【2016年/日本/112min.】
白岩義男は、家庭をかえりみず、妻に見限られ、故郷の函館に帰ってきた中年男。今の生活の中心は、失業保険をもらいながら、函館職業技術訓練校に通うこと。夜は、缶ビールを2本買って帰宅し、質素なアパートで一人チビチビやるのが日課。たまに妹の夫が様子を見にやって来て、実家に顔を出すよう催促してくるが、いつも適当な言い訳をし、親と顔を合わすのを避けている。ある日、職業訓練校の同級生・代島からの酒の誘いに珍しく応じ、代島の馴染みの店へ。なんでも代島は、この店の経営者が新たにオープンする店を任されるという。そこで、一緒に店をやっていくパートナーとして、白岩に白羽の矢が立ったのだ。「職業訓練校にロクな奴いないし。マトモなの白岩さんくらい。俺、元営業で、見る目間違いないから」白岩は自分も最低な人間だと断るが、代島も引かない。そんな話をしていると、一人のホステスが、顔馴染みの代島を見付け、こちらのテーブルへ。“聡(さとし)”という珍しい名前のこの女は、言動も変わっている。そう、この聡は、ちょっと前に、白岩が街中で見掛けたおかしな女であった。後日、職業訓練校で顔を合わせた代島から「聡が白岩さんに会いたがっている。彼女、昼間は遊園地で働いているから。俺、伝えましたよ」と言伝された白岩は、早速その遊園地に聡を訪ね…

原作は、
佐藤泰志の同名短編小説。

短編集<黄金の服>に収録され、小学館文庫から出ているが、私は未読。
北海道函館出身の作家・佐藤泰志(1949-1990)の小説は、
これまでにも、熊切和嘉監督が『海炭市叙景』(2010年)、
呉美保監督が『そこのみにて光輝く』(2013年)と、近年映画化され、そこそこ話題になっているし、
作家・佐藤泰志自身への関心も高まったように感じる。
今回新たに発表された『オーバー・フェンス』は、
それら前2作に続く“函館3部作”の最終章と位置付けられているようだ。
主人公は、家庭をかえりみず、妻に見限られ、東京から故郷の函館へ戻り、職業訓練校に通う男・白岩。
実家の親にも会うのを避け、アパートと職業訓練校を往復するだけの単調な日々を過ごしていた白岩が、
訓練校の同級生・代島に誘われて行ったキャバクラで、“聡(さとし)”という名の変わったホステスと出逢い、
どこか危うさのある彼女に惹かれていく。
映画は、そんな二人の一筋縄ではいかない恋を中心に描きながら、
社会からはみ出してしまった人々の不器用な生き様を描く群像劇である。
白岩と聡の恋が中心なので“ラヴ・ストーリー”とも取れるが、もっと広く“人間ドラマ”という印象。
原作を読んでいないので何とも言えないけれど、
これまでに観た2本の映画、『海炭市叙景』や『そこのみにて光輝く』より、
原作者・佐藤泰志の影がより強く感じられる物語。
そんな訳で、まずは簡単に佐藤泰志について。
1949年、北海道函館生まれ。
1970年、國學院大學文学部に入学し上京、1974年に卒業し、文筆業を続行。
間も無くして、自律神経失調症に悩まされ始め、小説家としての夢を諦めかけて、
1981年、函館に戻り、職業訓練校に入学。
1982年、<きみの鳥はうたえる>が芥川賞候補となり、職業訓練校を退学し、
再び上京し、作家生活に入る。
その後も芥川賞候補に4度、他の文学賞の候補にも挙がるが、
1990年、東京国分寺の自宅近くで自殺。享年41歳。
映画『オーバー・フェンス』を観ると、
東京での生活に疲れ、故郷・函館に戻り、職業訓練校に通う主人公・白岩に、
どうしても原作者・佐藤泰志を重ねてしまう。
ノンフィクションではないにしても、当時の佐藤泰志の心情や経験が白岩に投影されていたり、
佐藤泰志自身が職業訓練校で出会った人々が、物語の登場人物に反映されていても、
別におかしくはないと思う。
白岩が交流する人々、ホステスの聡や職業訓練校の同級生たちは、
世間から見たら、皆“負け組”に入れられてしまうような人々。
原作者・佐藤泰志が故郷で職業訓練校に通っていた80年代初頭と言えば、
“バブル前夜”みたいな時期だと思うが、そんなイケイケな頃の負け組とは、どういう存在だったのだろうか。
この映画を観て、「どうせ何十年も前の話」と古さや懐かしさを感じるどころか、
現在進行形のリアリティのある話に感じられるのは、
当時より、むしろ、とっくの昔にバブルが弾けちゃった今の方が、
映画の中の状況が珍しい事ではなくなっているからかも知れない。
出演は、東京での生活に見切りをつけ、故郷で職業訓練校に通う白岩義男にオダギリジョー、
白岩が出会う、ちょっと変わったホステス・田村聡に蒼井優、
職業訓練校の同級生で、白岩に聡を紹介する代島和之に松田翔太、
職業訓練校のその他の同級生は、森由人に満島真之介、
元タクシー運転手の原浩一郎に北村有起哉、最高齢の勝間田憲一に鈴木常吉などなど。
白岩は、クセ者揃いの主要登場人物の中で、一見、最も“フツーな真人間”。
私が、映画を観ながら、自然と自分を重ねたのは、この白岩。(白岩が自分に似ていると思ったのではなく、
他の人のアクが強過ぎて、自分とはカスる部分が見付けられず、結果的に“白岩≒私”って感じ。)
白岩に乗り移った私は、一緒に居るホステス・聡の突飛な言動の数々に、押されっ放しになってしまった。
でも、寡黙な白岩と奔放な聡は、両極端な異なる個性に見えて、根本で似ているから、惹かれ合うのでしょう。
白岩で特に印象に残ったシーンは、普段冷静な彼が、呑みに行った店で、若い子に、
「今の内にせいぜい笑っておきなよ。その内笑えなくなるから」と言った時。ドキッとさせられた。
聡は、
鳥好きなのだろうか。

