【2016年/中国・インド/120min.】
唐朝・貞觀年間の中国大陸。仏教を真に追及するには原典が不可欠。…そう考えた若き僧侶・玄奘は、本物の経典を得るため、遠い天竺を目指す決意を固め、627年8月長安の都を発とうとするも、いとも簡単に捕らえられてしまう。度重なる朝廷への申請も聞き入れてもらえず、結局、出国の許可が得られぬまま、国禁を犯して旅立つことを余儀なくされた玄奘は、人々の協力もあり、瓜州、涼州と少しずつ前進していくが、それはこの先続く長い長い苦難の道のりのほんの序章でしかなかった…。
第29回東京国際映画祭で特別招待作品として上映された
霍建起(フォ・ジェンチィ)監督作品を鑑賞。

上映終了後に行われた霍建起監督によるQ&Aについては、こちらから。
霍建起監督の代表作というと、真っ先に挙げられるのが『山の郵便配達』(1998年)。
しかし、私にはこの映画の良さがこれっぽっちも分からず、以降、霍建起監督作品には苦手意識が付きまとう。
香川照之も出演する『故郷の香り』(2003年)や、日本との合作『台北に舞う雪』(2009年)といった作品も手掛け、
我々の国との所縁も深い監督ではある。
この新作『大唐玄奘』は、何がナンでも観たかった作品ではなかったのだけれど、
東京・中国映画週間で上映の『ロクさん』のチケット取りに失敗したため、
同日に東京国際映画祭の方で上映されるこちらのチケットを妥協で押さえた次第。
中国国内では、疑問の声も上がっているようだが、
これ、一応、来年2月に行われる第89回米アカデミー賞・外国語映画賞部門の中国代表に選ばれた作品。

『妻への家路』(2014年)といった作品で知られる鄒靜之(ゾウ・ジンジー)。
また、芸術顧問には、香港の王家衛(ウォン・カーウァイ)が当たるなど、
私にとっての食い付き所が無いわけでもない。
本作品は、ズバリ、玄奘の半生記!
玄奘(602-664)は、日本でも<西遊記>に登場する三蔵法師として広く知られるが、
物語の中の架空の人物などではなく、唐代にちゃんと実在した僧侶。
“玄奘”は戒名であり、俗名は“陳褘(ちん・い)”。
なんだ“陳(ちん)サン”だったの?!なんて知ると、急に普通の中国人という現実味が湧いてくる。
<西遊記>の影響で、お猿さんだの豚だの河童だのを引き連れて
旅しているイメージばかり強い玄奘だけれど、実際のところ、どういう人物だったのかは、あまり知られていない。
映画祭のQ&Aを聞くと、霍建起監督がこの映画を撮った理由は、まさにそこだったという。
曰く、「<西遊記>の小説で有名な人物ですが、
実際の玄奘の業績や彼の本当の姿は紹介される機会がなかなか無いので、
ずっと玄奘についての映画を撮りたいと思っていました」と。
本作品が取り上げている玄奘が成し遂げた最も偉大な功績は、
陸路で天竺(インド)へ渡り、657部の経典を唐の国へ持ち帰ったこと。
それまではいい加減な経典が流布していたため、玄奘が天竺から経典を持ち帰り、翻訳したことで、
中国、ひいては日本を含むアジア全土に、ホンモノの仏教経典が広まったという。
交通が整備されていない時代に、全行程ほぼ徒歩で(…!)インド旅行なんて、
大変だったことは容易に想像がつく。
しかし、本作品を観ることで、その大変さが、想像をさらにずっと超えた“大変”であったことを知る。
玄奘が長安に戻って来たのは645年で、出発からなんと20年近い歳月が過ぎていたのだとー。
あの時代は、そもそも出国するだけでも一苦労。
現代だと、密入国者というのが居るけれど、玄奘は“密出国”を余儀なくされる。
正式な出国の許可証を持っていないので、出国しようとする度に見付かって捕らえられてしまうわけ。
最終的には“密出国”に成功するのだが、そのためだけに、もう随分の月日を費やしているし、
国禁を犯しての出国なので、命懸け。
その後も苦難の連続。取り分け厳しいのが自然との闘い。
莫賀延磧の大砂漠なんて、生きて出られるのが奇跡。
果てしなく続く灼熱の砂漠を一人で行脚するのは精神的、肉体的にさぞキツかったであろう。
なけなしのお水もこぼしちゃうしね…。
ただ、大層キツそうでも、新疆・吐魯番(トルファン)、甘肅・敦煌、哈薩克斯坦(カザフスタン)、インド等々、
当時、玄奘が実際に辿った場所で撮影された
映像は圧巻。

