【2015年/日本/126min.】
夏の鎌倉。古い日本家屋に暮らす香田家の3姉妹、幸、佳乃、千佳の元に、15年前家族を捨て、家を出た父の訃報が届く。父の葬儀のため、父が最後に暮らした地・山形に赴いた三姉妹は、そこで初めて腹違いの末っ子・すずに会う。三姉妹から父を奪ったすずの母親はすでに他界している上、父まで亡くし、血の繋がらない義母と残され、それでも気丈に振る舞うまだ中学生のすずに「鎌倉の家で一緒に暮らさない?」と声をかける長女の幸。こうして鎌倉にやって来たすずが加わり、4人になった姉妹の新たな生活が始まる…。


是枝監督は、過去にもコミックを映画化した『空気人形』(2009年)を撮っているけれど、
私の中では、基本的には“オリジナル脚本にこだわる監督”というイメージが強いので、
今回のコミック映画化を知り、やや意外に感じた。
この原作は、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013といった賞も獲っている
有名コミックらしいが、漫画をまったく読まない私は、タイトルさえ聞いたことが無かった。
吉田秋生(よしだ・あきみ)という作者も初めて知る名前。
これまで、私にとっての“秋生”は、香港の俳優・黃秋生(アンソニー・ウォン)だけだったからー。![]()

本作品は、15年前に家を出た父の葬儀で、腹違いの妹すずに初めて会った三姉妹、幸、佳乃、千佳が、
自分たちが暮らす鎌倉の古い家にすずを迎え、4人の生活をスタートさせ、ささやかな日常を重ねながら
本当の家族になっていく一年間を描いた物語。
なかなか複雑な家族である。
父は15年前にある女性との生活を選び家を出て、母もその後他の男性と再婚し、現在は北海道在住。
父は、その2度目の結婚で、すずという4人目の娘をもうけるが、妻を亡くしたため、
すずを連れ、陽子という女性と3度目の結婚をし、山形で暮らすも、その地で永眠。
こうして、すずは血の繋がらない継母・陽子と残されてしまったのだ。
実際、子連れ再婚で、これに近いケースを聞いたことがある。
子供がすでに成人していれば、大きな問題にならないだろうが、
まだ小さな子供が、気の合わない継母と残されてしまったら、双方にとってキツイ…!
幸いすずは、「一緒に暮らそう」と申し出てくれる腹違いの3人の姉たちと出会う。
3度も結婚したお騒がせな父親だけれど、自分の葬式で4人を引き合わせたのだから、
人生の最後の最後で、良い事をしたものだ。
その後は、四姉妹が、ゆっくり本物の家族らしくなっていく様子を、
淡々とした日常と、鎌倉の四季の中に描いていく。
舞台となる鎌倉では、有名な観光地などほとんど出てこない。
出てくるほとんどの場所は、地元民が普段履きで往来するような、気の置けない鎌倉。
一番重要な場所、四姉妹が暮らす
木造の日本家屋は、個人宅を借りて撮影したらしい。

とても生活感のある古い家なのだが、今でも実際に人が住んでいるのだろうか。
あと、家の中の調度品は、その家に元々有った物なのか、それとも映画のための小道具なのか…?
棚の中に、今どき見掛けない置き物などが入っていたので、気になった。
この家の最寄りの駅は、
江ノ電の極楽寺駅(…という設定。撮影に使われた家の実際の場所は分らない)。

