【2015年/台湾・香港/119min.】
育美は画家の卵。交際相手のボクサー永翔の部屋に泊まるつもりで、彼を突然訪ねるが「コーチに見付かるとまずい」と無下に帰されてしまう。なかなか好成績を出せないでいる永翔は、次の試合を控え、落ち着かない。実は、選手生命に関わる問題を抱え、誰にも言えず、一人悶々としていたのだ。一方育美は、自分の中に新たな生命が誕生したことを知る。母子家庭で孤独に育った彼女もまた、妊娠の事実を誰にも打ち明けられないでいた。育男は、緑島出身の観光ガイド。男手ひとつで自分を育ててくれた気性の荒い父も亡くなり、今では家族と呼べる人は居ない。30歳になった今でも、その昔、幼い自分を置いて家を出た母親の事が、心に引っ掛かる…。

張艾嘉は、今回のフィルメックスの審査員。
本作品以外にも、プロデュース作品『華麗上班族~Office』、
出演作『山河ノスタルジア~山河故人』が上映され、今年のフィルメックスは、ちょっとした“張艾嘉祭り”。
来日した張艾嘉は、本作品上映終了後にも、もちろんQ&Aを行った。(→参照)
そのように、監督、プロデューサー、女優と大忙しの張艾嘉だが、
自身が手掛ける長編監督作品は、日本未公開の『一個好爸爸~Run, Papa, Run!』(2008年)以来。
日本公開作品では『20.30.40の恋』(2004年)が最後。
7年ぶりとなるこの長編監督作品で、
脚本を手掛けたのは、

台湾を拠点に活動する蔭山征彦(かげやま・まさひこ)、通称“Tamio(タミオ)”。
Q&Aでのお話を聞くと、どうやら彼の脚本を気に入った張艾嘉が、それをベースに書き換えていったようだ。
なので、“原案・蔭山征彦”という方が近いのかも知れない。
内容は、それぞれが、親に複雑な想いを抱いている画家の卵・黃育美、
なかなか芽が出ないボクサー・張永翔、そして平凡な観光ガイド・林育男の3人が、
過去と向き合い、心の整理をつけ、新たな人生を歩み始める姿を描く群像人間ドラマ。
キャストの顔ぶれは大まかに知っていても、内容は知らなかったので、
画家とボクサーのラヴ・ストーリーだと漠然と想像していた。
想像通り、映画が幕を開けて早々に、その二人が交際していることが判明。
女性画家・育美の方がボクサー・張永翔に夢中で、ボクサーの方は女性の愛を重く感じているようにも見える。
そういう気持ちのスレ違い等、様々な紆余曲折を経て、丸く収まる、
もしくは別々の道を選ぶお話なのかなぁ、と。
実際に、最後まで本作品を観ると、確かにそのようなラヴ・ストーリーの側面も有るのだけれど、
作品の根幹は別の部分だということが分る。
二人がそれぞれ相手に隠し事をしたり、色々な事が上手く回らない原因を突き詰めると、
子供の頃から引きずる親に対するワダカマリに行き着くのだ。
それは、もう一人の主要登場人物、一見明るいガイドの青年・林育男にも言えることで、
彼は、その昔、父と別れ、妹を連れて出て行った母親に対する複雑な感情に囚われ続けている。
そのような主要登場人物3人は、話が進むにつれ、画家・育美を中心に、少しずつ繋がっていく。
物語の舞台は、蔭山征彦が書いた最初の脚本では、台湾と北海道だったらしい。
でも、その2ヶ所はとても離れているので、撮影に不都合と判断され、
北海道は脚下となり、その代わりに台東の離島
緑島がロケ地に。

政治犯の流刑地として知られ、政治的象徴にされがちな緑島だけれど、
Q&Aでの張艾嘉監督のお話からも、本作品では緑島に政治的意味など込めていない事が分る。
3人を演じるのは、画家の卵・黃育美に梁洛施(イザベラ・リョン)、
ボクサー・張永翔に張孝全(ジョセフ・チャン改めチャン・シャオチュアン)、
そして、観光ガイドの青年・林育男に柯宇綸(クー・ユールン)。
香港の大富豪・李嘉誠(り・かしん)の次男・李澤楷(リチャード・リー)との間に3人もの子をもうけながら、
結局結婚しないまま別れた梁洛施の、実質的な復帰作が本作品。
梁洛施の出演映画で私が好きな物は、実はほとんど無い。
唯一にして、断トツ好き出演作は『イザベラ』(2006年)。
その『イザベラ』では、小生意気な女の子という印象だった梁洛施なのに、
その後短期間で、大富豪と交際→未婚で3人出産→別離と、私の数十年より余程濃密な人生経験をし、
復帰作の本作品では、憂いと深みのある女性に成長した姿を見せている。
男性キャストは、2人とも好きな俳優。でも、今回は、役のイメージもあり、柯宇綸の方が好みかも。
張孝全は、演技は良くてもカラダが…。なんか大きくし過ぎなんじゃなぁい…?!
勿論ボクサーを演じるための役作りかも知れないけれど、太って見える。
ボクサーというより重量挙げの選手っぽい体型であった。
柯宇綸扮する林育男は、最初の方は普通の明るい青年という印象だが、
心の中に抱えるワダカマリが徐々に見えてくると、繊細さや純真さも少しずつ表面に現れてくる。
一見地味なようでいて、内面に幅のある人物像。
この林育男が、
“藤”という不思議なバーに行く。バーのオーナーは、お馴染みのこの人(↓)

