【2012年/日本/フランス/109min.】
女子大生の明子は、バイトするデートクラブのヒロシから懇願され、いやいや郊外のマンションへ。
そこで彼女を待っていたのは、80歳を過ぎた元大学教授のタカシ。
桜海老のスープとワインで明子を持て成そうとするが、まどろむ彼女は手を付けようともしない。
翌朝タカシは車で明子を大学まで送り、彼女のテスト終了を車中で待っていると
ひとりの青年が近付いてくる。
明子と交際しているノリアキだと自己紹介したその青年は、タカシのことを彼女の祖父と勘違いし…。


イラン人監督による日本語作品と言えば、アミール・ナデリ監督の『CUT』が記憶に新しい。
アッバス・キアロスタミ監督は、本作品の前にも
ジュリエット・ビノシュ主演で外国語作品『トスカーナの贋作』を発表している。
イラン人監督には、イラン臭ぷんぷんの作品をついつい期待してしまうため
トスカーナを舞台にしたフランス人女優の映画なんてどうかしらぁ~、と気乗りしないまま取り敢えず観たら
不思議な味わいで、殊の外面白い。
日本が舞台の作品なら、なおのこと、また異なる面白味を見い出せそうで、本作品は鑑賞を楽しみにしていた。
東京に上京し、デートクラブでバイトする女子大生・明子、
そのデートクラブの知人を通し、亡き妻に似た明子を家に呼ぶ84歳の元大学教授タカシ、
ストーカーのように明子を束縛する彼女の恋人ノリアキ。
3人それぞれの嘘や思いがすれ違い、空回りしながら展開する物語。
各々の人物の孤独、焦燥、憤り等を描いた人間ドラマであり
明子を中心とした三角関係を描く一種の
ラヴストーリーでもある。

出演は、元大学教授のワタナベタカシに奥野匡、上京し東京の大学に通う明子に高梨臨、
そして、自動車整備工場を営む明子の恋人ノリアキに加瀬亮。
奥野匡は84歳にして映画初主演。 それどころか、初めての海外旅行が
この春、本作品の出品で行った
フランスのカンヌ国際映画祭だって。

うわぁ~、人生の後半で、嬉しいサプライズ…!
扮するタカシは、大学で社会学を教えていた元教授で、今は講演の依頼を受けたり、翻訳の仕事をしたり。
何語なのかは明かされないが、高齢の日本人男性で、何らかの外国語を解し
ワインとお手製スープでゲストを持て成すとは、小洒落たおじいちゃま。
明子を優しくいたわるのは、孫を慈しむ祖父の気持ちなのか。
いや、そもそも知人を介し、知ってか知らずか亡き妻に似た自分好みの女子大生を呼んでいるのだから
下心が有るのか…? 真相はタカシのみぞ知る。 この曖昧さがイイ感じ。
仮に下心が有ったとしても、一定の年を越えると、若者のようなギラつきは影を潜め
それどころか、切なさやロマンさえも品良く醸す。
せっかく明子の故郷の食材・桜海老を使ってスープを作ったのに、無下に「桜海老嫌い」と断られ、可哀想。
常に一方的に尽くしまくり、可愛らしいではないか。
明子のことを呼び捨てにするのは違和感。 あの年齢の日本人男性は、たとえ相手が孫の年齢だったとしても
昨日今日知り合ったばかりの女性を呼び捨てにはせず、“明子ちゃん”、“明子さん”と呼ぶのでは。
その明子に扮する高梨臨という女優さんは、知らなかった。
以前は、『侍戦隊シンケンジャー』でシンケンピンクとして、悪に立ち向かっていたらしい。
へぇー、松坂桃李の同僚レンジャーだったのか。
松坂桃李は今や売れっ子だし、高梨臨もカンヌまで行っちゃうし、侮れないわね、シンケンジャー。
そんな元戦隊ヒロインの高梨臨が今回扮する明子は、一見普通の女子大生。
なのに、孫・明子の
携帯番号を入手した実の祖母が「教えてくれた人の名は明かせない」とは、どういう事か。