『地球絶景紀行』みたいな番組と、玄奘プロモーションビデオを合わせたような映像が延々と続く。
そういうのが好きな人には、タマラないものが有るだろうし、
まるで自分が玄奘になって旅しているかのような気分に浸る人も居るかも知れない。
私の場合、ひたすら続く『地球絶景紀行』+玄奘プロモーションビデオに、何度が
寝落ちの危機が…。

玄奘は、道中、人に会うことがほとんど無く、当然台詞も無いので、どうしても物語が単調になってしまうのヨ。
玄奘が天竺に到着したと同時に、
「もしかして帰路にもう一度あの長い『地球絶景紀行』が繰り返されるのか…?」と軽い恐怖心が湧いたけれど、
実際には、帰路はかなり端折られていた。ホッ…!
主人公・玄奘を演じているのは黃曉明(ホァン・シャオミン)。
身体を鍛えた肉体派の印象がある黃曉明が、苦行に耐える僧侶?と思ったけれど、
霍建起監督の話では、玄奘は立派な体格をしていたと史書に書き残されているのだと。
そういう点でも、黃曉明は相応しいキャスティングらしい。
日本だと、ドラマ『西遊記』で夏目雅子が演じ話題になって以降、宮沢りえ、牧瀬里穂、深津絵里と
三蔵法師は女優が演じるのがお約束になっているため、“玄奘=マッチョ”のイメージは無い。
でもね、この映画を観たら、確かに頑強なボディの持ち主でないと、
あの過酷な行脚に耐え、生きて故郷に帰るのは不可能だったと感じる。
パリパリに乾燥し、皮がめくれ上がった黃曉明の唇も、きっとメイクではなく、本当にああなっちゃったのよねぇ?
他の出演者もちょっとだけ見ておくと、
職務上、玄奘を捕らえながらも、内心彼に理解を示す涼州總督・李大亮に徐崢(シュー・ジェン)、
龜茲(きじ)國の木叉法師に湯鎮業(ケン・トン)、
玄奘に付いて来る西域の若い僧侶・石磐陀に蒲巴甲(プー・バージャ)、
玄奘を迎い入れ歓待する高昌國の王・麴文泰に連凱(アンドリュー・リン)等々。
この映画はあくまでも玄奘・黃曉明の物語で、他の出演者は基本的にカメオ出演程度にしか登場しない。
徐崢が出ていることは事前に知っていたけれど、髪の毛が生えていると、誰だか分からなーーーい…!
涼州の總督に扮しているのが徐崢だと気付くのに、結構な時間を要した。
近年、大陸ドラマですっかりお馴染みの香港俳優・湯鎮業は、坊主頭にするとKen Watanabeっぽい。
そして、西域の若い僧侶・石磐陀に扮する蒲巴甲。
オーディション番組『加油!好男兒(頑張れイイ男)』出身の藏(チベット)族の俳優・蒲巴甲を
私が初めて見たのは、彼の銀幕デビュー作『ヒマラヤ王子』(2006年)。
映画祭での上映に合わせ来日した生身の蒲巴甲も、新宿の映画館へ見に行った。
あれから十年、ヒマラヤ王子は中国大陸の西の果てで僧侶になっておられた。
濃いめの顔立ちだし、やはり“西域担当”で重宝されているようです。![]()

