【2014年/日本/135min.】
徹と沙耶はちょっぴり倦怠期の同棲カップル。ミュージシャンとしてデビューできそうだという沙耶の話も、これといって盛り上がらないまま、徹は家を出て、いつものように勤務先に向かう。実は徹には、一緒に暮らす沙耶にも打ち明けていない秘密が。一流ホテルに勤めていることになっている徹だが、本当は歌舞伎町のラブホテルで店長をしているのだ。韓国人ヘナの夢は、ソウルで母親とブティックを開くこと。その開店資金も溜まり、今日は日本で働く最後の日。「ホステスって、そんなにお金がもらえるの?」と不思議そうに尋ねてくる同郷の恋人チョンスに返事を濁すヘナ。ヘナの仕事はホステスではなく、デリヘル嬢であった…。小さなアパートに身を隠すようにひっそりと暮らす中年の男女、康夫と里美。ある事件を起こし、追われる身となった康夫を里美が匿い、もう随分な歳月が流れた。でも、窮屈な生活も、38時間後の時効成立で終わり。「最後まで油断しないで。もう少しの辛抱だから。」と康夫に言い残し、眼鏡で変装した里美は勤務先のラブホテルに向かう。
昨年、第15回東京フィルメックスで上映され、気になっていた
廣木隆一監督最新作。

フィルメックス開催時には、すでに配給が決まっていたので、パスして、一般劇場公開を楽しみにしていた。
脚本は、『ヴァイブレーター』(2003年)、『やわらかい生活』(2005年)、
またwowowのドラマ『ソドムの林檎~ロトを殺した娘たち』(2013年)でも廣木隆一監督と組んでいる

物語は、新宿歌舞伎町のラブホテルATLASのある一日を舞台に、
そこに出入りする、それぞれに事情を抱えた人々の交錯する小さなドラマを綴った群像劇。
登場するのは、周囲に一流ホテル勤めと偽っているラブホテルATLASの店長、
彼の恋人で、ミュージシャンとしてのデビューを夢見る女の子、
時効間近の内縁の夫を匿って養なっているATLASの女性清掃員、
ブティック開店資金を稼ぐため、デリヘルで働く韓国人女性、
女の子を騙してデリヘルで働かせる風俗スカウトマン、そうとは知らずに、彼についてきた家出娘、
不倫中の刑事カップル…、と様々。
彼らにとって歌舞伎町は、夢の楽園などではない。
止むを得ない事情や、後ろめたい気持ちを抱え、コソコソとやって来た場所。
ここに埋もれ、ここが定住地となってしまう事を、頭のどこかで恐れ、もがき、悶々とする日々。
やがてこの街から抜け出し、歌舞伎町が“人生の通過地点”になると、その時が人生の新たなスタート。
だから、『さよなら歌舞伎町』というタイトルは、最後にここから巣立っていく彼らにとって、
人生やり直しの前向きな告別の辞なのだと感じる。
登場するのは、5組の男女が中心。
群像劇なので、出演者は多いのだが、ザッと見てみると、
周囲に一流ホテル勤務と偽り、ラブホテルATLASで店長として働いている高橋徹に染谷将太、
徹の恋人で、ミュージシャンとしてのデビューを目指している飯島沙耶に前田敦子、
ATLASで清掃員として働きながら、時効間近の内縁の夫を匿い続けている鈴木里美に南果歩、
里美のアパートに匿われ、時効成立を待つ逃亡犯・池沢康夫に松重豊、
ブティック開店資金を稼ぐため、デリヘル嬢として働く韓国人女性イ・ヘナにイ・ウンウ、
新大久保の焼き肉屋で働くヘナの恋人アン・チョンスにロイ[5tion]、
風俗スカウトマン早瀬正也に忍成修吾、
早瀬に騙され、ATLASに連れ込まれた家出娘・福本陽子に我妻三輪子、
女性刑事・藤田理香子に河井青葉、その不倫相手で同じく刑事の新城竜平に宮崎吐夢、
沙耶にデビュー話を持ち掛ける音楽プロデューサー竹中一樹に大森南朋、
ヘナのお得意さん雨宮影久に村上淳などなど…。
主人公を一人には絞りにくいが、
物語の舞台となるラブホテルATLASで店長をやっている染谷将太扮する徹は、
作品の中心人物と呼んで良いかも知れない。
徹は、「自分は本当はお台場のグランパシフィックで働いているはずだった」と繰り返すのだけれど
彼にとっての“高級ホテル”が、なぜお台場グランパシフィック限定なのかが、ちょっと気になった。
東京には、もっとずっと高級なホテルが他に色々有るし、
そもそも東京で生まれ育った人間は、あまりお台場へは行かず、
あの辺りを“観光地”とは見做しても、“高級”とは感じないものだ。
福島出身の徹にとって、子供の頃からテレビの中でよく目にしたであろうお台場のキラキラした風景は
東京の象徴で、憧れの聖地なのかしら…?
そんな想像を色々と巡らせると、お台場グランパシフィックに固執する徹の台詞に
地方出身者のリアリティが感じられてくる。
それとも、徹のそういう台詞には、実は深い意味など無く、
ただ単に、お台場グランパシフィックが、何らかの形で、本作品に協賛しているのだろうか。
作中、グランパシフィックは一度も登場しないけれど、徹が何度もホテル名を連呼することで
映画を観ている観衆の頭には、この名前が焼き付く。
映画館を出て、「お台場のグランパシフィックって、そんなに高級なの?」と検索してしまった人も居るかもね。
まぁ、そんな具合にグランパシフィックに固執し、
「自分は本当はこんな所(歌舞伎町のラブホテル)に居る人間じゃない」と強がって言った徹が
「じゃぁ、どこに居る人間なの?」と切り返され、口籠るシーンの遣る瀬無さが、可笑しい。
そんな染谷将太の相手役、沙耶に扮する前田敦子目当てで、本作品を観る男性ファンも多いだろうが
♀女優陣で最も私の印象に残っているのは、ATLAS清掃員・鈴木里美に扮する南果歩。
南果歩は、これまでどちらかと言うと二枚目に属する女優と認識していたが
本作品では、眼鏡に赤ジャージの冴えないオバちゃん。
逃亡生活ですっかりクタビれ、スレた所も有るけれど、どこか素っ頓狂。
南果歩は意外にもチャーミングなコメディエンヌであった。
あと、
韓国人女優、イ・ウンウは、キム・ギドク監督作品『メビウス』での怪演が

