ワケありで長年お蔵入りになっていた故・楊昌(エドワード・ヤン)監督の名作、
『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(1991年)が、25年の時を経て、デジタルリマスター版として蘇り、
よーやくスクリーンに戻ってきたことは、映画ファンの皆さまなら、御存じのはず。
この生まれ変わった『牯嶺街』、日本でのお披露目は、2016年11月初旬、第29回東京国際映画祭でのこと。
映画祭期間中たった一度の貴重な上映ではあったが、
この年の東京国際映画祭は、チケットのweb販売で大きなトラブルがあったし、
みすみす一般劇場公開が決まっていたので、私はパス。
もし、主演男優・張震(チャン・チェン)が来場したら、
チケットを取らなかったことを後悔するだろうなぁ~、とは思っていたが、
日中関係が悪化して以降、中華圏の明星の東京国際映画祭への参加はパッタリ激減したので、
特に張震レベルの俳優ならなおのこと来日は無い!と高を括っていた。
案の定、張震が来ることはなく、私は胸を撫で下ろしたのでありました。
監督や出演者によるQ&Aなど、何か特別なプラスαが無いのなら、
自分の都合に合わせ、映画館でゆったり観るに越したことない。
約4時間もある(…!)超大作を、一般劇場公開に漕ぎ着けたのだから、
ちゃんとチケットを買って、劇場に足を運び、ささやかながら興行成績に貢献もしたいし。
そのように、2017年3月の公開を心待ちにしていた2月中旬、張震が来日して舞台挨拶を行うと発表。
後日、3月14日(火曜)、新宿武蔵野館の上映後に一回、角川シネマ有楽町での上映前に一回、
計2回の舞台挨拶を開催と詳細が発表された。
新宿武蔵野館の座席数は約130、角川シネマ有楽町だって約230と、いずれも小さな会場。
『牯嶺街少年殺人事件』はもはや伝説になっているから、この作品の元々のファン以外にも、
この機会に是非!と思う初見の人も多いだろうし、張震ファンだって実は地味に多いはず。
配給さん、『牯嶺街』人気を侮っていないか…?!これでは、平日の開催とはいえ、チケット争奪戦は必至。
私は、新宿武蔵野館に狙いを定めたが、チケット発売当日まで、心臓バックバク。
張震愛の深さやファン歴の長さでチケット優遇してくれーっ!と本気で願ったワ。
しかし、長年張震を溺愛する私に、そのような救済措置があるわけもなく、
他の皆々様と平等に迎えたチケット発売開始の瞬間。
事前に自分の中で積んでいたシミュレーションも役に立たず、
アクセス混雑で、上映カレンダーより先に進めず…。
ようやくその先に進めたのは、販売開始から18分が過ぎた頃。
すでに大方埋まっている座席表を見て、焦りが生じ、何も考えられずに適当にクリックを繰り返し、購入完了。
で、間も無くして、チケット完売。
なんとか買えたけれど、そんなこんなで、席は自分の希望からは程遠い。
私にとって映画を観易いのは、極力後方の席。
舞台挨拶が有るなら話は別で、もちろん前方で見たいけれど、それだと4時間の映画鑑賞はキツイ。
そこで、映画鑑賞にギリギリ耐え得るであろう前から5~6列目辺りを狙っていたのだが、
結果、“超前方”になってしまった…。ほぼ“かぶり付きシート”。
張震を間近で拝めるのに、その一方で、4時間の上映をどう持ち堪えようかと考えてしまうなんて、
贅沢な悩みですわね。
その後、角川シネマ有楽町、午後1時の回上映終了後にも追加の舞台挨拶を行うと発表。
結局、舞台挨拶は、一日に2ヶ所で計3回となった。それでもチケットは完売。
週末の開催だったら、チケット争奪戦がもっと激しくなり、ドンくさい私などでは買えなかったに違いない。
そもそも、来日舞台挨拶を、日本での『牯嶺街』公開初日3月11日(土曜)に行わず、
なんともハンパな火曜にズラしたのは…
張震の愛娘・源原(ユエンユエン)ちゃんの
2歳のお誕生日が3月10日だったからかしら…、と想像。

張震には、子煩悩な一面がありそうなので。
★ そして迎えた当日
そんな訳で、角川シネマ有楽町では、
3月11日にすでに公開されている『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』だが、
今回私が訪れた新宿武蔵野館では、2017年3月18日(土曜)から公開。
本日、3月14日(火曜)は、先行という形で、一回きりの特別上映。
朝からソワソワしてしまい、柄でもなく、張震に簡単なファンレターを書き(!)、
家を早く出て、デパートに寄って
プレゼントまで用意してしまいましたヨ。

