【2014年/中国・香港/100min.】
香港・中區の警察署に、警察の武術教官・夏侯武が、人を殺めたと自首してくる。合一門を率いる彼は、一門の名を挙げようと参加した対戦で、誤って相手を殺してしまったのだ。3年後、赤柱刑務所で服役中の夏侯武は、テレビで、拳術の達人が何者かに殺害されたというニュースを見て、事件を担当する巡査部長・陸玄心に、調査協力をするから仮釈放してくれと直訴。夏侯武は「拳術の次は足技、次に擒拿、武器、外から内へ」とこの先起こるであろう同種の殺人事件を予測。さらに、「佟正亭、譚敬堯、曹子安、阮清洋、方文希、符升泰、方六」と具体的な名前を挙げ、次に必ずこの7人の中の誰かが被害に遭うと断言。当然そんな話には耳を貸さない陸玄心であったが、間も無くして、夏侯武の予言通り、譚敬堯という名の芸術家が無残な姿で発見される。夏侯武はついに仮釈放され、捜査に協力することになるが…。

今年初め、この映画が、<The Wall Street Journal ウォール・ストリート・ジャーナル>の
“2014年の注目すべき香港映画5本”に入っているのを見て、私は当ブログに、
「近い将来、邦題『カンフー・ジャングル』と命名され、シネマート六本木辺りで上映されそうな予感…。」
と書いている。(→参照)
邦題ビンゴ。こんなに簡単に当てられるなんて、配給会社がいかに邦題命名に頭を使っていないかが分る。
一方、シネマート六本木は2015年6月に閉館。
そんなわけで、上映館の予想は外し、新宿武蔵野館で本作品を観賞。
主人公は、“合一門”という流派を引き継いだ武術の達人で、香港警察の武術教官も務める男・夏侯武。
合一門の名を挙げようと意気込み取り組んだ対戦で、誤って相手を殺してしまい、
自首して、収監されるところから物語は始まる。
それから3年後、赤柱(スタンレー)刑務所で服役中の夏侯武は、
拳術の達人が、何者かに自身が得意とする技で衝かれ、殺害されたことを知り、
この先立て続けに起きるであろう同種の殺人事件の被害者を予測。
捜査協力と引き換えに仮釈放となり、
予測通り次々と発生する武術家殺人事件の犯人に迫っていくカンフー・アクション映画。
この不可解な殺人事件を起こしている犯人が封于修という男だということは、早々に判る。
封于修は武術に憑りつかれた根っからの武術狂で、
ひとつの流派に留まらず、それぞれの流派の頂点に立つ者を、その流派の技を使って打ち負かし、
真のナンバーワンに成りたいと思っている。
そもそも、中文原題『一個人的武林(一人の武林)』の“武林”とは、武術界の意。
中国の武術界には多くの流派が存在し、
それぞれの流派で師匠が門下を抱え、自分たちの武術の継承に努めている。
Aという流派に所属する者は、Aの技の習得に努め、Bという流派に所属する者は、Bの技を磨く。
そういう単体で構成されているのが“武林”。
本作品の封于修の場合、ひとつの流派に留まらず、どの流派にも通じているから“お一人様武林”状態。
音楽だと、一人でピアノもヴァイオリンもパーカッションもこなし、“一人オーケストラ”をやる人が居るけれど、
つまり、封于修は、あれの武術版って感じのオールマイティな武術家。
コンピューターゲームのように、対戦相手を替え、技を替え、どんどん勝ち進んで、頂点を目指す。
主演は、服役中の合一門後継者で、謎の殺人事件に調査協力する夏侯武に甄子丹(ドニー・イェン)、
“お一人様武林”状態で殺人を繰り返すツワモノ封于修に王寶強(ワン・バオチャン)。
甄子丹は主演兼アクション監督。
甄子丹扮する夏侯武は、前半、収監されているので、囚人服を着ているのだけれど、
足元に目をやると、“良家の子女”風の可愛らしいサンダルを着用。
