2015年5月24日に閉幕したばかりの第68回カンヌ国際映画祭で
台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が、新作『黒衣の刺客~聶隱娘』で
監督賞を受賞。(→参照)

『海角七号』のヒット以降、国内向けの商業映画に方向転換し、
すっかり国際舞台から淘汰され、迷走が続く台湾映画界に明るいニュース。
私も、大好きな侯孝賢監督の久々の新作で、ただでさえ楽しみにしていたのに、
賞まで獲ってしまい、期待は高まる一方。
そこで、新作『黒衣の刺客』、2015年秋日本公開の前に観ておきたい侯孝賢監督過去の作品を
私なりに10本セレクトしてみた。基準は必ずしも私の“好き度”ではなく、
監督のフィルモグラフィの中で、何らかの意味をもつ注目に値すると思える作品。
それらを、ランキング形式ではなく、制作年の古い物から順に並べてみる。
では、
祝・カンヌ国際映画祭監督賞受賞!

『黒衣の刺客』公開前に予習(もしくは復習)、<今の内に観ておきたい侯孝賢監督作品10選>!
★ ステキな彼女~就是溜溜的她 Lovable You
『ステキな彼女』(1981年)
侯孝賢監督のデビュー作は、当時人気アイドルだった鳳飛飛(フォン・フェイフェイ)と
“阿B”こと鐘鎮濤(ケニー・ビー)を起用して撮ったお正月映画。
都会のお嬢様と一介の測量技師との恋物語という、“いかにもアイドル映画”な内容でありながら、
所々で、後の侯孝賢監督作品に繋がる写実的な描写がすでに表れていると言われている。
私個人的には、大して思い入れの有る作品ではないが
巨匠が手掛けるアイドル映画は、今となっては貴重。
★ 童年往事 時の流れ~童年往事 A Time To Live,A Time To Die
『童年往事 時の流れ』(1985年)
『風櫃(フンクイ)の少年』(1983年)、『冬冬の夏休み』(1984年)、『恋恋風塵』(1987年)と共に
侯孝賢監督の自伝的4部作に挙げられる作品。
侯孝賢監督の子供時代から青年期を背景に、一家の悲喜こもごもが描かれ、
4本の中でも取り分け自伝性が強く、しかも一番私好み。
侯孝賢監督BEST5を挙げろと言われたら、これは絶対に入れる。
★ 恋恋風塵~戀戀風塵 Dust In The Wind
『恋恋風塵』(1987年)
これも自伝的4部作の一本で、都会に出た同郷の若い男女のホロ苦い恋を描いた青春映画。
日本ではかなり名の知れた侯孝賢監督作品ではないだろうか。
主人公の女の子・阿雲を演じる辛樹芬(シン・シューフェン)は、侯孝賢監督が発掘した素人で
『童年往事』、本作品、『ナイルの娘』と立て続けに侯孝賢監督に出演するも、
『悲情城市』を最後に結婚して芸能界を引退。
4年間という短かった芸能生活をきっぱり捨て、百恵ちゃんのように復帰をしない潔さ。
★ 悲情城市~悲情城市 A City of Sadness
『悲情城市』(1989年)
当時の台湾では語ることがまだタブーだった、国民党に対する民衆の大規模な反政府事件、
“二・二八事件”を扱った作品で、第46回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作。
日本で、いや、世界中で最も有名な侯孝賢監督作品であろう。
閉山で寂れた金鉱の街・九份が、現在のような観光地となったのは
本作品のロケ地として、一躍脚光を浴びたから。
信じ難い事に、たった一本の映画が、過疎の街を台湾随一の観光地に変えてしまったのだ。
今ではすっかりベテラン俳優の梁朝偉(トニー・レオン)が、実力派と位置付けられたのも、
聾唖の青年を演じた本作品。
★ 戯夢人生~戲夢人生 The Puppetmaster
『戯夢人生』(1993年)
1993年、第46回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した作品。
侯孝賢監督が今年『黒衣の刺客』でカンヌ監督賞を受賞したのは、この時以来22年ぶりとなる。
ちなみに、この第46回カンヌ国際映画祭では、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の
あの『さらば、わが愛~覇王別姫』が最高賞パルム・ドールに輝いている。
この『戯夢人生』は、台湾の伝統的な人形芝居“布袋戯”の名手・李天祿(1910-1998)の半生記。
日本の敗戦で解放されるまでの台湾日本統治時代約50年を背景に
今は亡き李天祿が自分自身を演じる半ばドキュメンタリータッチの作品。
現在、布袋戯というと、歴史小説などを題目にした出し物が有名だけれど、
本作品は時代が時代なので、布袋戯にも日本軍の軍服を着たお人形が登場しちゃったりする。
侯孝賢監督作品特有の固定カメラの長回しが顕著で、142分の作品でカット数は約百。
一般的なハリウッド映画だと、少なくとも5百カットにはなるというから、かなり少ない。
★ 憂鬱な楽園~南國再見、南國 Goodbye South,Goodbye
『憂鬱な楽園』(1996年)
受賞にこそ至らなかったが、本作品も1996年、
第49回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネート。
舒淇(スー・チー)の前の侯孝賢監督のミューズ、伊能靜が、
高捷(ガオ・ジェ)、林強(リン・チャン)とのトリオで、その日暮らしのヤクザもんの、しがない日々を描く。