家庭に複雑な事情? う~ん、ミステリアス。
普段おとなしい人の方が、ちょっとしたキッカケでブチ切れたりするものだが
線が細い気弱な印象の加瀬亮が、本作品では、まさにそんな感じの危うい男ノリアキを演じている。
いわゆるブルーカラーだが、フラついている大卒なんかより、自分の生き方に自負心。
明子のことも、自分の力で養う気マンマンだけれど
その大き過ぎる包容力が裏返って、ストーカー的な束縛男に。
キレると恐い危険な男だが、ノリアキの気持ちも分からなくはない。
信じて付き合っている女の子が、実は風俗嬢ってどーヨ?!
しかも、彼女の祖父だと思い込んでいた老人が、実は彼女の客(…とも言い切れないが)だったなんて
ノリアキには、「ご愁傷様…」のひと言しか出ない。
他にも注目のキャストがふたり。
ひとり目は、明子ら若い女性に客を斡旋するヒロシに扮するでんでん。
このヒロシは、タカシのかつての教え子という設定。
過去に何が有ったのか、タカシはヒロシにとってとても大切な人と崇められている。
教養ある元大学教授が、胡散臭い風俗関係の元教え子から、女の子を斡旋してもらうなんて突飛で
普通の日本人には思い付かない筋書きかも。
でんでんは、『CUT』に続き、またまたイラン人監督の作品に出演したわけだ。
イスラム圏限定の隠れた国際派(?)。
もうひとりの注目は、タカシの隣人に扮する鈴木美保子という女優。 鈴木保奈美じゃなくて鈴木美保子ね。
ヒロシ以上に胡散臭く、小さな窓から顔を出し、要らぬ事をとにかくペラペラとよく喋る。
昔タカシを狙っていたが、後に妻となるヨウコの出現で、恋に破れたらしい。
タカシに娘が居ることも、このオバさんの話で判明。 タカシとその娘の間には“あんな事”が有ったそうだが
“あんな事”って、どんな事ーーーっ…??! 思わせぶりの、喋り逃げ。
物語の終盤に登場するこのオバさんが、観客を戸惑わせる程の強烈キャラだったため
それまでの全てが一気に吹き飛んでしまった。

日本人監督より外国人監督の方が、東京を綺麗に撮ると感じる事がしばしば有るけれど、本作品も然り。
友人たちとバーに集っていた明子が
タクシーに乗り、タカシの家に向かう時の夜の街が綺麗。

タクシーの後部座席に座る明子の背後、ガラス越しにボヤけて映るのは、新宿東口の風景。
四谷を背に、新宿通りをALTA方向に進み、ビックカメラの角を左折、ルミネEST脇の道に入ると
私がまさにその時本作品を鑑賞中だった新宿武蔵野館前にやって来たから「うわぁぁ~っ!」と軽く興奮。
次にカメラは、車内からではなく、車外の風景をそのまま捉える。
本来タクシーはあのまま直進すると、明治通りに入るはずだが
あらら、またまたルミネEST脇の道を繰り返し走行。
さらにタクシーは、なぜか反対方向の歌舞伎町へワープ。 新宿駅を背に四谷方向へ向かう。
そして、明子は、上京してきた祖母が待ちぼうけを食らっている駅前広場へ向かうよう運転手に指示。
こうして間も無く到着したのは、銅像が立つ駅前広場なのだが、…ン、どこ…?!都内で見覚えの無い風景。
ヒントとなる銅像を必死にチェックしようと試みたが、見えそうで見えない。
後で知った、ここが静岡駅北口の広場であったことを。
ここのシンボル的存在である家康像は、なるべく分からないように、工夫して撮ったそう。
すごいテクニシャン。 実際私はどんなに頑張っても、あれが家康とは見破れなかった。
その後タクシーはタカシが暮らす横浜へ向かうわけだが、なんともすごい移動距離。どこでもドア使った…?
話が進むにつれ、登場人物たちそれぞれの背景や心情が徐々に浮かび上がってくる。
でも最後まで彼らの過去や抱える悩みが明確に示されることは無い。
中途半端にヒントを与えられ、それでも神秘のヴェールに包まれたままだから
一体この人はどんな人なの?!と気を持たされ、想像力を掻き立てられる。
ラストもそう。 えっ、ここで終わらすか…?!というシーンで幕を閉じるから
その先が気になって仕方が無い。
「色々なところを旅していると、その土地その土地で物語が浮かんでくる」
と以前インタビューで語っていたアッバス・キアロスタミ監督。
監督が日本を旅しながら気になったのは、日本人の希薄な家族関係や孤独、
それを補うかのように築く他人との仮初めの関係や、裏と表の顔の使い分けなのだろうか。
まぁ、そんな深い事を考えなくても、外国人目線で描く日本を見るのは面白い。 ツッコミ所も色々有るし。
一番の収穫は、どう捉えて良いのか分からない近所のオバさんであった。 キョーレツ。