まるで乙女に戻ったかのような私mango…。
(いえ、オトメ時代でも、明星にお手紙&プレゼントなんて渡したことないから!)。
映画館に到着したら、記念にプログラムを購入。8百円也。
映画のプログラムを買うのも久し振り。
★ 映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』上映→終映
映画は予告編無しで、午前11時50分開映。
約4時間にも及ぶ大作だが、途中休憩は無し。
朝から極力水分を控えていた甲斐あり、恐れていた“尿意で映画に集中できないっ!状態”は避けられた。
久し振りにスクリーンで再見した『牯嶺街』の素晴らしかったこと…!
(作品の詳細は、また後日。)
映画が終わったのは、午後3時45分頃。
ノンストップの上映だったけれど、舞台挨拶の前には10分の休憩あり。
舞台上の張震に集中するには、念の為おトイレに行っておいた方が良いと判断し、
私は誰よりも早く会場の外に。
そ、そ、そしたら、な、な、なんと、偶然にも、男子トイレに入って行く張震を発見…!
捕まえて、プレゼントを渡そうとしたら、周囲のスタッフに取り押さえられた。![]()

で、「プレゼントは、映画館のスタッフが渡しておきますから」と説得させられた。
ちゃんと渡してくれたかしらー?!やはり本人に直々に渡したかった。
まぁ、あの状況では、しょうがないけれど、本当に渡してもらえたのか心配で、悶々…。
我が人生で、張震に最接近したことだけでも(@武蔵野館トイレ入り口前)有り難いと思わなくては。
★ 『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』主演男優&プロデューサー舞台挨拶@新宿武蔵野館
10分の休憩も済み、午後3時55分、いよいよ舞台挨拶。
まずは、女性スタッフが簡単な説明。
「本人から許可が出たので、
写真撮影できます。でも、トークショウの時は話に集中してもらいたいので、

ご遠慮下さい。後ほど撮影の時間をもうけます」とのこと。
バンザイ。やはり写真は撮りたいもん。
今の時代、無意味としか思えない、イベントでの撮影を禁止する日本独自ルール、早く崩壊して欲しい。
そのような説明も終わり、今度こそ本当にスタート。
登壇者は、主演男優の張震(チャン・チェン)以外に、プロデューサーの餘為彥(ユー・ウェイエン)。
張震、白の長袖Tに、ブラックデニム、ジャケット、首には大判のバンダナというラフな格好。
“衣装”ではなく、“私服”なのでは。
髪型は、先月、『Mr.Long~龍先生』を携え、
第67回ベルリン国際映画祭に参加した時(→参照)のスタイルに近く、若干“Mr.スポック”が入っている感じ。
餘為彥Pの方は、“中国ロックの父”崔健(ツイ・ジェン)をおとなしくした雰囲気。
キャップを被っていたから、そう見えたのかも。
イベントは、スタッフが投げ掛ける質問に両者が答えるというトークショー形式。
私は、すぐ目の前に立っている張震に興奮し過ぎて、内容をあまり覚えていない。
ささやかな記憶を手繰り寄せ、以下、簡単にまとめておく。

20年以上前の作品『牯嶺街』が公開され、こうして皆さんに会えて、嬉しいです。

長い映画の鑑賞、お疲れ様でした。

デビュー作でもある『牯嶺街』は、張震さんにとって、どのような位置づけの作品ですか。

重要な作品です。初主演作ですし、これをきっかけに、映画に対する情熱を抱くようになりました。
共演の俳優やスタッフとは、その後も交流の続く友達にもなりました。
日本とも縁のある作品です。
上映された東京国際映画祭に参加したのが、僕にとって初めての海外旅行でした。

現在の張震さんは、あの頃と比べ、どう変化しましたか。

彼は、25年前とあまり変わっていませんね。昔の方が、むしろ大人っぽかったかも知れません。
当時は、口数が少なかったので。男性は、あまり喋らない方が、大人っぽく見えるものです。
撮影で、学業にも差しさわりがでて、あまり愉快ではなく、
映画の中の小四と感情が重なっていたのでしょう。
今の張震は明るくて、ジョークも言いますよ。

実際の父親や兄が、映画の中で父・兄を演じるのはどうですか?

変な感じで、イヤだったけれど、大きな問題はありませんでした。
父親に激しく叩かれるシーンがあった兄の方が大変で、のちに引きずる影響があったかも知れません。
でも、今思えば、貴重な経験でした。
まぁ、母は入っていませんが、家族が一緒に映像の中に残っているわけですから、楊昌監督には感謝です。

餘為彥プロデューサーは、本作品以外でも、楊昌監督と何度もお仕事をしていらっしゃいますが、
監督との何かエピソードは?