羽を持ち、どこにでも飛んで行ける鳥を、自由の象徴のように感じているから?
好きか嫌いかは不明でも、とにかく興味は有るらしく、随分観察をしていて、
ダチョウの求愛、白鳥の挨拶、白頭ワシの格闘といった鳥の行為を真似るのが得意。
それは、江戸家小猫のような声帯模写ではなく、個性的なコンテンポラリーダンスのようなもの。
私、元々、蒼井優には、“踊る人”のイメージがなんとなく有ったのだけれど、
『花とアリス』(2004年)のバレエや『フラガール』(2006年)のフラダンスの記憶がフッ飛んでしまうくらい、
『オーバー・フェンス』の鳥ダンスにインパクトが有った。
あと、台所で身体を拭いているシーンも、痛々しさが伝わって来て、記憶の残る。
松田翔太扮する代島和之には、職業訓練校の他の生徒には無いサヴァイヴァル能力が有るように感じる。
代島は、いわゆる“チンピラ上がり”ではないかと想像するが、そういう世界では顔が利き、
知人が新たにオープンするキャバクラを任されることになっており、
白岩にもパートナーにならないかと、仕事の話を持ち掛けてくる。
学は無くても、現実の世界を身をもって知っていて、どんな状況でも生きていけそうな強かさがある。
世渡り上手で、金儲けも得意そうなのに、
なぜ職業訓練校で好きでもない大工の仕事を学んでいるのかは、疑問。
小脇に抱えたセカンドバッグが、松田翔太にシックリ似合ってしまうのは、やや意外であった。
代島と正反対で、世渡り下手なのが、森由人。人と接触するのが苦手な、引き籠りタイプ。
自分の感情を表に出せず、内に溜め込んでしまうという点では、主人公の白岩に近い。
台詞が少なく、帽子を目深に被り、いつも下を向いているので、
かなり後になるまで、それが満島真之介だとは気付かなかった…!
満島真之介は、クリクリした目の可愛らしい顔立ちや、
沖縄出身で、デビュー前に保育士をしていたというプロフィールから、
ついつい勝手に陽気なイイ人をイメージしてしまいがち。
本作品で演じている森は、そんな満島真之介像と掛け離れているから、余計に気付かなかった。
私個人的には、北村有起哉も注目。
北村有起哉と言えば、私にとっては、
大陸の若手男優・井柏然(ジン・ボーラン)。

…と言うのも、(誰からも共感されないが…)映画『モンスター・ハント』(2015年)を鑑賞した際、
主演男優・井柏然のある角度が一度“ヤング版北村有起哉”に見えてしまったら、
その後もう彼が北村有起哉にしか見えなくなってしまったので。
今回、『オーバー・フェンス』で北村有起哉を見たら、自動的に井柏然を重ねてしまうかと思いきや、
北村有起哉は北村有起哉でしかなかった。
ちなみに、彼の妻を演じているのは、安藤玉恵。安藤玉恵にしては普通に幸せそうな主婦を演じている。
鈴木常吉扮する勝間田憲一は、最後に意外にも孫がいることが判明。
職業訓練校の同級生たちが口にする「孤独死するタイプかと思った」、
「天涯孤独系じゃなかったんだ」という台詞、まるで私に言われているかのように感じ、苦笑い。![]()

映画の最後は、
ソフトボール大会。

「試合見に来ない?聡のためにホームラン打つから」と聡に約束した白岩は、
『オーバー・フェンス』のタイトル通り、フェンス超えの特大ホームランを打って、THE END。
自分を雁字搦めにしている見えないフェンスを、自らの手で打ち破ったと同時に、
聡への激励にもなるあのホームランは、ひねくれた目で見ると、物語を綺麗にまとめ過ぎだけれど、
未来への光と、スカッと爽快な余韻を残し、人生なんとかなるヨと思わせてくれる。
ただ、実際の佐藤泰志は、職業訓練校を退学し、再び作家生活に戻ったものの、
その数年後に、自ら命を絶ってしまっているわけだ。
一度フェンス超えのホームランを打っても、また新たなフェンスに阻まれてしまったのだろうか。
それとも、そもそも自分ではフェンス超えのホームランなど一度も打ったことは無く、
それが決して叶わぬ希望だと悟ってしまったのだろうか。
そんな事を考え、この映画の“その後”を想像すると、ちょっと切ない。
実は、本作品を観る前、同日に公開された李相日監督の『怒り』とゴッチャになってしまっていた。
監督もキャストも、私の中でゴチャゴチャにシャッフルされてしまい、
どちらの作品がどの監督の物で、どの俳優がどちらの作品に出ているんでしたっけ?!と混乱。
でも、両方を観たら、明らかに『怒り』は李相日監督らしく、
『オーバー・フェンス』は山下敦弘監督らしい作品で、それぞれの個性が出た、まったく違う2本であると感じる。
質が違うから比較はできない。どちらも、それぞれに気に入ったし、実際両方ともヒットしている様子。
(『オーバー・フェンス』の方が、公開の規模はずっと小さいけれど。)
山下敦弘監督はこの後、直に、もう一本の映画『ぼくのおじさん』の公開を控えている。
『オーバー・フェンス』に出演している松田翔太の兄・松田龍平の主演作。
そちらは、どうでしょう。楽しみ。