あまりにもキョーレツだったため、本作品で改めて見るのを楽しみにしていた。
本作品で扮するヘナは出稼ぎのデリヘル嬢なので
今回ももったいぶらず服を脱ぎ捨て、文字通り“カラダを張った”演技をしているが
『メビウス』のような激しさは無い。
2作品で別人。何度見てもギョッとするわ、イ・ウンウin『メビウス』。![]()

『さよなら歌舞伎町』のヘナは、それとは打って変わり、どんな客にも真心で接する、心根のよいデリヘル嬢で、
昭和の“人情派お水”を思い起こさせ、郷愁を誘う。
ちなみに、ヘナが所属しているのは、“ジューシィ・フルーツ”というお店で、源氏名は“イリヤ”。
田口トモロヲ扮する店長の久保田が、その昔、<ジェニーはご機嫌ななめ>でお馴染みのバンド、
ジューシィ・フルーツのヴォーカリスト、イリヤのファンだったのだと。
このくだりを観ながら、「じゃぁ、シーナ&ザ・ロケッツのシーナのファンだったら、
源氏名は“シーナ”だったのかしら~?でも、“ジューシィ・フルーツ”の方が適度にエロく、
デリヘルの店名には向いているわよね」なんて呑気に思ったのは、虫の知らせだったのか…?
その直後、シーナが子宮頸癌で亡くなったことを知った。享年61歳。御冥福をお祈りいたします。

他も、ほぼ全て歌舞伎町を中心とする新宿エリアで撮影されているから、
よく知る風景が次から次へとスクリーンに。
本作品の上映館、テアトル新宿の辺りも出てくるので、映画を観ながら、ちょっと不思議な気分になった。
あと、韓国人カップルが暮らすアパートは
窓から隣接する(恐らく新大久保の)ドンキホーテが見えるのだけれど
よくそんな撮影に都合のよい部屋を見付けてきたものだ。
歌舞伎町は、中心にあったコマ劇場が、2008年末に閉館となり、
跡地には、今年春、シネコンがオープン予定。
広場をはさみ、その向かいにあったミラノ座も、2014年末、ついに閉館。
これまでにこびり付いた、いかがわしいイメージが一掃され、
誰もが行き易い安全でクリーンな街に変貌していくのであろう。
この『さよなら歌舞伎町』の中に収められているのは、今しか撮れない歌舞伎町の風景で、
それらも、その内、懐かしい“歴史の一頁”になっていくのかも知れない。
ヘイトスピーチのシーンや、福島の原発事故が話に絡むのも、今の日本ならでは。
逃亡犯、枕営業、風俗スカウト、不倫…、なんて聞くと、物騒で湿っぽい話を想像してしまうが
実際には、ユーモラスなシーンも沢山織り込まれていているし、
最後、この街から羽ばたいていく登場人物たちからは、希望が感じられ、
意外にも余韻が心地良い、ほのぼの温かな物語で、とても楽しかった。
廣木隆一監督は大忙しで、現在、もう一本の監督作品『娚の一生』も公開中。
そちらは観に行く予定ナシ。
決定的な理由は無いが、“私好みの映画”のニオイが感じられず、あまり惹かれていない。
あくまでも勘だけれど。