名称問題のゴタゴタを経て(→参照)、
予定通りの開催となった<台北 國立故宮博物院展~神品至宝>を鑑賞するため
久し振りに上野の東京国立博物館へ。
東京と九州で開催されるこの展覧会、東京会場での一番の目玉は
これまで門外不出であったかの“翠玉白菜”だと思われる。
台北の故宮も、これを目当てに行く外国人観光客が大勢居るくらいだから
東京に閉幕まで貸し出してくれる訳もなく、公開期間は開幕から7月7日までの2週間限定。
この期間中に白菜様に謁見に賜うか否かで少々悩んだ…。
なにせ美術に興味の無い人でも知っている“客寄せパンダ”ならぬ“客寄せ白菜”だから、混雑は必至。
で、私は白菜様謁見放棄を決意。故宮のお宝は他にも沢山あるのです…!
少しでも他をゆったりと鑑賞するため
「ついに白菜様御帰還…」と人々が気落ちしているであろう白菜展示終了直後を狙うことに。
★ 東京国立博物館
久し振りに訪れた“東博(トーハク)”こと東京国立博物館は、設備やシステムが少し変わっていた。
2年前の<北京故宮博物院200選>の大行列に辟易した私は、白菜様不在でも油断はできぬと
開館の9時半より前に現地に到着したのだが
現在では、チケットをすでに持っていようが無かろうが、開館時間までは皆敷地内に入れないようになっていた。
私は“チケット無い組”なので、
チケット売り場へ。

売り場のシャッターは9時半にならないと上がらず、中が見えないため、分かりにくいが
一番手前が常設展のみのチケット販売窓口、次に特別展用の窓口が3ツ、
さらにその奥が特別展用の自動発券機3台。
クレジットカードでの支払いや、各種割り引きが適応される場合は、窓口でしか対応できない。
せっかちな私は、外国人が多く並ぶ窓口より自動発券機の方が早いと読み、そちらの列に付いたのだが
機械の方は発券に手こずる高齢者続出で、結果的にはどちらも大して変わらなかった。
とにかくチケットを購入し、敷地内へ。まず通るのは、正門脇の小屋。これ、前は無かったはず。
中にはインフォメーションデスク。無料で貸してくれる
日傘まである…!

そう、東博の敷地は案外広く、日差しを遮る物が無いから、日傘は夏の必需品。至れり尽くせり。
普段は絶対日傘を使わない欧米人までがレンタル日傘を利用しているのを目撃。
★ 平成館にて
<台北 國立故宮博物院展>が開催されているのは、敷地左奥の平成館。
待ち時間無しですんなり入館。
どうやら谷原章介が、あの心地良い美声で故宮の世界へ私を誘ってくれるらしいので
今回は普段あまり利用することの無い
音声ガイドを借りてみることにする。

(音声で解説がつく展示品は21点だが、谷原章介が担当しているのは、半分程度であった。
あとは恒松あゆみという女性。料金の半分260円返せ。←ウソ。)
★ 台北 國立故宮博物院展~神品至宝
展示室は、建物2階中央のホールを挟み、第1会場と第2会場のふたつ。作品は大きく10のテーマに分類。
それぞれのテーマから、印象に残った作品についてザッと覚え書きを。


動物の形をした青銅器。時代の異なる2点を展示。何の動物なのだろう…?!短足でお茶目。
背中に蓋が有るので、そこから酒などを入れ、口から注ぐ仕組みになっているのであろう。
ただのティーポットのような器で充分用は足りるはずなのに、大昔の人にこんな遊び心が有ったとは。


本展覧会の目玉のひとつになっている汝窯(中国河南省寶豐縣にあった宋代の陶窯)の名品。
汝窯青磁は全世界に70点しか現存せず、台北故宮は内21点を所蔵しているのだと。
色はぬめっと柔らかで、形はふんわり開いたお花のよう。
これに盛ったら、安いお総菜が高級料亭の味に昇格すること間違いなし。


北宋時代の書家で、宋四大家のひとりとされる黄庭堅による書。
達筆すぎて、解読不可能だが、実は道家で用いる“嬰香”という香の調合を記しているとのこと。


色紙大程度で、一枚は桃の花で、もう一枚は杏の花を描いている。
杏花の方は、南宋の画家・馬遠によるもので、桃花の方は、恐らく馬遠の子・馬麟の絵と推測。
どちらも、花のひと枝が奥ゆかしく描かれており、空間を生かした構図がモダン。

玉で、すぼまり始めた蓮の枯葉を表現。筆洗い、もしくは杯として用いられていたと推測される器。
薄く成形され玉が貝殻のようにも見える。


元末四大家のひとりに挙げられる画家・倪瓚の作品で、倪瓚が放浪生活に出る前の肖像画。
この倪瓚という画家は、とても潔癖症だったとのことで、絵の中でも童子は羽箒、侍女は水瓶を手にし
隅の卓上には文房具がきっちり置かれて描かれており、性格が現れていて微笑ましい。