伊能靜はその後、ピンクやフリフリが大好きなファンシーおばさんと化し、
どういう訳か『貧窮貴公子』のママになったかと思ったら、私生活では不倫、離婚を経験し、
最近十歳も年下の大陸俳優・秦昊(チン・ハオ)と再婚。
今では、かつて侯孝賢監督のミューズだったことが嘘のような、不思議なファンシーおばさん伊能靜も、
この『憂鬱な楽園』の頃は小悪魔的な魅力できらきら輝いている。
南国特有の湿度を帯びたムッとした空気が感じられる作品。
★ フラワーズ・オブ・シャンハイ~海上花 Flowers of Shanghai
『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998年)
こちらも、受賞は無かったが、1996年、第51回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネート。
清朝末期、上海の遊郭を舞台に描く高級遊女とエリート官僚の群像劇。
撮影は全て室内で行われ、長回しでカット数は極めて少ない。
室内を飾る優雅な調度品に加え、梁朝偉(トニー・レオン)、劉嘉玲(カリーナ・ラウ)、李嘉欣(ミシェル・リー)、
潘迪華(レベッカ・パン)といったスタア俳優が出演と、贅沢尽くし。
それまでの侯孝賢監督作品とはかなり毛色が異なり、
侯孝賢監督作品ファンの間からさえ「退屈」と酷評の声が上がっているが
私は好きで、このデカダンな世界に酔いしれた。
そうそう、本作品には日本の羽田美智子も重要な役で出演している。
彼女は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった松竹のプロデューサー奥山和由の愛人とまで噂されていたので
松竹絡みの本作品で、松竹の大プッシュがあり出演が実現したのかなぁと
少し蔑んで見てしまったのだけれど、2006年に久し振りに本作品を再見したら、
羽田美智子の佇まいもなかなか良かった。美智子サマ、ごめんねー。
★ ミレニアム・マンボ~千禧曼波 Millennium Mambo
『ミレニアム・マンボ』(2001年)
二人の男性の間で揺れる若い女性Vickyを、十年後の彼女自身のモノローグで綴った物語。
今や侯孝賢監督作品に欠かせないミューズ舒淇(スー・チー)が、本作品で初めて侯孝賢組に参加。
舞台は基本的には台北だが、終盤、新大久保や夕張が出てくる。
新大久保のシーンで、高捷(ガオ・ジェ)が泊まっているホテルは、侯孝賢監督の常宿・甲隆閣。
ネオンのようにキラキラ輝く映像と、林強(リン・チャン)の電子音が印象的な作品。
2001年、第54回カンヌ国際映画祭では、その年、本作品と
蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の『ふたつの時、ふたりの時間』で録音を担当した杜篤之(ドゥ・ドゥジー)が
技術賞を受賞している。
★ 珈琲時光~珈琲時光 Café Lumière
『珈琲時光』(2004年)
小津安二郎生誕百周年を記念し、『東京物語』のオマージュとして制作された
侯孝賢監督初の外国語映画で、第61回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門にも選出。
浅野忠信と一青窈を主演に、日本を舞台に、全編日本語で撮っているが
ちゃんと侯孝賢監督テイストは出ている。
侯孝賢監督の代表作と呼ぶには弱いかも知れないけれど
あの侯孝賢監督が日本で撮ってくれたと思うと、親しみが湧く。
★ 百年恋歌~最好的時光 Three times
『百年恋歌』(2005年)
1911年、1966年、2005年という異なる3ツの時代の恋愛を描いたオムニバス。
全ての時代で、主人公の男女を、張震(チャン・チェン)と舒淇(スー・チー)が演じる。
それぞれの時代で作風がまったく異なるし(例えば、1911年パートはサイレント)、
主演の二人の衣装や演技も、時代によって変化するから、ひと粒で3度オイシイ映画。
やはりこの頃の台湾映画は大好き。
今も秀作はボチボチ出てきてはいるけれど、
あの頃の侯孝賢監督や楊昌(エドワード・ヤン)監督に匹敵する新たな才能や
インパクトのある作品は少なく、台湾映画界全体も簡単に商業化に流れ、
安っぽいばかりで、つまらなくなってしまっている。
今回の侯孝賢監督カンヌ監督賞受賞で、台湾の人々の意識が変わり、
台湾映画がひと頃のように活気づくことを切に願う。
(興行的には今の方が活気づいているだろうが、品質面では低迷していると言わざるを得ない。)
今回パッと選んだ侯孝賢監督作品10本に改めて目を通してみると、
邦題も『恋恋風塵(れんれんふうじん)』とか『悲情城市(ひじょうじょうし)』とか
中文原題をそのまま日本語風に読ませていた当時の物の方が、
シンプルで味わいが有りながら、語感が強烈な印象を残し、昨今の軽々しい片仮名邦題よりよほど良い。
で、さらにこの10本の中から私の侯孝賢監督作品BEST 3を選ぶとしたら、どれでしょう。
『童年往事』と『悲情城市』は絶対として、
あとは『戯夢人生』か『ミレニアム・マンボ』か『百年恋歌』のどれかかしらぁ。…無理、決められない。
では、侯孝賢監督作品を一本も観たことが無いという人に
“最低限観ておくべき一本”をお勧めするなら、どれか。無難でもやはり『悲情城市』でしょうか。
皆さまがお好きな侯孝賢監督作品は何ですか?