【2012年/日本/100min.】
16歳の時、帰国事業により、北朝鮮へ渡った兄ソンホに、3ヶ月間だけ病気治療の帰国が許可される。
一家は25年ぶりの再会を喜ぶが
妹のエリは、ソンホに同行してきた監視役の“ヤン同志”の存在が気になって仕方がない。
間も無くして一家は、ソンホを連れ病院へ。
検査の結果、担当医から、3ヶ月では治療不可能と告げられる。
父もエリも、それぞれに解決策を模索するが、そんな矢先、ソンホは、突然の北朝鮮帰国命令を受ける…。
これまで2本のドキュメンタリー映画を発表している梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督による初のフィクション映画。
梁英姫監督は、この先もずっとドキュメンタリーを撮り続けるものだと勝手に思い込んでいた。
こういう言い方は語弊が有るかも知れないが
梁英姫監督自身の生い立ちが、平凡な日本人からすると、やや奇異で
興味深い題材が身辺にゴロゴロ転がっていそうなので
ドキュメンタリー監督こそ相応しい職業だと思っていた。
なので、フィクション映画を発表と聞いても、当初はピンと来なかった。
しかし、その新作が、フィクションと言えど、梁英姫監督の実体験を匂わす内容で
キャストも魅力的な顔ぶれだと知り、俄然興味が湧いた。
本作品をごくごく簡単に説明すると、ワケ有って離れて暮らしている兄ソンホが奇跡的に一時帰国したことで
25年ぶりに揃った4人家族が過ごす東京の数日間を描いた物語。
一家はもう長いこと両親と娘エリの3人暮らし。 一見平凡な中流家庭。
ところが、(『奥さまは魔女』風に…)ひとつだけ違っていたのは、一家は在日朝鮮人ファミリーだったのです。
同胞協会の副委員長を務める父(アボジ)は、25年前、帰国事業に賛同し
当時まだ16歳だった長男ソンホを、“地上の楽園”北朝鮮に送る。
その後の“楽園”の荒廃ぶりは、多くの人の知るところ。
ソンホは、日本へ再入国できぬまま、北朝鮮で成長し、家庭も築くが、脳腫瘍が見付かる。
そこで、治療のための日本行きを願い出たところ、5年経ってようやく許可が下り、25年ぶりに日本の土を踏む。
この映画の中の家族が、そのまま梁英姫監督の家族に重なる。
デビュー作『ディア・ピョンヤン』によると、梁英姫監督の父親は朝鮮総聯の中心的人物で
1971年、当時、18歳、16歳、14歳だった3人の息子を、帰国事業で北朝鮮へ送っている。
日本に残った娘の梁英姫監督は、その後
アメリカにも留学しているし

父親と同じ思想の持ち主だとは思えない。 本作品のリエこそが、梁英姫監督の分身なのであろう。
北朝鮮へ移住した梁英姫監督の実兄たちが
病気治療などを理由に、日本再入国を果たしたことが有るのかは、分からない。 そんなこと可能なの…?
フィクション映画なので、当然虚構が盛り込まれているだろうが
登場人物が心情を吐露するちょっとした台詞でも、生活、生き様でも、多くの部分は
梁英姫監督自身が在日朝鮮人だからこそ知り得る真実が反映された生々しいものに感じてならない。
出演は、25年ぶりに日本の土を踏む兄ソンホに(ARATA改め)井浦新、妹エリに安藤サクラ、
父(アボジ)に津嘉山正種、母(オモニ)に宮崎美子。
特に印象に残るのが、父と兄。
同世代のモデル出身男優だったら、私は以前から一貫して伊勢谷友介より断然井浦新派。 いいワ、井浦新。
井浦新扮するソンホの少ない台詞と抑えた表情からは、彼をそう変えた北朝鮮での25年間の重みが窺える。
ソンホにそのような人生を歩ませてしまった張本人は父。
もちろん当時は良かれと思ってやった事だし
今でも同胞協会幹部という地位にいるバリバリの北朝鮮信奉者だが
時が流れ、情勢が変化したことで、思想が揺らぎ、過去の選択を悔いているようにも見受ける。
でもそれを決して認めようとしないし、息子や家族に侘びたりもしない。
それをする事は、自分の人生を否定することになるし、単純に立場や面子も有るのであろう。
一見ブスッとした頑固オヤジだが、実は誰よりも悩み、迷い、崖っぷちに立たされている複雑な役どころ。
逆に、自分の気持ちをブチまけられるリエは、一家の中で一番普通の役どころ。
演じる安藤サクラは、これまでの出演作で、アクの強い役ばかりを見てきたので、今回はやけに普通に思える。
宮崎美子は、最近、
『未来世紀ジパング』ぐらいでしか見ていなかったので、女優であることを忘れていた。