あの時代、絵は、絵のみならず、多くの題賛が付けられて、ようやく完成と見做されたらしい。
…ということで、この張中の絵にも元を代表する18人による“跋(バツ)”がばんばん付けられ
なんか面白いグラフィック作品になっている。


今でも非常に有名な景徳鎮窯の作品。現在、景徳鎮というと、染め付けの陶磁器を一番に思い浮かべるが
これは白磁。派手さの無い小ぶりの杯だが、艶やかな白が上品で美しい。
このように、永楽帝の頃に確立した玉のような艶を放つ釉の白磁は“甜白”と呼ばれる。

波や瑞雲文を描いた刺繍画なのだが、うねる波の表現が見事!
なぜ刺繍で、あの立体感、躍動感が表現できるのか…?!繊細な絹糸の光沢も美しい。

五穀豊穣を祈る獅子舞を図案にした堆朱(ついしゅ)の箱。
堆朱の工芸品は、鎌倉彫りと同じくらい苦手なのだが
さすが乾隆帝のお眼鏡にかなう品は、そこらの土産物屋で売られている安物とは違い、品がある。

こちらも堆朱の作品。直径30センチほどの円形の物入れで
表は梅、中は桃やコウモリといったおめでたい柄尽くし。
恐らく婚礼用で、現在使われているオードヴルを盛る器と形状はまったく変わらない。

写経なのだが、金文字で、しかも絵まで入った豪華すぎる写経。


ドッシリ大きな鼎。案の定100キロ近くあるらしい。肉料理用というのが、少々意外でもある。
“はじめ人間ギャートルズ”みたいな大昔の人々が、この鼎を使ってお肉を調理している姿を想像。


18世紀清代には、透かし彫りを玉器工芸が最高潮に達し、盛行。
こちらも、全体に牡丹の文様を透かし彫りで施した美しい玉の香炉であるが
粋な乾隆帝は、これを装飾過多で「俗!」とコキ下ろしたらしい。

上部に2ツの硯を設置した琺瑯(ホウロウ)の箱。ただの豪華な硯置き台ではございません。
鰹節削り器のように、引き出しを開け、そこに炭を入れ温められるようになっている。
墨汁も凍りつく冬の北京で便利なアイディアグッズ!
これ、入江曜子の著書<紫禁城~清朝の歴史を歩く>にも出てくるので、存在は知っていたのだが
実物を見たのは、今回が初めて。私が想像していた物よりずっと豪華。
今回展示されているのは、乾隆年間の品だが、<紫禁城>によると、発明は康熙年間と思われる。
ちなみに、上部に硯がふたつ並んで設置されているのは、墨色と朱色のダブル使いをするため。
現代でいう“2色ペン”のような物。

朱色の墨汁の話が出たついでにこちらも。
“奏摺”とは、地方官僚などが皇帝に密奏する一種の報告書で
展示されているのは、その報告書に対し、皇帝が朱色の筆で評語を入れた物。いわば“赤ペン先生”の添削。
まず一枚は満州語で書かれた康熙帝の物。前述の<紫禁城>からも、康熙帝が筆マメで
添削好きだったことは窺われる。不出来な皇太子(後に廃太子)からの手紙にも
「日付が落ちている」などとズサンさを責める添削をして送り返すことがあったそうな。
解読不可能な満州文であるが、繊細な美しい手書きで、達筆であることは分かる。
2枚目は、漢字で書かれた雍正帝の物。雍正帝も達筆であるけれど、それ以上に興味深かったのは内容。
福建浙江総督が、マンゴーを知らないという雍正帝に、乾燥させたマンゴーを進上した際の奏摺。
これに対し雍正帝が朱色の筆で記したのは、「無用な物であるから、再び送るには及ばない」だって。
うわっ、④様、さすが堅実…。

歴代皇帝の模範とすべき56の故事を記した本で、言うなれば、皇帝の啓蒙書というか教育教材。
文字だけではなく、綺麗な絵が添えられた豪華装丁の絵本という感じ。
これなら楽しく皇帝になるお勉強ができそう♪(…私には不必要だけれど)

宋代に確立した13種の経書“十三経”のひとつに挙げられる中国最古の字典が“爾雅”。
台北故宮は恐らく宋代の爾雅を所蔵しているはずだが、さすがにそれは今回貸し出さず
やって来たのは乾隆帝が編纂した清代の物。
乾隆帝は、この爾雅も含む十三経を石に刻んだ“乾隆石経”を国子監に作り、それも現存。
東博の説明文にも「乾隆石経は北京の国子監にある」と記されているが
実際には、現在は国子監に隣接する孔廟(孔子廟)の方にある(→参照)。
今回展示されている爾雅は、宋代の物に比べ、価値は低いかも知れないが
北京で見た圧巻の乾隆石経を思い出し、爾雅ってこういう物だったのかぁ~、と個人的にちょっと納得。


