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映画『クレイジー・ナイン』

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【2015年/香港/92min.】
阿平は、これといた生き甲斐も無く、ただただ日々を生きているだけの32歳。
取り敢えず、親と同居する貧民窟のようなアパートからは脱出したものの、生活していく金が無い。
夜の街をブラついていたところ、通りがかりのコンビニExceedが折しもアルバイト募集中。
阿平は早速店長に働きたいと申し出て、あっけなく採用決定。日払いの約束で、そのまま働き始めることに。

深夜のコンビニで、早速レジ打ちや接客の指導を受ける阿平だが、店長からは、遅いだ違うだとお説教。
叱られても何処吹く風と動じることなく、
それどころか、先輩の女性従業員・美圖と共に、売り物の商品にイタズラをして暇つぶし。
そうこうしている内に、一人の老人が入店。
老人が買った商品は、悪い事に、阿平が食べかけ、棚に戻したサンドイッチ。
それに気付いた老人は返品を求めるが、店長は返品に応じるどころか、老人に責任のなすり付け。
店内に不穏な空気が流れ、おとなしかった老人もさすがにキレ…。



2016年、第11回大阪アジアン映画祭にて、『荒らし』のタイトルで紹介された香港映画『老笠~Robbery』が、
『クレイジー・ナイン』と改名し、未体験ゾーンの映画たち2017に登場。
東京で観られる日が来て、嬉しい。


監督したのは、火火(ファイヤー・リー)。名前からして、熱いですね(笑)。
1976年生まれ、香港演藝學院戲劇學院表演系を卒業後、俳優としてキャリアをスタートさせ、
その後、脚本、作詞と仕事の幅を広げ、2009年、『愛得起~Give & Love』で長編映画監督デビュー。
ここ日本では、映画監督としてほとんど知られていない火火、
実際、発表した監督作品は現時点で4本と、まだ決して多くはない。
しかし、作詞家としては、林慧琳(ケリー・チャン)、麗欣(ステフィー・タン)、周國賢(エンディ・チョウ)、
張敬軒(ヒンズ・チャン)、張智霖(チョン・チーラム)等々、多くの人気シンガーに歌詞を提供。

どうしても気になってしまう変わった名前“火火”は、誰もが想像するように、本名ではない。
本名は、案外普通で李家榮(リー・カーウィン)。
脚本の執筆をするにあたり、本名に有る“榮”の字の上に並んだ二つの“火”を取った“火火”を
ペンネームとして使い始めたらしい。
(日本風の略字“栄”だったら、ペンネームが“ツ”になっていたかも…?)


本作品は、そんな火火の監督作品第3弾。
『老笠』という原題を見て、私は反射的に“老いた笠智衆(りゅう・ちしゅう)”を連想してしまったけれど、
当然ながら笠智衆はまったく関係なく、実際には、“強盗”、“略奪”を意味する広東語らしい。
英語のタイトル『Robbery』が、まんま『老笠』というわけ。

物語は、金も無ければ気力も無く、ただ生きているだけの32歳、“阿平”こと劉建平が、
通りすがりのコンビニで求人広告を見付け、そのまま飛び込みでバイトを始めたところ、
やって来る客が次から次へと起こす問題がエスカレートしていき、
ついには皆人質として店内に閉じ込められ、
「ここから出られるのは一人だけ!」と言い放つキレた警官・阿仁に一人、また一人と殺され、
恐怖に凍り付くコンビニの一夜をブラックな笑いを交えて描くオフビートなバイオレンス映画

本作品は、コンビニエンスストア・Exceedという限られた空間での一夜を描く
いわゆる“ワン・シチュエーションもの”である。
コンビニを舞台にしたワン・シチュエーションものだと、
古くは『クラークス』(1994年)が確かそのような作品だったはずだし、
同じ中華圏の作品だと、『ワンナイト・イン・スーパーマーケット~夜・店』(2009年)を思い出す。

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楊慶(ヤン・チン)監督の長編デビュー作『ワンナイト・イン・スーパーマーケット~夜・店』は、
恐喝紛いに返金を求めてやって来たクレイマー対応に手こずっていたところ、
本物の強盗がやって来て、混乱するコンビニの一夜を描いたドタバタ喜劇。