この画像だと暗くて分りにくいけれど、カウンターの中の金髪のオジさんは、
そう、台湾偶像劇のヒットメーカー・瞿友寧(チュウ・ヨウニン)監督。
自身の監督作にはよくカメオ出演している出好きな瞿友寧だが
(『イタズラな恋愛白書~我可能不會愛你』の最終回で主人公を乗せるタクシー運転手とか)
今回は張艾嘉センパイの監督作に友情出演。
日本で中華作品を観る人は、映画派とドラマ派にパックリ分かれるため、
瞿友寧監督はフィルメックスの観客には知られていないらしく、
スクリーンに登場しても、会場にこれっぽっちのザワメキも起きなかった。
瞿友寧監督が出演するバー藤のシーンには、本作品に脚本で関わっている蔭山征彦も特別出演。
なんと、バーの壁に貼られているお酒のポスターのモデル役で出演。
このバーで、林育男は妄想モードに入り、
ポスターの男前モデルに変身し、女性にモテモテの自分を思い描くのであった。
他の出演者は、黃育美の母・雪貞に李心潔(アンジェリカ・リー)、
雪貞の元夫、つまり育美の父に陳志朋(ベニー・チェン)、
張永翔のボクシングのコーチに王識賢(ワン・シーシェン)等々。
李心潔が梁洛施の母親役で出演していることは、事前に知っていた。
確かに李心潔の方が年上だけれど、梁洛施の方が大人びた顔立ちだし、母子役は無理があるのでは?
と思っていたら、回想シーンでの若い頃の母親であった。そりゃぁそうよねぇ…。
この母親、子供と一緒のシーンでは、母性の塊りみたいな優しいママにしか見えないのだけれど、
都会への憧れがあったり、單承矩(シャン・チェンジュー)扮する妻子ある作家・沈重と不倫に走った過去が、
台詞などから徐々に見えてくる。
また、李心潔は、母親を演じるにとどまらず、作中使われている絵も手掛けている。
その李心潔扮する女性の元夫を演じているのは、
かつて吳奇隆(ニッキー・ウー)や蘇有朋(アレック・スー)と共に
アイドルユニット小虎隊のメンバーだった陳志朋!懐かし~いっ!…一度も夢中になったことないケド。
それから、張永翔のボクシングのコーチ役で、歌手で俳優の王識賢も出ている。
この前に観た出演作、ドラマ『台北ラブ・ストーリー~罪美麗』では、
オトナの魅力で、娘ほど若い女性をも魅了する素敵な中年男性を演じていたが、
この映画ではぜんぜん雰囲気が違う!多分、よく見ないと、王識賢だとは気付かないと思う。
あと、日本人がもう一人、ひそかに出演。
エンディングにクレジットされている名前を見るまで私も気付かなかったのだが、
作品の最初の方にチラッと出てくる“影の無い男”が、目代雄介(めだい・ゆうすけ)なのだ。
目代雄介は台湾を拠点に活動するモデル兼俳優。
近年では、映画『27℃ 世界一のパン~世界第一麥方』やドラマ『春梅 HARU』にも出演。
最近、ディーン・フジオカが逆輸入で成功している例もあるので、目代サンも頑張ってネ。
フィルメックスQ&Aでの発言で、張艾嘉監督が本作品を“商業映画”と位置付けていないと知り、同意しかねた。
観賞前に想像していたより、ずっとエンターテインメント性の強い作品であった。
ファンタジーが折り込まれていたのは予想外だし(←予想外でも、別にそれを変だとは感じなかった)、
特にラストシーンなどは、できれば避けて欲しかった非常に“商業映画的なラスト”であった。
あんな好都合な再会は白々しいとか、
(日本の相撲取りには、ちゃんこ鍋屋という道があるけれど)
台湾で現役を引退したボクサーは何を生業に家計を支えるのかとか、
画家でそう簡単に食べていけるものではないとか、
超現実的な私は、あのラストに色々考えさせられ、ややシラケてしまった。
あっ、でもぜんぜん悪い作品ではない。
中華電影に飢えている時に観たら、秀作!と絶賛していたかも知れない。
今回はフィルメックスで『酔生夢死~醉‧生夢死』の次に観てしまったため、どうしても比べてしまい、
本作品がやけに薄っぺらいものに感じてしまった。