夏侯武のみならず、囚人役は、皆このサンダルを履いている。
赤柱(スタンレー)の刑務所では、本当にこのような恰好をするのかが、やけに気になってしまい、
帰宅後“赤柱監獄”、“刑服”といったワードでググってみた。
赤柱に収監されているホンモノの囚人の皆さまは、“良家の子女”風ではなく、
“お便所スリッパ”のようなゴムサンダルを履いておられた。
あのサンダルは、現実を再現しているのではなく、映画用に選ばれた衣装だったのですね。
確かに、お便所スリッパだと簡単に脱げてしまうから、
アクションシーンには、ストラップできっちり足に収まる“良家の子女”風サンダルは必須と納得。
そんな甄子丹のアクションは相変わらず素晴らしいが、
本作品の売りは、より新鮮味のある王寶強のアクションの方かも知れない。王寶強と言えば…
6歳で武術を始め、8歳の時、在家で嵩山少林寺に入門し、修業を積んだ本格派。
カンフー・キッズは可愛らしいですね~。
このように、本物の武術を子供の頃から叩き込まれているにもかかわらず、
彼を俳優として一躍有名にした映画『イノセントワールド ~天下無賊』(2004年)で演じたのは、
他のどの出演者よりもドン臭い青年の役。
中華圏では、武術ができることが、映画で役を得る近道にも思えるけれど、王寶強はその後も武術を封印。
それが吉と出たのかどうかは分らないが、個性派俳優として開花。
私は特に近年の『ミスター・ツリー』(2011年)、『罪の手ざわり』(2013年)での演技に圧倒された。
そんな王寶強が、甄子丹主演作『アイスマン』(2014年)でついに武術を全面解禁。
『アイスマン』は未見のままなので、私はこの『カンフー・ジャングル』で初めて俊敏な王寶強を見ることになった。
子供の頃からの修練で武術が骨身に染みつているだけあり、さすが動きが切レッキレッ!
長い空白期間があっても、こんなに動けるものなのだろうか。それとも、人知れず訓練を続けていたの…?
今回の役では、得意分野のアクションに頼るだけではなく、
前出の2作、『ミスター・ツリー』や『罪の手ざわり』の演技にも通じる、
どこか不気味でサイコパスちっくなキャラ作りにも注目。
封于修から勝手に対戦を仕掛けられ、バッタバッタとやっつけられてしまう武術の達人たちに扮しているのは、
やられる順に、“北腿王”譚敬堯に釋延能/釋行宇(シンユー)、“擒拿王”王哲に喻亢(ユー・カン)、
そして、“兵器王”洪葉に樊少皇(ルイス・ファン)。
「次に狙われるのはきっと“兵器王”。そうだ、陳伯光の所へ行こう」と夏侯武が目星をつけて、
陳伯光の元へ行くと、陳伯光はすっかり人の好い屋台のおじちゃんになっていて、
その間に武術狂の封于修が現役の“兵器王”洪葉を倒してしまうという予想の読み違いが起きる。
獄中生活3年の間に、世代交代していた武術界の変化に気付かなかった“浦島太郎状態”から起きた悲劇が
なんだか可笑しかった。
♀女性陣は、事件を担当する女巡査部長・陸玄心に楊采妮(チャーリー・ヤン)、
夏侯武の妹弟子・單英に白冰(ミシェル・バイ)、封于修の妻・沈雪に思漩(クリスティ・チェン)。
私個人的には、この映画に色恋は不必要とも思ったが、
女性がちょこちょこと出た方が、やはり作品が華やぐだろうか。
それに、封于修にとっては、妻・沈雪を失うというのが、彼を狂気に駆り立てる一つの要因にもなっているし。
單英は、最初から夏侯武の妻なのかと思っていたら、
どうやら“互いに想い合いながらも、その気持ちを内に秘めている同門の兄妹弟子”という設定のようだ。
女性陣で一番重要な楊采妮扮する刑事の陸玄心には、恋の話は出てこない。
そう、あと、この作品は、ただバタバタと闘っているカンフー映画ではなく、
