【2012年/中国・フランス/98min.】
中国・武漢。陸潔は、夫・永照と共同経営する会社も順調で、何不自由なく幸せに暮らしている女性。娘・安安がまだ幼いため、今は仕事から離れているが、桑というママ友もでき、充実した日々。桑は、安安と同じ幼稚園に通う宇航という息子を持つ若い母親。ある日、カフェで、陸潔は、その桑から、「夫が浮気しているみたい…」と悩みを打ち明けられる。「確かなの?あなたの勘違いじゃない?」と桑を慰める陸潔であったがちょうどその時、桑は、カフェの向かいに建つホテルから、女を伴い出てきた夫を発見。「勘違いじゃないわ。ほら…」と桑が指差す方向で、女と戯れる男を見て、陸潔は絶句。なんと、桑が“私の夫”と呼ぶその男は、陸潔の夫・永照であった…。
2014年日本公開予定だった
婁(ロウ・イエ)監督作品が、2015年にズレ込み、ようやくお目見え。

前作『パリ・ただよう花』(2011年)はフランスが主な舞台だったので
中国を舞台にした中国語作品は『スプリング・フィーバー』(2009年)以来。
ものすごく楽しみで、本当は来日した婁監督のトークショーが付く回で観たかったのだけれど
私にしては珍しく週末でも働いていたため、公開初日の夜の回に映画館に立ち寄り、観賞。
本作品の舞台は、
湖北省・武漢。

ドシャ降りの雨の日、猛スピードで飛ばす若者たちの車が
一人の女子大生をはね、死なせてしまう事故で、作品は幕を開ける。
作品はそれから、その事故とは一見何の関連性も無い人々の話に移っていく。
妻・陸潔と娘・安安が暮らす自宅、愛人・桑と息子・宇航が待つ質素なアパート。
妻・陸潔に悟られることなく、二つの家庭を行き来する会社経営者・永照。
物語は、刑事・童明松が、あの大雨の日の交通事故の真相を追う内に、明るみになっていく、
永照、陸潔、桑という3人の男女の危うい関係がみるみる崩壊していく様子をスリリングに描く愛憎劇。

夫の浮気に苦しむ“看着月亮离开”というハンドルネームの女性の話に着想を得て創作された物語らしい。
裕福な会社経営者(将軍/皇帝)の寵愛を巡り、女児しか持たない本妻(正室)と
お世継ぎの男児を産んだ愛人(側室)との間で繰り広げられる激烈バトルは
まるで日本の大奥や大陸の後宮ドラマ…!人は愚かなもので、今も昔も、やっている事に大差はない。
ただ、時代を現代に設定した本作品を観ると、とても中国的で、日本では起こりにくい話だとも感じる。
別に、中国人男性と違い、日本人男性にはモラルが有る!という意味ではない。
日本では起こりにくいと感じる理由は、モラルよりも何よりもまず“
先立つ物”。