極楽寺も、お葬式のシーンで登場。
“鎌倉”、“家族の日常の物語”といったキーワードからは、どうしても小津安二郎監督作品を連想。
日本人監督が、日本人俳優を使って、鎌倉の日本家屋で撮影したら、
なんでも小津にしてしまうのは安直な気もし、あまりコジ付けたくないけれど、
特に畳敷きの室内のシーン等では、時々“小津的アングル”と感じることがあった。
ちなみに、すずが鎌倉に越してくる前に住んでいた場所は、山形の河鹿沢温泉という場所。
…が、実際には山形で撮影していないらしい。
映画に出てくる河鹿沢温泉駅は、栃木県のわたらせ渓谷鐵道・足尾駅、
旅館・あづまやは、岩手県花巻市の鉛温泉藤三旅館なのだと。
そもそも“山形県・河鹿沢温泉”自体が架空の街なんですって…??
日本にもまだまだ知らない場所が沢山有るので、実際にそういう街が有るのだと思い込んでいた。
4姉妹を演じるのは、看護師として働く長女・香田幸に綾瀬はるか、
信用金庫勤務の次女・香田・佳乃に長澤まさみ、スポーツ用品店勤務の三女・香田千佳に夏帆、
そして、腹違いの妹で、まだ中学生の浅野すずに広瀬すず。
一応4人それぞれの画像を原作コミックの四姉妹と比べてみたけれど、
私はなにぶん原作を知らないので、このキャスティングがイメージ通りなのか、
はたまた、原作ファンをガッカリさせる感じなのか、分らない。
でも、私にとっては、それぞれが“この立場だったら、こういう性格になる、こういう雰囲気の人になる”
と納得させられるキャスティングであった。
これら女優たちが、私がそれまで抱いていた彼女たちのイメージを覆す役を演じているのも、新鮮。
綾瀬はるかは、天然とかドジと形容される女の子や、『JIN 仁』の真っ直ぐな橘咲のイメージが強かったので
本作品でシッカリ者の長女を演じていると知り、当初ピンと来なかった。
しかし、あの橘咲ちゃんも、実はもう30歳の女性。
本作品で、年相応の長女を演じる綾瀬はるかは、至極自然でありながら、これまでとは異なる新鮮味も。
前掛けが似合いそうな昭和な和美人でもあるので、畳の部屋に居る佇まいも、凛としてシックリ。
(映画『僕の彼女はサイボーグ』で着たメタリックでピタピタのサイボーグスーツは、
腰の位置が低い昭和体型を目立たせ、まったく似合っていなかった。
『海街diary』では、逆に昭和的であることが、長所として生かされている。)
長澤まさみが、酒好き、男好きのヨゴレ(?)を演じているのも新鮮。
実際にはサバサバしたゴーカイな人なのではないかと思える長澤まさみにも、
多かれ少なかれそういう一面が有るかも知れないのに、
周囲が“東宝シンデレラ”のイメージを守ろうとするあまり、つまらない女優に成り下がっていた気も…。
私が最近観た台湾ドラマ『ショコラ~流氓蛋糕店』も、中国語の台詞を頑張ったという挑戦は評価するけれど、
なぜ今更20代も後半の彼女にあんなキャピキャピの学生を演じさせたのか、理解し難かった。
本作品では、綾瀬はるか同様、年相応を演じるという当たり前をしているだけでも、
隠れていた一面が引き出され、魅力に繋がっている。
スタイルは、相変わらず抜群。作品幕開けも、長澤まさみのおみ足ショット。
その冒頭の外泊シーンの、ブラジャー&スキニーパンツ姿では、日本人離れしたボディを見せ付けられ、
同じ女性として、羨むばかり。
夏帆扮する千佳は、マイペースの末っ子キャラ。
ファッションも、自分が好きな物を好きなように着る個性派で、下北沢辺りの雑貨店店員風。
(…でも、実際の勤め先は、地元のスポーツ用品店。)
浴衣の帯までエスニック織物で、個性的であった。
この千佳は、本当の末っ子・すずの出現で、“下から2番目”に繰り上げられる。
すずに扮するのは、広瀬すず。役と名前が同じなのは偶然…?
広瀬すずは、CM等では最近よく目にするけれど、映画で演じている姿を見るのは、初めて。
今回、彼女は、脚本ではなく、是枝裕和監督が素人の子供を撮る時によく行う
“台詞を現場で口伝え”という方法をとったという。
その演出の賜物なのか、彼女自身の天賦の才なのか分らないけれど、
彼女のシーンではグッとくることが幾度となく有った。
複雑な環境で育ったせいか、大人の顔色を窺い、本心を内に溜め込み、
“いい子”でいようとするすずが切ない…。
意外性のある姉妹とは異なり、姉妹の母・佐々木都と大叔母・菊池史代は、
それぞれ大竹しのぶと樹木希林が、“いかにも”なキャラを演じ、安定の脇固め。
終盤、佳乃(長澤まさみ)が大叔母(樹木希林)の口調を真似ながら
「これでまた婚期が遅れちゃうわぁ」と言う一瞬のシーンが、やけにナチュラルだった上、
樹木希林の特徴を捉えていて、なんか可笑しかった。
他にも、スポーツマックス店長・浜田三蔵に扮するミュージシャン“レキシ”こと池田貴史が、
(私は初めて見る顔なのだけれど…)ズグッとした体型とアフロヘアというかなり特徴的な容貌で印象に残った。
山の事故で、足の指10本の内6本をも失くしたという悲劇を、あっけらかんと語り、いい味を出している。
まったく刺激の無い映画。…あっ、もちろん良い意味で。
大きなドラマは起きないけれど、それでいて一年前とはちょっとだけ異なる四姉妹の緩やかな変化を
一歩引いた所から捉えた優しい作品。
縁側のある古い日本家屋を中心に、移り変わる季節の中で、淡々と過ぎていく姉妹の日常…。
実際には、こんな“正しい日本”は、今どきもうほとんど残っていないのではないかと思う。
だから、現在のありのままの日本をカメラに収めた作品とは感じられず、
小津安二郎が居た時代の“正しい日本”への郷愁を感じる。
それでいて、美とノスタルジーだけを詰め込んだ芸術性の高い作品かと言うと、そうでもない。
主人公の四姉妹にメジャー級の女優をキャスティングしたり、
適度に芸術性と商業性のバランスをとっている感じ。
日常を描いた作品なので、おのずと
食事のシーンは多い。

私は、これまでの是枝裕和監督作品だと、『歩いても 歩いても』(2007年)のとうもろこしの天ぷらや
『奇跡』(2011年)のかるかんをよく記憶しているけれど、
本作品は、食べ物をより多く登場させているように感じる。
パッと思い出せるだけでも、お蕎麦、天ぷら、アジの南蛮漬け、しらす丼、しらすトースト、
シーフードカレー、ちくわカレー、梅酒、おはぎ等々…。
この中で一番興味が無いのは、ちくわカレー。
給料日前の節約カレー、もしくは冷蔵庫の残飯整理カレーみたいだから。
逆に、一番食べてみたいのは、甘党の私らしく、おはぎ。
お手製なのに、ちゃんとつぶ餡とこし餡の両方が有るとは凄い。
鎌倉の四季も見どころの一つで、
特に、すずが同級生の風太と自転車で通り抜ける
桜並木のシーンが美しい。

是枝裕和監督作品の最高峰とは思わないし、
最近観た邦画だったら、河直美監督作品『あん』の方がより強く印象に残っているけれど、こちらもなかなか。
是枝裕和監督にしても河直美監督にしても、より大衆に分かり易い作風になってきている点は共通かも。
(それが良いのか悪いのかは、分らない。この先、毒が抜けきってしまったら、幻滅しそう。)