【2013年/台湾/138min.】
雨の日も風の日も、道路脇で不動産屋の看板を掲げ、日々僅かな収入を得る男。
妻はすでに出て行ってしまい、台北郊外の廃墟を寝床に、ふたりの子供と暮らす。
下の娘・奕婕がしばしば行くスーパーマーケットで働く女は
夜になると廃墟近くに赴き、野良犬たちの世話を焼く…。
第14回東京フィルメックスで特別招待作品として上映されたものを鑑賞。

(取り敢えず現時点では…)最後の監督作品と言われている。
今年、宮崎駿も引退表明した第70回ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別大賞を受賞。
最近も、お膝元・台湾の第50回金馬獎で最優秀監督賞と最優秀男優賞を獲得。
フィルメックスでは、上映終了後に、来日した蔡明亮監督によるQ&Aを実施(→参照)。
ここでの話を聞くと、この先引退表明を撤回する日が来るような気もしてくる。
本作品は、失業し、妻にも出て行かれ、日払いの仕事をしながら
郊外の廃墟でふたりの子供と暮らす男の日常と心情を叙情的に綴った物語。
まぁなんとも表現しにくい作品。基本的には、これまでの蔡明亮監督作品同様、台詞は極めて少なく、
ついでにカット数も極めて少なく、映像は長回しを多用。
その
長回しが半端ない長さ!恐らく、作品鑑賞中に尿意を催し、おトイレに行って、座席に戻っても

まだ同じシーンが続いていそうなくらい長い長回し。![]()

ここまでいくともはや動画を観ているというより、“たまに動く静止画、絵画”を観ている感覚。
小刻みに多方向から捉えた映像を繋げたものより、在るがままをそっくりそのまま捉えた映像は
誤魔化しがきかず、物事の本質をより生々しく映し出していると言えるかも知れない。
まぁ難しい事は分からないけれど、台詞でも映像でも、余計な説明が無い分、想像を掻き立てられたり
「これって何を意味しているのだろう…?!」と考えさせられるのは確か。
監督の超エゴイスティックな作品であるようでいて、実は観客の主観で解釈できる寛容な作品…?
特に印象に残った部分は…

主人公の男は困窮しているはずだが、お弁当をよく食べる。
しかもかなりガッツリ食べるため、悲愴感より生命力を感じる。

男は、顔が描かれた“人面キャベツ”の窒息死を企てた後、
損傷激しく、身元確認も困難になるほどボロボロに食い散らかしてしまわれた。
本作品では、リンゴでも西瓜でもなく、とにかくキャベツ!なのだそう。

スーパーの女は、馴染みの野良犬たちに名前を付けて世話をしている。
その内の一匹に“李登輝”と命名された犬が。
次のシーンでは、床に落ちた蔣介石の肖像画と、壁に懸けられた李登輝の肖像画。
ついつい何か作品に隠された政治的シグナルを読み取ろうとしてしまう。
ところが、そのもっと後に、王力宏(ワン・リーホン)という名の犬まで出てくるので
名前には深い意味など無いのか?(関係無いけれど、王力宏サマご結婚おめでとうございます♪)
主人公に扮するのは、もちろん李康生(リー・カンション)。
脇も、陸弈靜(ルー・イーチン)、陳湘(チェン・シャンチー)、楊貴媚(ヤン・クイメイ)という
蔡明亮監督御用女優がガッチリ固め、監督の集大成を感じさせる。
とにかく、たとえ黙っていても勝手に独特のオーラを放つ曲者俳優ばかり。
この顔ぶれの中に居ると、陳湘がやけに可愛い女性に見えてくる。
私の見落としでなければ、楊貴媚は冒頭ベッドに腰掛け、髪を梳かしているシーンだけでの出演?
主人公の子供に扮する李奕䫆(リー・イーチェン)と李奕婕(リー・イージエ)は
本名をそのまま役名にして出演している本当の兄妹で、李康生の実の甥っ子&姪っ子。
李康生って、あまりにも生活感が無いので、甥っ子や姪っ子がいる叔父さんという感じがしない。
理屈じゃなくとにかく好きっ!とまでは決して言えない。
睡魔に襲われることなく、最後まで完走できたことを不思議にさえ思う。
でも、何だか分からない魅力と圧倒的な存在感に息を呑む。
蔡明亮監督は、これを撮って力尽きただろうが、観客の私だって、観終えてexhausted…。
喜ばしい事は、これがヴェネツィアだけでなく、金馬獎で2冠に輝いたこと。
これまでヨーロッパでさんざん賞を手にしている蔡明亮監督なのに
世界的知名度ではそれらより下の金馬獎の授賞式で、感極まって涙を浮かべたのは印象的。
主演男優賞を獲った李康生にも、思わずチュッ♪
金馬獎での受賞というのは、“どんなに世間で認められても、自分を認めてくれなかった親が
ようやく「よくやった」と褒めてくれた”ような気分なのだろうか。あの喜びようから、そんな事を感じた。
一台湾映画ファンの私にとっても、これは今後に期待が持てる嬉しい受賞。
『海角七号~君想う、国境の南』のヒット以降、
作家性や芸術性を全面に押し出した作品を、“観客を無視したエゴイスティックな作品”と捉え
逆にテレビの2時間ドラマとなんら変わらない安っぽい娯楽作品ばかりを良しとするようになった台湾映画界を
懸念し、残念に思っていた。このような傾向が続けば、そこそこに稼げても
広く世界で認められるレベルの作品は制作困難。
ウケ狙いの娯楽作品ばかりに偏らず、色々なタイプの作品が存在している状態の方がずっと健全。
この『ピクニック』の受賞を機に、台湾映画界が覚醒し、軌道修正されることに期待。