二つの家庭を維持するには、相当なお金がかかる。
昨今の日本に、そんな経済力のある男性がそうそう居るとは考えにくい。
次に、現在の日本は、中国に比べ、♂男児への執着心が薄い。
本作品の愛人・桑が、ただの“御手付け”から囲われる身分に昇格したのは
ひとえに男児を授かったからである。
(しかも、この男児を、子の父・永照より欲しがったのは、永照の母親。
何も知らなかったのは、永照の本妻・陸潔だけ。夫に、お姑サマ公認の愛人が居たなんて、おぉ恐っ…!)
裕福な男性が貧しい女性とお遊びで関係を持ち→その女性が妊娠、…なんて事態は本来厄介事のはずだが
逆に外の腹でも構わないから男児を切望してしまうという封建的な男児至上主義が
物語の根底にある点は、『ロスト・イン・北京』にも通じる。
勿論現代の日本でも男児を欲しがる人は沢山いる。
そういう場合、男児が生まれるまで3人でも4人でも挑戦し続けられるのが日本。
ところが、(一部緩和されたとはいえ)一人っ子政策がある中国では、それが困難。
妻が産んだ最初で最後の子が女児だったら、お外で委託出産(?)に走る気持ちも分からなくはない…?!
本作品の永照の場合、種の保存への執着以前に、強過ぎる性欲に問題があったのかも知れない。
妻と愛人の二人で我慢していたら、平穏な日々をもう少し長く続けられたかも知れないのに…。
本妻vs愛人のバトルも見もの。
後半、妻・陸潔と娘・安安が居るとは思いもよらず、
永照が、愛人・桑のアパートに慣れた様子で入って来るシーンの顛末にハラハラ。
でもね、永照は私だけのもの…!なんて思っている内はまだ可愛い。女は吹っ切れてからの方が強くて恐い。
永照から帝国(会社)を奪い、自ら玉座(取締役の座)についた陸潔は、まるで則天武后…!
他にも、金持ちの馬鹿息子が、交通事故を起こし、父親の金とコネで事態を収束させるとか
広がる貧富の差とか、実際に中国で問題になっている事が、物語には盛り込まれている。
出演は、二重生活を送る会社経営者・喬永照に秦昊(チン・ハオ)、
永照の妻で、彼との間に娘・安安をもうけた陸潔に郝蕾(ハオ・レイ)、
永照の愛人で、彼との間に息子・宇航をもうけた桑に齊溪(チー・シー)、
交通事故の捜査を担当する刑事・童明松に祖峰(ズー・フォン)、
交通事故で犠牲となった小敏の元恋人・秦楓に朱亞文(チュウ・ヤーウェン)などなど。
『スプリング・フィーバー』で、浮気調査の探偵に追われていた秦昊は
本作品でも妻や愛人に追われ、浮気現場を押さえられてしまっている。
但し、自分自身が浮気相手で“ホモの泥棒猫”呼ばわりされていた『スプリング・フィーバー』とは立場が異なり
本作品で扮する永照は、食い散らかしている側。
でも、浮気を繰り返す精力絶倫な男にありがちなギラギラ感は、この永照にはあまり無く、
むしろ穏やかで、時にオドオドしているようにも見える。
愛人を囲っている中国人の金持ちというと
チビでデブで、腕には金のロレックス、首にはゴールドの喜平チェーンという勝手なイメージがあるけれど
そういう男とも異なり、ずっと洗練された雰囲気で、日本でもモテそう。
私生活で、10歳も年上のコブ付きバツイチ、永遠の中年小悪魔・伊能靜を娶り
益々いい人キャラが定着した秦昊が、彼ならではの、ステレオタイプではない浮気男を演じている。
本妻・陸潔に扮する郝蕾は、元々好きな女優さんで、本作品でも安定して良かったため、
初めて見る愛人・桑役の齊溪がより気になった。
齊溪は、婁監督の『スプリング・フィーバー』や『パリ、ただよう花』の主役オーディションにも参加し
本作品でようやく役を掴んだらしい。
ほぼスッピンで演じているのだろうか。美人なんだか不美人なんだか分からないのだけれど
婁監督作品に出演する他の女優たちと同じで、クタビれ、憂いを含んだ表情が印象的。
郝蕾がチビの大顔に見えてしまうほど、超小顔で長身で、ヒョロヒョロッと細く、化粧っ気の無い地味目な顔は
たまに湯唯(タン・ウェイ)と重なることがあった。
そう言えば、湯唯が主演する許鞍華(アン・ホイ)監督作品『黄金時代』には
本作品から郝蕾、童刑事役の祖峰、交通事故被害者の元恋人・秦楓役の朱亞文、と3人も出演している。
朱亞文は、最近、周迅(ジョウ・シュン)主演のドラマ版『紅いコーリャン~紅高粱』の
余占鰲役でも話題になった注目の俳優なのに、『二重生活』の日本公式サイトに“ジョウ・イエワン”という
どう間違ったらそうなるのか分からない創作ネームで紹介されていて、気になってしまった。
何度でも言う、中国語名の片仮名表記、いい加減やめて…!
待った甲斐あったー。
中文原題『浮城謎事』とは異なる『二重生活』という邦題から、なんとなく内容は想像していたのだけれど
それでも、冒頭の交通事故のシーンがどう繋がるのか?
愛人・桑は永照の本妻が誰だか判っているのか?
彼女は日蔭の女でいることに甘んじているのか?それとも案外計算高く、永照を略奪する気でいるのか??
…と次から次へと展開が気になり、物語にみるみる引き込まれていった。
淀み、移ろう映像にも惹かれるし、そういう映像に重ねて劇中幾度となく流れる
ベートーヴェン<第九・歓喜の歌>の中国語の清らかな歌声の不調和が
登場人物たちの迷いや危うさを表しているかのようで、観ているこちら側の気持ちをザワつかせる。
俳優の選択も相変わらず趣味が良いし、結局のところ、本作品はとても気に入った。
2015年に入り観た中国映画は、『薄氷の殺人』と本作品と立て続けに“当たり”。
稲垣吾郎がやはり同じくこの2本を絶賛しているのだけれど、
恐らく彼は日本の芸能人の中で一番私と映画の好みが合うワ。
(一方的にそう言われても、稲垣吾郎も迷惑だろうが。)
中国の映画は近年どんどん大作化し、内容が無い割りに派手さだけは増し、
ゲンナリさせられる事が多いけれど、
その一方で、(外国資本に頼る場合も多いが)作家性の強い優れた小品も世に送り出していて、
さすがは大国だけあり、監督にしても俳優にしても、層の厚さを感じる。
今年はこの調子で、歴史大作やアクション巨編だけではない大陸の秀作をもっと観たい。
あと、婁監督の新作『推拿~Blind Massage』も、日本の配給会社サマ、是非ぜひ、早く入れて下さいませ。