今日まで離婚せず、よくぞあの夫に連れ添ってきた!と思わせる控え目な女性を演じる。
鑑賞前は、宮崎美子に、在日朝鮮人主婦のイメージが重ならなかったけれど
息子を想うごく平凡な母親役は、ちょっと野暮ったいくらいの宮崎美子に合っている。
梁英姫監督の両親は、父が15歳の時済州島からやって来た在日一世で、母が在日二世とのことなので
実際にも、北朝鮮への思い入れに若干温度差がある本作品のような夫婦なのかも。
目玉人事は、ソンホの監視役として北朝鮮からやって来たヤン同志に扮するヤン・イクチュン。
そう、
『息もできない』の監督兼主演男優として、、いきなり注目を浴びたあのヤン・イクチュン。

髪が生えていると、大分イメージが変わる。
私は本作品の前に、『家を出た男たち』でトボケた演技をする“頭髪あり”のヤン・イクチュンを見ていたので
特別驚かなかったが、『息もできない』からクッション無しに本作品を観る人は、一瞬誰だか判別出来ないかも。
モサッとした髪で、口数少なくても、眼光は相変わらず鋭く、修羅場をくぐる抜けてきた者特有の凄味がある。
終盤にはちょっと人間性が滲み出る。
在日アメリカ人も在日中国人も在日フランス人も皆“在日”のはずなのに
“在日”と言えば、多くの場合、朝鮮半島にルーツを持つ人々を指す。
それほど日本に大勢居る在日コリアンだが、特に北朝鮮系に関しては、謎めいている。
そんな未知の世界を覗かせてくれる作品が、ツマラない訳がない。
離れて暮らす身内に対する深い想いなど
突き詰めると、誰にでも当て嵌まる普遍的な家族の物語と言えるけれど
やはり、二国間で分断された在日朝鮮人家族という設定だからこそ、10倍にも20倍にも興味深い。
フィクションでありながら、ノンフィクションのようなリアリティを感じられるのも良い。
唯一「所詮ドラマ…」と思ってしまったのは
ソンホが昔付き合っていた女性、京野ことみ扮するスニと25年ぶりにふたりきりで会うシーン。
交際当時16歳だったふたりも、もうアラフォー。 スニは医師と結婚し、仲間たちからは玉の輿と言われている。
そんなスニが、病気治療に充分な期間日本に滞在できないソンホを案じ
「ふたりで逃げちゃおうか」という台詞を聞き、これは無い、絶対に無い!と、ちょっとだけシラケてしまった。
16歳の頃好きだった男の子の人生が北朝鮮で一変し、苦労していたら、確かに複雑な気持ちに陥るだろう。
でも、オトナの女は結構冷静で、変わり果てた彼の姿から、今の自分との格差を瞬時に読み取り
同情はしても、昔のようなほのかな恋心など湧かないものだ。
冗談半分だったとしても、ソニがあのようなロマンティックな言葉を口にしたのは
あのねぇー、ソンホ、あなたが金正日のようなチビでデブの冴えない中年男ではなく
胸の金日成バッジさえスタイリッシュに見えるカッコイイ井浦新だからなのヨ…(笑)!
それはさて置き、基本的には物語もキャストもすごく良く、最近観た映画の中では、一番面白かった。
でも、ここまで自分と自分の家族を重ねた作品を撮ってしまった梁英姫監督は
次に何をテーマにどのような作品を撮るのであろう。 心配でもあり、楽しみでもあり。
個人的には、在日朝鮮人とか北朝鮮といった梁英姫監督ならではの題材に興味。