過去のカンフー映画へのオマージュになっているのが泣かせる。
これまでカンフー映画を支えてきた俳優や関係者たちが大勢カメオ出演。
(中には、ポスターや映画のワンシーンという形で登場する場合も有り。)
ここに挙げたのは、ごくごく一部で、監督・プロデューサー・俳優の徐小明(ツイ・シウミン)、
武術指導で有名な袁和平(ユエン・ウーピン)の実弟でもある俳優・袁祥仁(ユエン・チュンヤン)、
兄・秦沛(チン・プイ)、異父弟・爾冬陞(イー・トンシン)といった
芸能一家生まれの俳優・姜大衛(デビッド・チャン)、
多くの武侠ドラマに出演した女優・楊盼盼(シャロン・ヨン)、
かの嘉禾(ゴールデン・ハーベス)を設立し、李小龍(ブルース・リー)や成龍(ジャッキー・チェン)の
大ヒット映画を世に送り出した香港映画界のドン・鄒文懷(レイモンド・チョウ)、
そして、本作品の監督・陳森(テディ・チャン)。
他にも、ホント、いっぱい。
それぞれが一瞬しか出てこないし、若い頃とかなり容貌が変わっている人も居るから、
かなりのカンフー映画ヲタ、香港電影ヲタでも、全員誰かを言い当てるのは、非常に困難だと思う。
裏方さんと言えど超有名な鄒文懷でさえ、
私、一瞬、今年亡くなった日本の政治家、“塩爺”こと塩川正十郎と見紛ったもん。
でも大丈夫、作品の最後にテロップ入りで各人を紹介してくれるから、答え合わせができます。
最近の甄子丹作品にはガッカリさせられることが多いし、
日本で公開される香港映画を全体的に考えても、近年私の満足度は低め。
そんな事情で、本作品への期待度は非常に低く、“時間の都合が合う”という程度の理由で観たら、
展開がスピーディで案外面白かった。“香港映画の最高傑作”と手放しで讃えることはなくても、
少なくとも、ほぼ同時期に観た台湾映画『ハーバー・クライシス~都市壊滅』よりは、こちらの方が気に入った。
『ハーバー・クライシス』も本作品も、近年有りがちな大陸との合作であるが、
本作品からは、まだちゃんと“香港らしい”特徴が感じられる。
『ハーバー・クライシス』の方は、もはや台湾映画らしさが感じられない。
大陸との合作で、台湾/香港の俳優と大陸俳優を共演させる場合は、
キャスティングや役の設定に無理矢理な印象を受けることも多いけれど、
本作品は、香港の甄子丹と大陸の王寶強を組ませ、成功している珍しい例のようにも感じる。
主体はアクション映画でも、王寶強扮する封于修が、なぜ武術の達人ばかりを狙うのか、
この男は一体何者なのか、夏侯武とはどのような関係があるのか、
といった謎に迫る
ミステリーの要素があるのも良かったのかも知れない。

あとは、カンフー映画とそれを支えた人々へのオマージュになっているのが、よろしい。
画面から、もう
カンフー愛が止まらない!って感じが溢れているわけ。

そこまでどっぷりカンフー映画を愛していない私が見ても、なんだか心が和んだ。
邦題はねぇ、英語タイトルをそのまま片仮名にするだけの能無し芸無し邦題ではなく、
“武林(ぶりん)”という単語を上手く生かした邦題にして欲しかった。
“武林”は日本でも結構知っている人の多い単語だし、知らない人には新鮮に響く。
“武林”を“Kung Fu Jungle”と英訳するのは、
固有名詞である“赤壁(せきへき)”を“Red Cliff”と直訳してしまったあの映画と同じくらい馬鹿げている。
もっとも、中華料理の“春巻”が英語で“Spring Roll”と呼ばれていることからも分るように、
漢字の直訳英語はもはや華人の伝統なのであろう。
しかし、英語圏ではなく、中国と共通の漢字文化がある日本で、
ヘンテコ直訳英語をそのまま片仮名にするのは愚の骨頂ですから!