この『クレイジー・ナイン』もだいたい同じような系統の作品と想像していたのだけれど、
実際には、“深夜にやって来る珍客たちの群像劇”という点と、“犯罪絡み”という点くらいが共通で、
いやいや、もっとずっと血生臭い作品であった。

閉ざされた空間に集まった人々が血みどろの殺し合いをする点では、舞台はコンビニではないが…

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クエンティン・タランティーノ監督作品『ヘイトフル・エイト』(2015年)が遠からず。
もしかして、本作品の邦題を『クレイジー・ナイン』にしたのも、『ヘイトフル・エイト』を意識したがゆえ…?


『クレイジー・ナイン』で、殺害を冒す中心人物は、阿仁という警官なのだけれど、
彼がなぜ他人をどんどん殺していくのかは、分からない。
仕事や人生への絶望で、自暴自棄になっているのか?はたまた、ただのサイコパス?
どちらとも取れるが、理由付けはどうでも良いようにも感じ、ただひたすらに物語を追っていたら、
終盤まで来て、オチが待っていた。
これ、“霊界モノ(?)”だったのですねー。

さらに言うと、霊界の騒動に巻き込まれたことで、
主人公の阿平は、32歳にしてようやく自分がいかにクズであるかに気付く。
よく“死ぬ気になれば何でも出来る”とか“死にかけて、どうせ拾った命”などと言うけれど、
阿平はまさに死に直面したことで目覚め、奮起する。
このように、本作品を最後まで観ると、これが“霊界バイオレンス(…??)”という形をとりながら、
32歳のニートにやる気スイッチが入るまでを描いた遅咲きの成長記だったのだと分かる。





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出演は、コンビニでバイトを始める32歳の“阿平”こと劉建平に曾國祥(デレク・ツァン)
そのコンビニの店長に林雪(ラム・シュー)、女性店員・美圖に雷琛瑜(J.Arie/レイチェル・ルイ)
獄中生活が長った老人・老嘢に馮淬帆(スタンリー・フォン)
トイレを借りに入店してくる警官・阿仁に姜皓文(フィリップ・キョン)
セクシーなチアリーダーAnitaに崔碧珈(アニタ・チョイ)、黒社会の大物に郭偉亮(エリック・クォック)
他、特別出演で盧惠光(ケン・ロー)等々…。

あれ、主要登場人物が7人。あとどの二人を加えて『クレイジー・ナイン』としたのだろう…?

それはそうと曾國祥。曾國祥は芸能一家の出身。

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父親はあの曾志偉(エリック・ツァン)、異母姉には台湾を拠点にマルチに活躍する曾寶儀(ツァン・ボウイー)。
パッとしない二世も多い中、曾さんちのこの二人は成功例。

…と言っても、出演作の公開が少ない日本では、曾國祥の知名度はまだまだ低いのだろうか。
美男子とは言い難いトボケた顔立ちということもあり、
1979年生まれ、裕福な家庭で何不自由なく育った40に手が届く男性にも拘わらず、
「李小龍(ブルース・リー)は32歳で死に伝説になった。
自分は32歳で未だ死なず、この有り様…」と嘆く悶々としたニート阿平の役に違和感ナシ。

俳優・曾國祥も良いが、私が今観たいのは、監督としての曾國祥が手掛けた話題作。

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周冬雨(チョウ・ドンユィ)&馬思純(マー・スーチュン)主演映画『七月與安生~Soul Mate』がソレ。
第53回金馬獎では、主演の両女優が揃って主演女優賞を受賞の快挙。(→参照
日本では、『七月と安生』というタイトルで、今年の大阪アジアン映画祭で上映。
こちらも待っていれば、その内、東京でも観られる日が来るでしょうか。期待しております。


