【2016年/日本/125min.】
瀬山カツは、娘と孫の3人で東京の下町に暮らす、ちょっぴり口の悪い73歳。早くに夫を亡くし、女手ひとつで育てた娘・幸恵は、バツイチで、今や人気ファッション誌の編集長。バンド活動に夢中の孫・翼には甘いおばあちゃんのカツも、幸恵には何かと口うるさい。ある日、恩着せがましく苦労話ばかりをするカツに、幸恵がついにキレる。「お母さんが居なくても困らないから。子供のせいにしないで、自分の好きなように生きて。」さすがにへコみ、家を飛び出したカツは、商店街の片隅の小さな写真館で足をとめる。ウィンドウに飾られているのは、昔大好きだったオードリー・ヘップバーンの写真。吸い寄せられるように中に入ると、店主が、『ローマの休日』のお姫様のようにしてくれると言い、シャッターをきる。写真館を出て、またいつものようにひと悶着を起こしたカツは、たまたまバイクのサイドミラーに映った自分の姿を見て、驚愕。なんと、20歳の頃の姿になっていたのだ…!
数多くのテレビドラマを発表してきた
水田伸生監督最新作。

手掛けた映画作品では、『舞妓Haaaan!!!』(2007年)や『謝罪の王様』(2013年)といった
私が苦手なタイプの作品(もっと言ってしまうと、大嫌いな作品)がここ日本でスマッシュヒット。
そんな苦手意識の高い水田伸生監督ではあるが、
今回の作品は元ネタを鑑賞済みだったため、比べるつもりで観ようとは思っていた。
その“元ネタ”とは、
韓国の黃東赫(ファン・ドンヒョク)監督が手掛けた映画『怪しい彼女』(2012年)。

同じプロットを韓国と中国でそれぞれの言語、それぞれの解釈で映画にしましょう!という中韓共同企画で、

韓国版より約一年遅れで発表されている。
日本版の制作を知った時、日本もそのプロジェクトに最初から絡んでいたのか、
はたまた後から乗ったリメイクなのか?とちょっとした疑問が湧いた。
…が、本作品の宣伝では、そこら辺の事をまったくと言ってよいほど触れていない。
公式サイトに申し訳程度に“原作映画『Miss Granny』”と記している程度。
『怪しい彼女』の邦題で、日本で劇場公開され、DVDも出ている作品なのに、
わざわざ英語のタイトルのみで記すって、余程事実を伏せたいワケ…??!
とにかく、日本は最初からプロジェクトに関わっていたのではなく、
韓国版をベースにしたリメイクとして制作された事は分かった。
そんな日本版『あやしい彼女』は、
サービスデー価格で、監督&キャストの舞台挨拶が付くというから、公開初日に鑑賞。
★ 物語
内容は、当然ながら韓国版や中華版と基本的に同じで、
写真館で20歳の頃の姿に戻ってしまった73歳の毒舌おばあさんが、
摩訶不思議な現象に戸惑いながらも、名前を変え、正体を隠したまま、
得意の歌声を生かし、孫のバンドにヴォーカリストとして参加し、孫の夢を後押しすると同時に、
生活に追われるばかりで自分には無かった青春を改めて謳歌しようとする、
ちょっぴり風変わりな青春やり直しファンタジー。
★ 日中韓の共通点や相違点
日本版は、韓国版や中華版と重なる部分も有れば、小さな相違点も多々有り。
ここには、目立った物をいくつか列挙。

韓国版と中華版のおばあさんは元々はお嬢様だったが、
結婚した夫が急逝したため、若くしてシングルマザーとなり、苦労したという設定だが、
日本版のおばあさんは戦災孤児で子供の頃から苦労が絶えない。

物語には、おばあさんにずーっと片想いし続けるおじいさんが登場。
このおじいさん、韓国版・中華版では、その昔お嬢様だったおばあさんの家に仕えていた元使用人という設定。
日本版では、おじいさんもおばあさんと同じように戦災孤児。
二人に間に主従関係は無く、苦しい時を共に支え合ってきた幼馴染み。

韓国版でも中華版でも、おばあさんの夫は、何らかの歴史的事実の中で死亡している。
韓国版では、おばあさんの夫は、1963年頃、ドイツの炭鉱に出稼ぎにいき死亡。
中華版は、中国というお国柄上、作中近代史をボカし、“ご想像にお任せします”という感じだが、
おばあさんが若かった当時、反右派闘争なり文化大革命なり、死に追い遣られる理由は事欠かない。
対して日本版のおばあさんの夫は、万博の頃亡くなった模様。
“東大卒のヤワなインテリ”だったらしいので、病死ではないだろうか。
中韓と違い、日本の60~70年年代は高度成長期。
出稼ぎ、戦争、革命(…!)などを死因にするには無理が有り過ぎるので、病死は無難でも妥当。

韓国版・中華版に登場するおばあさんのたった一人の子供は男性。
女手一つで必死に育て、大学教授にまでなった自慢の息子。
日本版のおばあさんの子供も一人っ子ではあるが女性で、雑誌の編集者。
苦労して教育を受けさせ、立派な職に就いた子供が自慢であることは同じ。

