまうかも知れない)
如果我讓你進入我的夢,那也會成為你的夢
(私の夢の中にあなたを入れたら、それはあなたの夢になる)
If I tell you my dream, you might forget it. If I act my dream, parhaps you will remember it.
But if I involve you, it becomes your dream too.」
という藏(チベット)族の箴言で幕を開ける物語。

作品には、“他者への施し”を意味する“金巴(ジンパ)”という名を持つ二人の男が登場する。
一人は、豪快で荒っぽい印象のドラック運転手。
トラックで轢いてしまった羊を、僧侶に頼んで、きちんと成仏させようとするなど、
見掛けによらず、心優しく、律儀な面がある。
もう一人は、行者のような風貌の康巴(カンパ)出身の男。
実は、20年前に父を殺した瑪扎(マルツァ)に復讐するため、薩嘎を目指している。

同じ名前でも、まったく感じの異なるこのような二人が出逢ったことで、物語は動き出すのだが、
作中描かれている諸々の出来事は、現実のようにも、はたまた夢のようにも捉えられる。
二人の金巴に関してもそう。
トラック運転手と康巴の復讐者では、どちらが実在していて、どちらが夢の中の人物なのか…?
まさに作品冒頭に記される箴言通りで、チベット的な神秘の世界に誘われる。



では、ひたすら神秘的でシュールな夢物語、…悪く言うと、退屈な作品なのかと言うと、そんな事はなく、
さり気ないユーモアが、あちらこちらに散りばめられている。
日本ではあまり知られていないチベットの文化が覗けるのも、楽しい。

特に印象に残っているのが、トラック運転手の金巴が立ち寄る茶館のシーン。

イメージ 3

金巴が入店早々オーダーするのは、肉1キロ(!)と、包子15個(!!)。
お一人様にそぐわないこの量を聞いて、漠然と、お持ち帰り用だと受け止めていた私。
…ところが、イートインであった(笑)。
確かにこの金巴は、大柄な男だが、それにしても、随分な大食漢。
しかも、運ばれてきた包子を見て、「小さい」とボヤき、もう15個を追加オーダー。ひえぇ~。

食事のお供はビール。
ブランドもんと、そうじゃないのが2種類あって、
トラック運転手の金巴は、ブランドもんのバドワイザーをオーダーするのだが、
店主の女将が運んできたのは、ラベルの付いていないビール瓶。
本当にこれがバドなのか?と疑う金巴に、
「剥がれたラベルを貼り直し忘れた」と、客の目の前で、悪びれずに、瓶にラベルをペタリと貼り付ける女将。

イメージ 4

このシーン、可笑しくて、大好き。
女将も、無駄にフェロモン振りまいているし。



私は、本作品鑑賞前、原作小説が2ツ有ることが気になっていたのだが、
それに関しては、萬瑪才旦監督が、東京フィルメックスのQ&Aで答えている。
曰く、萬瑪才旦監督は、次仁羅布の<殺手>を読み、映画化したいと思ったのだけれど、
5~6千文字の短い小説を一本の映画にするのは困難なので、
自身の短編小説<撞死了一隻羊>との融合を決意。
映画の中の父の敵討ちをする男の部分は、次仁羅布の<殺手>から、
轢き殺してしまった羊の魂を再生させようとする部分は、自身の<撞死了一隻羊>からとの事。




“金巴(ジンパ)”という同じ名前を持つ二人の男を演じているのは…

イメージ 5

トラック運転手の金巴に金巴(ジンパ)
父の復讐を目論む康巴出身の金巴に更登彭措(ゲンドゥン・プンツォ)

どちらも北京電影學院で学んだ藏(チベット)族の俳優。
特に、トラック運転手の金巴が、強烈な印象を残す。
演じている俳優・金巴は、ご本人の微博に記されているプロフィールによると、1958年生まれというから、
えっ、もう還暦…?!と驚いたが、どうも1985年生まれの間違いのようだ。
過去には、萬瑪才旦監督の前作『タルロ~塔洛』(2015年)や、
張楊(チャン・ヤン)監督作品『皮繩上的魂~Soul on a String』(2016年)に出演。

本作品では、革ジャン+サングラス+エスニックなアクセサリーを身にまとい、
“西藏ロッカー”って感じのトラック野郎で、カッコイイ。
見た目は強面なのだが、内面は、“金巴”の名の通り、他者に施し功徳を積む善人というギャップがまた良し。


もう一人の金巴は、一見痩せ細ったひ弱な行者だが、実は内には強い復讐心を秘めており、
やはり外見と内面にギャップあり。
二人の金巴は、一人の人間が抱える二つの面を表現したような人物でもある。

父の敵討ちをしようとするこの金巴を演じる更登彭措は、
1985年生まれというから、もう一人の金巴と同じ年。
本作品では、ボロをまとい、顔もススけているので、気付きにくいけれど…

イメージ 6

素は、なかなかの美男であった。
右の画像は、『轢き殺された羊』を携え、ヴェネツィア国際映画祭に出席した際の更登彭措。
角度や画像にとって、韓流スタア鄭雨盛(チョン・ウソン)に似て見える。チベット版鄭雨盛。




そう、あと、本作品で忘れてはならないのが、日本でもお馴染みのナポリ民謡<'O Sole Mio>。
なんと、その'O Sole Mio>のチベット語版が、作中幾度か印象的に流れる。
フィルメックスの時の萬瑪才旦監督のお話によると、
西藏病人(チベットの病人)というバンドの物で、
歌っているのは、本作品でトラック運転手を演じている金巴の実弟なのだと。
私、初めて聴きましたよ、チベット語の'O Sole Mio>。
あっ、でも、最後に流れる'O Sole Mio>は、
非イタリア人と判る外国人訛りがあるけれど、イタリア語版であった。
萬瑪才旦監督は、何か意図があって、2ツを使い分けたのだろうか。
例えば、夢の中ではチベット語版で、夢から醒めたらイタリア語版、…とか。




日本に入って来るチベットを舞台にした映画は、
雄大な自然を背景にひたむきに生きる人々を描いたドキュメンタリー風の作品や、
厳しい現状を描いたシリアスな社会派作品、
もしくは、逆に、ほのぼの系と、これら3種類に集約されているように見受ける。
『轢き殺された羊』は、それらどれとも毛色が違う。
チベットを舞台にした西部劇であり、
それでいて、チベットの人々の中に根付いた信仰や夢をシュールに描いた作品。
通常なら共存しない2ツの要素を上手いこと融合させた、なんとも不思議な世界観に魅了され、
スクリーンを見詰めている私までもが、夢と現実の狭間で浮遊した感じ。

もう一度観たら、また違う発見が有りそうな気がしている。
これは、日本で初めて正式に公開される萬瑪才旦監督作品になりそうな予感がしているのだが
(あくまでも、期待を込めての予感だけれど)、どうなる事でしょう。
イヤらしい言い方になるかも知れないが、「藏族の有名監督の新作!」、「海外で受賞!」という以上に、
王家衛がプロデュースしたという事実が、公開の運びに大きな助けになる気も。
かなり効力あると思う、王家衛ブランド。



第19回東京フィルメックスで行われた萬瑪才旦監督のQ&Aについては、こちらから。

『轢き殺された羊』が審査員特別賞を獲得した第19回東京フィルメックス授賞式については、こちらから。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1332

Trending Articles