4千年前に作られた祭器の一種。見た目は、日本でお仏壇に置く位牌のよう。
乾隆帝は、在位51年目に、これに自作の詩を彫らせたとのこと。その詩の中に中国語で“英雄 yīngxióng”と
発音が同じになる“鷹(yīng)”と“熊(Xióng)”を織り交ぜているという説明を読み
鷹と熊の印象がやたらキョーレツな(特に熊!)清宮ドラマ『宮廷の泪~山河戀・美人無淚』を思い出す。

ミニチュア等ちょっとしたお宝を収納する皇帝の贅沢なおもちゃ箱が“多寶格”。
今回日本に運ばれた紫檀製の多寶格は、このテーマ9の展示室の主役。
そのため、他の多寶格と共に並べている台北の故宮より、展示の仕方に工夫があり、よりジックリ見易い。
中に収められている
ルビーの指輪なんて、こんなにマジマジと見たのは初めて。

古臭さを感じさせないシンプルなデザインで、ちょっとポメラート風。


カラフルに上絵付けされた景徳鎮窯制作の帽子置き。細い首のてっぺんに丸いボールがのった形で
現代人は、説明されないと、使用目的が分かりにくいかも。
透かし模様になった上の丸いボールの部分は、実は香を炊く薫炉。
お帽子に良い香りを移せるよう工夫されているワケ。

内側が回転する二重構造の瓶“轉心瓶(転心瓶)”も今回ひとつやって来た(仕組みはこちらを参照)。
外瓶にくり抜かれた窓から、泳ぐ魚が覗くとは、なんとも風流。

玉の自然な色を生かし、力比べをする人(白)と熊(黒)を表現した小さな作品。
翠玉白菜なき後、本展覧会はこれを一押しにしているようだが、うーン、白菜様と比べると、インパクトが弱い。
黒い物体が、熊ではなく、黒ブタに見えてしまうのは、私だけ…?
★ ミュージアムショップ
ミュージアムショップは、展示室がある2階にひとつ、そしてもうひとつが1階の脇に。
2階の方はお手頃価格な物が多く、1階の方は、台北故宮から直輸入した比較的高級な品を扱う。
★ 総評
第1会場は書が多いという印象。超有名な王羲之の書なども取り揃え
日本人に分かり易いセレクトになっているとは思うが、私は書に無知なので、第2会場の方が楽しめた。
これらお宝の多くは、生きる上で必要不可欠な物ではない。
でも、私は、実用第一主義的な現代日本の品々には心惹かれないので
いにしえに想いを馳せながら、贅を尽くした無駄の美にウットリ。
今回鑑賞した品の中から“一番”を選ぶのは難しいが、今現在、より強く印象に残っているのは…
今回初めて実物を見たウォーマー付き硯“暖硯”や、薫炉付き帽子スタンド“粉彩透雕雲龍文冠架”といった
アイディアグッズかしら~。美術的価値は、他の物の方がずっと上だと感じるが
機能性を考慮し、日常使いの物を進化させ(←それだけだったら現代日本人の得意分野)、
さらに、無駄とも思える装飾にまで心血注いだ美意識の結晶に、色んな意味で感嘆。

“象牙多層球”は来ていなかった。あれは「今回の特別展で故宮博物院に興味を持った日本の方々、
次は現地台北にも来てね」という宣伝だったのだろうか。
2012年の<北京故宮博物院200選>も良かったが、今回の台北故宮も期待を裏切らなかった。
説明は難しが、ふたつの展覧会は趣きが異なり、それぞれに良いので、東京で両展を観賞でき幸運。
残念ながら現在の日中関係では、中国があんなお宝を日本に貸し出してくれるとは思えないし
世の中何が起きるかなんて分からないから、見られるものは見られる内に見ておかないとね。
白菜様御帰還、しかも“象牙多層球”不在でも、まだまだ名品は気前よくたっぷり有り
見応え充分な展覧会であった。お宝を貸し出してくれた台湾の皆々様に感謝だが
この展覧会を実現するため、長い年月をかけ、法律など様々な壁を乗り越えてきた
東京国立博物館の方々の努力にも敬意。
この後、ついでに東博の本館にも久し振りに立ち寄ったので、その件は、また後日。
(→【追記:2014年7月11日】ブログ更新。東博・本館については、こちらから。)
【参照(当ブログ、過去のエントリより)】


◆◇◆ 台北 國立故宮博物院展~神品至宝 ◆◇◆
上野 東京都美術館
午前9時半~午後5時/金曜 ~午後8時/土・日・祝 ~午後6時 (基本的に月曜は休館、例外あり)
会期:~2014年9月15日(月曜・祝日)
