【2013年/日本/120min.】
北海道・函館。仕事を辞め、何をするわけでもなく自堕落に暮らす達夫は
行き付けのパチンコ屋で拓児という青年と出会う。
誘われるがまま拓児の家へ行くと、そこには脳梗塞で寝たきりの父、看病にくたびれた母、
そして姉・千夏が居た。影の有る千夏に何か惹かれるものを感じる達夫であったが
ある晩ひとりでふらりと入った店で千夏と遭遇し、彼女が体を売って稼いでいることを知ってしまう…。


函館市民有志による佐藤泰志作品映画化プロジェクト、『海炭市叙景』に続く第2弾らしい。
今回の原作は、佐藤泰志が遺した唯一の長編小説で、1989年三島由紀夫賞の候補にもなった作品。
なんか佐藤泰志って、亡くなってから随分経った近年、急に脚光を浴びるようになった作家という印象で
私は今回の原作を含め一作も読んだことが無い。
内容をまったく知らず、なんの思い入れも無いまま、とにかく映画を鑑賞。
そんな訳で、舞台は北海道・函館。
物語は、無気力に日々を過ごす達夫が、拓児という青年と、その姉・千夏に出会ったことから
徐々に見えてくるそれぞれが抱える悩みや葛藤、
もがきながらも不器用に生きるしかない彼らの残酷な青春と微かな希望を描くヒューマン・ドラマ。
達夫がパチンコ屋で出会った拓児を介し知り合う彼の姉・千夏とゆくゆく恋に落ち
このふたりの
ラヴ・ストーリーが作品の軸になる事は、早い内になんとなく想像がつく。

貧しい彼らの恋が順風満帆ではない事も想像が出来る。
社会の底辺に生きる若者たちのこの手の話は有りがちにも思えるが、脚本が巧く、
それぞれの人物の背景を小出しにしてくるから、所々でちょっとした驚きが有り
ややもすると退屈になってしまいそうな淡々と進む物語の世界に、知らず知らずの内に引き込まれていった。
男女間の恋愛のみならず、家族間の情も物語の重要な要素。
拓児と千夏の家・大城家は、一見崩壊した荒んだ家族で、家の中に温もりなど感じられない。
でも、長女・千夏が体を売るのは家計を支えるため、不倫を続けるのは仮釈放中の弟を職に就かせるため、
さらに病気で性欲が抑えられない父親の性処理までして上げている。
彼女が行っている全ての“不道徳な行為”は、実は捨てるに捨てられない家族のためなのだ。
姉の売春や不倫をあっけらかんと語る弟・拓児だって、最後の最後に、自己制御がきかなくなり暴れたのは
姉が屈辱されたのが原因。貧しく、ただでさえ困難な人生に、家族愛という面倒な物が加わるから
益々抜けられなくなる負のスパイラル…。
逆に、達夫の方には、家族のシガラミという物がほとんど無い。
親は他界し、唯一の肉親である妹・佳代は、すでに自分の家庭を築き、マトモに生活している。
達夫を苦しめているのは、肉親ではなく、かつての職場で起きた痛ましい事故。
しかし、そんな達夫も、千夏と出逢ったことで、彼女をドン底から救いたい、
自分も家族というものを持ちたいと欲するようになる。
千夏への愛がモチヴェーションとなり、達夫の生きる気力が蘇る。
出演は、ワケあって退職してからノラリクラリと暮らす佐藤達夫に綾野剛、
達夫とパチンコ屋で出会い、親しくなる大城拓児に菅田将暉、拓児の姉・大城千夏に池脇千鶴、
千夏の不倫相手・中島に高橋和也など。
昨今の日本で実力派と呼ばれる若手、
綾野剛、菅田将暉、池脇千鶴のロウアー感とウラブレッぷりが、とにかくリアル。
特に菅田将暉の俳優としての成長は、近頃凄まじく、
今となっては、一応ジュノンスーパーボーイコンテスト出身とは信じ難い。
今回扮する拓児は、チープな金髪がプリン状になり、笑った口元からは変色した歯が覗くお調子者で
絵に描いたような田舎のヤンキー。
冷めた達夫が、馴れ馴れしく話し掛けてきたこのウザい拓児を
よくもまぁ拒絶せず、付き合うようになったものだ。
ま、根はいいヤツで、最終的には憎めない青年なのだけれど。
池脇千鶴扮する千夏も、初登場のシーンから印象に残る。
決してデブではないが、年甲斐もなく着た露出の多いキャミソールから覗く
ムッチリした背中と二の腕が現実味のあるオンナを醸し
モデルのようにスラリと美しい女優には出せないエロさがムンムン。
若手ばかりでなく、一世代上の高橋和也も印象的。
扮する中島は、一見ごく普通の中年男で、悪い奴という気がしない。
でも、金額が記入されていない領収書を受け取ったり、工場の抜き打ち検査の情報を握っていたり
さり気ない言動から、徐々に胡散臭さが漂ってくる。
決定的なのは、ベッドシーンでチラッと見える肩の刺青。この人、造園業をやる前は何をしていたの…?!
何やら聞いてはいけない凄まじい過去が有りそうで、ギョッとさせられる。
内面と凡庸な外見にギャップが有るから、分かり易いヤクザ者より、よほど不気味…。
高橋和也は、『ハッシュ!』(2001年)でひと皮剥けてから、面白い俳優になったと思う。
男闘呼組の意外な出世頭ですわ。

中国からの北海道観光客誘致にひと役買った娯楽映画『狙った恋の落とし方。』などとは異なり
うっとりするような雄大な自然も、観光スポットも、ほとんど出てこない。
もっと“地元民の日常の北海道”という感じ。観ていても、旅心もソソられない、何てことの無い場所が多い。
お話が始まってから最初に「あっ、いい感じ」と思ったのは、拓児が神社でお祭りの準備をするシーン。
鳥居の向こうに海が見える風景が美しい。
ナンなのー、この閉塞感…!?貧困、田舎町といった息苦しさの相乗効果…。
登場人物たちを、自分にも、自分の周囲の人々にも重ねられず、“身近な話”と受け入れることが出来ない。
かと言って、起こり得ないフィクションではなく、むしろ社会の底辺で静かにもがく人々の現実が感じられ
観ていてヒリヒリと痛い。光輝く唯一の場所、“そこのみ”の“そこ”って、どこヨ…?!
まぁラストには僅かな希望を感じられるけれど、息苦しく、観終わって残ったのは、ちょっとした疲労感。
好みとは言い切れないし、何度も繰り返し観たい!と思わせるタイプの作品ではないが
コレ、今のところ、私のBest of 呉美保監督作品。出演俳優たちの演技も観応えアリ。
映画館は予想外に混んでいた。綾野剛人気にあやかっているのかとも思ったが、男性客も多い。
(もちろん男性が「LOVE綾野剛♪」でもOKヨ。)
ミニシアター系でこれだけ人が入っていれば、“ヒット”と言えるのでは。