曾國祥以外にも、大ベテラン・馮淬帆や、首にハサミを突き刺しっ放しの店長を演じる林雪など、
香港映画好きがニンマリしてしまうお馴染みの顔が個性的な役で登場。
私個人的に嬉しかったのは、たっぷり登場する姜皓文。
火火監督も「姜皓文は好きな俳優だけれど、映画ではいつも数シーンにしか登場しない」と語っており、
だからこそ、自分の監督作品では、メインで起用したみたい。
そんな姜皓文が扮する阿仁は、おなかを下し、緊急事態でトイレを借りにコンビニに入店した客。
毎度の暑苦しい顔で、切羽詰まった男をベタに演じているのが、可笑しいのだけれど、
その後、この阿仁は『インファナル・アフェア』ばりの潜伏警官であったと判明。
(実際、『インファナル・アフェア』にオマージュを捧げたシーンあり。)


盧惠光は特別出演で、登場シーンが想像していたよりずっと少なかった。
しかも、今回の扮装では、凄みのあるいつもの盧惠光じゃないから、一瞬誰だか分からない。

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私、この人物が「『にっぽん縦断 こころ旅』撮影中の火野正平ではない」と気付くまでに数秒かかりましたわ。



女性では、なんといっても崔碧珈!キョーレツ…!
お顔は美女というほどではなく、…もっと言ってしまうと、ややおブスで、
スイカップの爆乳を携えたやたらパンチのあるイイ体と相俟って、“馬鹿オンナ”感120%。
(しかし、後に女医であることが判明。)
彼女は本作品の“エロ担当”なのだが、カラダを張って、そのお役目を十二分に果たしている。
度が過ぎたセクシーに感服。
彭浩翔(パン・ホーチョン)監督作品『低俗喜劇』(2012年)ですっかり有名になった
爆炸糖(ぱちぱちキャンディ)が、本作品でも未だ同じ用途で使われている事に、思わず失笑。






オフビートなノリで、おまけにエロ満載、グロ満載。
系統としては、彭浩翔監督作品にも通じるように感じるが、
クオリティは、正直言って、彭浩翔監督に遠く及ばずという印象を受けた。
彭浩翔監督は、どんなにお下劣を表現しても、根底に品性が感じられるし、ベタでも作品が洗練されている。
何より脚本が秀逸で、観衆を物語の中に引き込む力がある。
火火監督作品はこれ一本しか観ていないので、断言はしたくないけれど、
“狙いは分かるが、力量がまだ足りていない”って感じ。中華圏での評価が高過ぎるようにも思えた。

でも、多くの香港人監督たちが、大陸で大作を撮るようになった昨今、コテコテの香港3級片は激減したので、
未だ『クレイジー・ナイン』のような作品が制作されている事には安堵するし、
この手の作品が久し振りなので、懐かしいという以上に、新鮮に感じた。
全編広東語というだけでも、今や貴重。

細々とはいえ、このような香港映画が作られ続け、中華圏でカルト的に支持されているのは、
あちらでも、“要望が無きにしも非ず”という事なのであろう。
比較的最近に観た“ドップリ香港”な作品だったら、私個人的には、この『クレイジー・ナイン』より、
『大樹は風を招く』(2016年)の方がずっと完成度が高く感じた。
もっとも、ジャンルがまったく異なるので、比較はしにくいけれど。

あと、この『クレイジー・ナイン』では、
日本語字幕で、登場人物たちの名前が片仮名ではなく、きちんと漢字表記になっていたのに、驚いた。
これ、香港映画では、非常にレア。どうしたの、おかしい(←良い意味で)!?と思ったら、
案の定、香港映画を得意としている〇〇社や△△社の配給ではなかった。
〇〇社や△△社も、古臭い考えに縛られていないで、いい加減見習って欲しいワ。

まぁ、とにかく、『クレイジー・ナイン』に100%の満足はしていなくても、
火火監督は今後も新作に注目していきたい。
日本に入って来る中華圏の作品の大半がアクションと歴史超大作で、ウンザリしているので、
それ以外の作品が観られるだけでも感謝。
東京のヒューマントラストシネマ渋谷では、3月7日(火曜)にまだあと一回上映が残されている。
興味のある方は、この機会に滑り込みでどうぞ。

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