韓国版・中華版のおばあさんは、息子の一家と同居で、嫁姑関係は険悪。
息子の妻は、口うるさい姑に大変なストレスを感じている。
強がっているおばあさん自身も、息子が自分を老人ホームに入れようと考えていることを知り、気落ちする。
日本版のおばあさんは、3年で結婚生活が破綻し、出戻って来た娘とその息子の3人で、
東京の下町・台東区で同居。
日本も親と同居する夫婦はまだ結構居るし、嫁姑問題も定番なので、そのままの設定も使えたとは思うけれど、
出戻り娘との同居の方が、もはやより一般的?
あと、日本版のおばあさんは親を知らずに育った分、娘との距離の取り方がやや下手で、過干渉気味。
娘はそんなおばあさんを負担に感じ、「子供のせいにしないで、自分の好きなように生きて」と言い放つ。
日本版では、そういう親子関係に重点を置いて描きたかったのかも知れない。

韓国版でいきなり若返ったおばあさんは、かつて憧れていたオードリー・ヘップバーンの髪型を真似、
名前もオードリー・ヘップバーンを彷彿させる“オ・ドゥリ”に改名。
中華版のおばあさんは、香港女優・尤敏(ユーミン)の髪型を真似、
名前は麗君(テレサ・テン)と同じ“孟麗君(テレサ・モン)”に。
日本版のおばあさんのアイドルは韓国版と同じオードリー・ヘップバーンで、“大鳥節子”を名乗るようになる。
“大鳥”は分かるけれど、じゃぁ“節子”は?原節子?そこら辺の説明は無かった。