最近、似た系統の顔立ちで、李治廷(アーリフ・リー)が台頭してきているから、
大陸作品の“西域枠”を巡り、競争が激化していくかもね。
高昌國でのシーンは退屈ではなく、なかなか面白かった。
玄奘を迎い入れ、丁寧にもてなしていた高昌國王・麴文泰だが、次第に独占欲が湧き、
「アタシ?天竺?どっちなの?!アタシを置いて、ここを去るなら殺すわヨ!」みたいな脅迫までして
玄奘を自分の元に留めておこうとする。
それに対し玄奘は慌てず騒がず、ハンガーストライキを起こし、結局麴文泰が折れる。
この麴文泰と限らず、玄奘に会った人々は、大抵最後には彼に折れたり、敬服する。
1300年以上もの後の世に名前を残している人物だから、余程の“人たらし”だったのかも知れません。
他にも、趙文瑄(ウィンストン・チャオ)が唐の太宗・李世民の役で出ているという情報が有ったのだが、
作中見付けられず。出ていました…?もしかして、出演シーンは
カットされたのだろうか。

余談になるが、この映画が上映された頃…
虎ノ門にある中国文化センターでは、“映画の旅展”という展覧会が催され、
東京・中国映画週間で上映された映画を中心にそれぞれの作品のロケ地紹介や、
衣装、小道具の展示が行われた。
『大唐玄奘』からは、(↓)こんな展示品が。
こういう唐代版バックパックを何て呼んで良いのか分からなかったが、
“背簍(背負子/背負い籠)”と説明されていた。
夜道も歩けるよう、蝋燭をのせる燭台もブラ下がっており、機能的。
これ、撮影で黃曉明が本当に使ったものとのこと。
バックパックというより“ポータブル箪笥”なので、竹製でもそれなりに重いと思う。
これ背負ってずっと歩くのはキツそう…。
玄奘は、『西遊記』の影響で、白い馬に優雅に乗っているイメージがどうしても強いのだが、
我が国の重要文化財<玄奘三蔵像>に描かれている玄奘も(画像左)、
黃曉明とお揃いの燭台&日傘付き多機能バックパックを背負っていたのですねぇ。
今まで、あまり気にして見ていなかった。
他にも、(↓)このような展示。
劇中、戒日王(ハルシャヴァルダナ王)が身に着けている
王冠やその他諸々の装飾品。

触れることができないので、実際の重量までは分からないけれど、とても精密に作られている。
好きなタイプの作品とは言い難いが、これを観ることで、存在に現実味の無かった玄奘が、
我々日本人もよく知る唐の時代に生きた人物であると実感できたのが、大きな収穫。
作中見付けられなかったものの、あの太宗・李世民の時代の実話なのだ。
映画の中には、他にも、本来、長孫無忌や辯機が登場していたみたい(私が見付けられなかっただけかも)。
本作品を観た頃、ちょうどチャンネル銀河で放送されていた范冰冰(ファン・ビンビン)主演ドラマ
『武則天 The Empress~武媚娘傳奇』と、時代や登場人物が重なる。
陳凱歌(チェン・カイコー)監督が現在撮影中の日中合作映画『空海 KU-KAI~妖貓傳』も、
これよりもうちょっと後の唐の物語だし、唐を舞台にした様々な作品を観ることで、
パズルを少しずつ嵌めていくように、あの時代が私の頭の中で形作られていくのが楽しい。
あとねぇ、想像していたより、ずっと
インド映画であった。

これ、中国のメディアを統括する廣電總局と在中インド大使館が催した中印電影合作交流新聞通氣會が
発表した中印合作映画3本の内の一本で、中印両国の文化交流促進の意味もある作品。
(↑)こちら、今年5月に訪中したインドのプラナブ・ムカルジー大統領に謁見した『大唐玄奘』チーム、
主演俳優・黃曉明、監督・霍建起、そして中國電影集團トップの喇培康。
映画産業に勢いがある中国とインドが手を組むなんて、パワー凄そう。
ちなみに、もう二本の中印合作作品は、
成龍(ジャッキー・チェン)、李治廷(アーリフ・リー)らが出演する『功夫瑜伽~Kung Fu Yoga』と、
王寶強(ワン・バオチアン)が主演し初監督もする『大鬧天竺~Buddies in India 』。
分かり易いまでに中国とインドの融合が表現されたカンフーとヨガのコンビネーション!
馬鹿っぽくて、観てみたいかも…。
『大唐玄奘』は、『功夫瑜伽』と比べたら、広く一般にウケる作品だとは思わない。
でも、Q&Aの時の霍建起監督の説明だと、日本公開に向け、話が進められているみたい。
興味のある方は、もうちょっと待てば、日本の映画館で観られるかも知れませんね。