『牯嶺街』は、楊昌監督が中学生くらいの頃、台湾で実際に起きた殺人事件を扱った映画です。
この事件のことが、大人になってもずっとどこかに残っていたらしく、
楊昌監督は、映画化するために第一稿を書いたのですが、その時は実現しませんでした。
忘れられずにいたら、数年後、楊靜怡(リサ・ヤン)に出会ったことで、撮りたい気持ちが再燃し、
今度こそ映画となりました。
張震に関しては、私は、彼の父・張國柱(チャン・グォチュー)と以前仕事をしたことがありました。
当時9歳だった彼の息子が、ちょうど14歳くらいなっているはずだから、丁度よいと思いました。
この『牯嶺街』は、ただ単に殺人事件を描いただけの作品ではなく、
大陸から渡ってきた我々外省人が抱いていた不安が描かれている作品です。

20年以上前のこの作品をきっかけに、こうしてまた皆さんとお会いでき、嬉しいです。
何度も言うように、この作品は、俳優としての自分にとって特別であるだけではなく、人生においても特別です。
撮影していた日々は、かけがえのない経験です。

本日来場してくれた方の7割は女性。
楊昌監督と、映画について話し合っていた時、彼の出す意見がとても細やかだったのですが、
そういう細やかさが、女性に受け入れられるのかも知れないと感じます。
日本語もかなり達者であろう張震だが、今回の舞台挨拶では、全て中国語であった。
ただ、質問を聞いている様子から、日本語が分かっている感じは窺えた。
ちなみに、日本では片仮名で“チャン・チェン”と表記される張震。
“中国語には濁音が無い”というのは、
耳の悪い昔の日本人が言い切ったことで定説になってしまったのだと想像する。
張震も、実際の発音は、“チャン・チェン”より“ジャン・ジェン”に近いと思っていたけれど、
本日、餘為彥Pのお話を聞いていたら、さらに違った。
この餘為彥Pの中国語は、日本人が想像する典型的な“台湾のオジちゃんオバちゃん”の発音に近く、
“儿化”のようなこもった音があまり無い。
よって、張震のことも、ほぼ“ザン・ゼン”と呼んでおられた。
日本の張震ファンも、より台湾チックに呼びたかったら、以後、彼のことは“ザン・ゼン”ね。![]()

★ 撮影会
続いて、
フォト・タイム♪

舞台袖に置かれていたポスターを、スタッフと化した(?)張震自らが移動。
興奮と焦りで、手がブレ、結局、最高!と納得でくいる写真は撮れなかった。残念!
こうして、午後4時15分頃、イベント終了。
本来の予定より、10分ほど短縮されてしまったのが、ちょっと残念。
ただ、有楽町での追加の舞台挨拶が決まった時、時間的に移動がかなり厳しいと感じたので、
新宿での時間短縮は、なんとなく予想していた。
まぁ、舞台挨拶の回数が一回増えたことで、新たに2百人以上がお宝チケットを手にし、
張震を拝める機会に恵まれたのだから、OKといたします。
★ ニアミス…?!
全てが終了してから、階下に行くと、建物の前に黒塗りのバンと、誰かを待つ運転手さんの姿。
うわぁぁぁぁぁぁぁ、最後にもう一度張震を見られるの?!と、一瞬色めき立ったが、
このお車に乗り込んだのは、餘為彥Pだけであった。
張震は、その前に、別のお車で有楽町に向かったのでしょうか。どなたか目撃した方、いらっしゃいますか。
★ 番外
なお、所属事務所の微博には、(↓)こんなお写真。
裏で、ポスターにサインする張震。
次に武蔵野館へ行ったら、チェック。
とにかく、あの小さな空間で、張震と御一緒したなんて、夢のようなひと時であった。
そして、未だ夢見心地…。
2017年のラッキーを、3月の時点ですでに全て使い切ってしまったかのようで、コワイ…。
角川シネマ有楽町の方へいらした方は、如何でしたか?
映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』は、浮足立っていない冷静な時に、もう一度再見したい。
【追記】
どうやら、角川シネマ有楽町の方には、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品、
『黒衣の刺客』(2015年)で共演した妻夫木聡が花束もって駆け付けたようですね~。
張震からは、ブッキーに、幸運を呼ぶジョーズ柄の海パン(?)をプレゼント、
ブッキーは笑って「これを穿いて、『ウォーターボーイズ』の続編が撮れる」と言ったとか。
共演の機会は少なくても、気が合って、張震が日本に来ると、一緒に食事に行く仲だそうです。