韓国版・中華版で、おばあさんの必須アイテムとして頻繁に登場する
日傘は、日本版では使われていない。

韓国版・中華版では、おばあさんがおじいさんの家に持っていく手土産は
桃だが、日本版では
林檎。


日本の桃も美味しいのにねぇ~。撮影の時期が桃のシーズンじゃなかったのかしら。
★ キャスト その①:主人公
二人一役の主人公に扮するのは、20歳に戻り、大島節子と名乗る瀬山カツに多部未華子、
変身前のありのままの73歳、瀬山カツに倍賞美津子。
韓国版では、沈恩敬(シム・ウンギョン)+羅文姬(ナ・ムニ)、
華版では、楊子姍(ヤン・ズーシャン)+歸亞蕾(グァ・アーレイ)がそれぞれ演じる。
多部ちゃん、キュート。日中韓の主演女優の中で一番可愛い。
ただ、歌唱力では、中華版の楊子姍が一番。多部ちゃんは、言われているほどでも…。
作品前半、初めて歌う老人歌唱コンテストのシーンでも、
金井克子扮するライバル老女・相原みどりの方が、明らかに上手かった。
金井克子健在!さすがは“腐っても金井克子”!もう70歳で、あれだけのスタイルを保っているのもスゴイ。
欲を言うならば、あのシーンでは、やはり<他人の関係>を歌って欲しかった。パッパパラッパ♪
倍賞美津子は出演を知り、役のスタイリングを初めて見た時、
“くるくるパーマがまるで韓国の田舎のおばあさん”、“没落しても日本の令嬢でこれはない”と失望。
しかし、実際に映画を観たら、日本版では元お嬢様という設定ではなかったので、
「だったりこれもアリか…」と少しは納得。
でもねぇ、やはり韓国版を意識し過ぎた感じで、あまり日本のおばあさんぽくないかも。
商店街を踊りながら散策する最初の登場シーンから、演技も作り込み過ぎていて、見ていて疲れる…。
普段の倍賞美津子は好きだけれど、今回は水田伸生監督の作風に合わせたのか、私好みではなかった。
おばあさん役は、そこはかとなく元令嬢の気品が漂う中華版の歸亞蕾が私のベスト。
あと、おばあさん憧れのアイドルも、韓国版と同じオードリー・ヘップバーンにせず、
中華版のように、日本独自のアイドルを出してきても良かったように思う。
★ キャスト その②:おばあさんの子供
カツの娘・瀬山幸恵を演じるのは小林聡美。
韓国版・中華版は娘ではなく息子で、それぞれ成東日(ソン・ドンイル)、趙立新(チャオ・リーシン)が演じる。
小林聡美は、本作品の中で、唯一演技も存在もナチュラルな出演者で、最も良かった。
他の人は作り込み過ぎ。小林聡美が出てくるとホッとした。
★ キャスト その③:おばあさんの孫
カツの孫で幸恵の息子・瀬山翼に扮するのは北村匠海。
韓国版では振永(ジニョン)、中華版では鹿(ルー・ハン/ルハン)が演じる。
韓国版の振永は、典型的なK-Popアイドル顔で、まったく私の好みに合わない。
中華版の鹿も別に好みではないけれど、可愛らしいお顔からキラキラのオーラを放ち、
さすがはトップアイドルと納得させられた。中華版は、鹿のアイドル映画としても、立派に成立しているのだ。
日本版の北村匠海は、さほど期待せずに見たら、
“バンド活動に夢中なティーン”の雰囲気がよく出ていて、とても良かった。
★ キャスト その④:音楽プロデューサー
節子(カツ)をスカウトする音楽プロデューサー小林拓人を演じるのは要潤。
韓国版では李陣郁(イ・ジヌク)、中華版では陳柏霖(チェン・ボーリン)が演じている役。
この役は、日中韓で私のベストは、迷うことなく中華版の陳柏霖。…私は元々陳柏霖贔屓なので。
この時の陳柏霖は、髪型はビミョーなのだけれど(苦笑)、それでもカッコよかった。
陳柏霖を贔屓し過ぎて、韓国版が霞んだが、本当は李陣郁も充分素敵。
日本版の要潤も悪くない。中韓より、コメディ色を打ち出しているようにも感じる。
役名が小林拓人なのは、本作品で音楽を監修している小林武史を少し意識して命名?
★ キャスト その⑤:おじいさん
若い頃から一途にカツを慕い続けるおじいさん中田次郎に志賀廣太郎。
この役は、韓国版では朴仁煥(パク・イナン)、中華版では王順(ワン・ダーシュン)。
モデルもこなす個性派&肉体派の王順がおじいさんを演じる中華版だけやや異色のキャスティングで、
韓国版と日本版は、正統派の“冴えないジィ様”を起用。
志賀廣太郎、イイ味出してます!一般的に俳優って、売れると垢抜けちゃうものだけれど、
ずっと頑なにスカスカのバーコード・ヘアを死守する志賀廣太郎には、畏敬の念さえ湧いてくる。
こういう“普通”が演じられる俳優は、絶対に必要。あの寒々しい頭頂部を見ているだけでも、郷愁に駆られる。
バカボンのパパみたいなチジミのシャツ&ステテコも、まるで皮膚のように馴染んでおりました。
★ キャスト その⑥:オマケ
韓国版では、最後におじいさんまで不思議な写真館に行き、20歳に若返る。
そして、その20歳のおじいさん役で、金秀賢(キム・スヒョン)がカメオ出演するというサービスシーンが有る。
中華版にはこのサプライズが無い。
中華版は、孫に扮する鹿が、作中唯一無二のアイドル位置だから、他の若手は不要なのかも知れない。
日本版にはサプライズ有る?無し?どうなのだろうと思ったら、ハイ、有りました。
日本版で若返ったおじいさんとして登場するのは、野村周平であった。
野村周平は、中国人のクオーターで中国語も喋るというし、
こういう国を跨いだ企画モノへの出演を足掛かりに、アジア進出頑張るかもね。
ディーン・フジオカ同様、所属事務所アミューズが、中国語要員として、中華圏進出の駒にしそう。
水田伸生監督作品は、やはりあまり得意ではないかも。
まったくタイプの異なる作品を並べて比較するのもナンだけれど、
最近観た邦画だったら、『リップヴァンウィンクルの花嫁』の方が私の波長にずっと合う。
これは、私個人の好みの問題だから、仕方がない。
『あやしい彼女』の方は、俳優の演技が、文字通り“芝居掛かっている”し、
演出にも、いかにも“狙った”と感じられるアザトさが見えてならない。
こういうのは、テレビで観るなら良くても、映画館のスクリーンで観るなら「違う…」と感じてしまう。
但し、本作品は韓国版・中華版と比較しながら観るという楽しみが有ったので、
まったく飽きることなく、あっと言う間の2時間であった。
そもそもこの手の娯楽作品が好みではないので、日中韓、どれも「大好き!」とは言えないけれど、
強いて選ぶなら、私のベストは
中華版。

中華版だけ、演出にさり気ない余白が残されているから。
陳正道監督は、娯楽作を撮らせても、やはり上手いと感じる。
韓国版と日本版は、台詞など言葉による説明が過多で、全体的にクドイ。
皆さまのお気に召したのは、日中韓のどれですか?
ちなみに、初日舞台挨拶に登壇したのは、水田伸生監督、多部未華子、倍賞美津子、小林聡美、
要潤、北村匠海、志賀廣太郎の計7名で、司会進行役は日テレの藤井恒久アナであった。
この中では、小林聡美だけ、以前伊勢丹の文房具売り場で目撃したことがある。あとは多分お初。
童顔で若く見える多部ちゃんだけれど、黒い服を着てベージュのハイヒールを履いていると、
年相応の27歳という雰囲気。
アゴが小さ過ぎて、本来4本有るべき下の歯の犬歯と犬歯の間に、3本しか歯が無いのだと。
機材が作動しなかったり、話のまとまりが悪かったりと、全体的にはグダグダの舞台挨拶だったけれど(笑)、
「41歳で父と死別し、機会はあったのに、私のせいでずっと再婚しなかった母に対し、
女性として幸せだっただろうかと、後ろめたさを感じる」という水田伸生監督の話には、ジーンと来た…。
本当にSNSの宣伝効果を信じているのなら、写真はOKにするべきでは?
今の時代、こういうイベントで撮影を禁じているのなんて、もはや日本くらい。
なんでも世界に追随すれば良いというものではないが、
この場合は禁止にするメリットよりデメリットの方が大きく、今どき馬鹿げていると感じる。