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映画『ヴァンパイア』

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【2011年/アメリカ・カナダ・日本/119min.】
高校の生物学教師サイモン・ウィリアムズは、アルツハイマーの母ヘルガとふたり暮らし。
ある日サイモンは“プルート”というハンドルネームを使い
自殺志願の若者が集うwebサイト“side By cide”で知り合った女性ゼリーフィッシュと落ち合う。
一緒に死ぬため、最良の自殺方法を話し合うふたり。
最後にサイモンが提案したのは、痛みも苦しみも無い血を抜く方法。
ゼリーフィッシュも同意し、まずは彼女が台の上に横たわる。
サイモンは慣れた手付きでゼリーフィッシュの身体に針を刺し、ゆっくり血を抜くと
瓶いっぱいに溜まったその鮮血を口にする…。
 
 
岩井俊二監督最新作。
長編劇場作品は、なんと『花とアリス』(2006年)以来8年ぶりなのだと。
途中、ドキュメンタリー『市川昆物語』やオムニバス『ニューヨーク、アイラブユー』等が発表されたり
岩井俊二関連作品には何となく触れる機会が有ったので、まさか8年も経っていたとは気付かなかった。
 
これまでの作品(『ニューヨーク、アイラブユー』等は除く)との一番の違いは
本作品が、カナダを舞台に、ガイジン俳優を使って撮った全編英語作品であること。
最近観た『ライク・サムワン・イン・ラブ』もイラン人監督による日本語作品であったが
アメリカや中国など、お金も市場も有る超大国の監督でない限り
今後は国に囚われず、撮れる所で撮る傾向が進むのだろうか。
 
岩井俊二監督が、脚本、撮影、音楽、編集、プロデュースまで全て手掛けたこの新作で取り上げたのは
タイトル通り、ヴァンパイア=吸血鬼
吸血鬼映画は過去から現在に至るまで何本も制作されているけれど、私の興味の対象外。
自分から積極的に観たのは、パク・チャヌク監督の『渇き』(2009年)と本作品くらい。
なぜ吸血鬼映画は沢山撮られるのか? そんなに需要が有るのか? 岩井俊二監督までなぜ?と疑問。
過去の岩井俊二監督作品から受ける印象に、吸血鬼のイメージが重ならない。
そうしたら、そんな私の疑問に答えるかのように、吸血鬼を題材にした理由について岩井俊二監督は
「米国ではヴァンパイアものが無数に作られてきた。作家の醍醐味のひとつは、最も陳腐な題材で
まだ誰もやったことの無いことに辿り着くことだから」と発言。 なるほど。
 
確かに本作品は、いわゆる吸血鬼映画とはかなり異なる。
“いわゆる吸血鬼”は、ヨーロッパの伝承から創り上げられたものが定番化しているせいか
黒いマントを付けた中世の貴族のような紳士で、夜になると鋭い牙が生え、美女の首に食い付き血を吸うが
十字架とニンニクが苦手という魔物。
 
ところが、本作品のサイモン・ウィリアムズは、見た目からして“いわゆる吸血鬼”とは大分異なる。
サイモンは、高校で生物学を教える28歳の物静かな青年。
満月の夜に豹変して、美女の首の噛み付くなどといった、手荒な真似はしない。
webサイトで知り合った自殺志願者と落ち合い、本人の了承を得た上で血を抜き、飲ませていただいている。
自分自身も自殺志願者を装うなど、多少の嘘はつくけれど、元々死にたかった人を苦痛無く死なせてあげ
みすみす無駄になる血液を頂戴するのだから、結果的に需要と供給が適っている。
自分の欲望を満たすためだけにガンガン行くエゴイストではなく
相手の顔色を窺いながら消極的に血をもらう奥床しいサイモンは
日本人監督考案ならではの吸血鬼像と言えるかも知れない。
 
サイモンのお人好しは、後半さらに拍車が掛かる。
なんと、自殺未遂で病院に運ばれ、輸血を必要とする教え子のために
吸血鬼のクセに自らの血を提供し、有ろう事か貧血に…!
ちなみに、吸血鬼サイモンの血液型は、私と同じO型であった。
 
 
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                                                          (クリックで拡大)
主人公、生き血を飲む高校教師サイモン・ウィリアムズに扮するケヴィン・ゼガーズ
私にとって初めて見る顔。 …と思ったら、実は『トランスアメリカ』(2005年)で
トランスジェンダーの父を持つあの少年を演じた男の子なんですって…?!
オトナになっちゃって、ぜんぜん分からなかった。
昨今の日本でも、海外ドラマニアの間では、そこそこに知られた存在らしいので
もしかして普段はもっとハリウッド俳優っぽいのかも知れないが
本作品では、ハリウッドならではのギラギラ感が抑えられ、物憂げで、岩井俊二監督作品に合っている。
 
自殺志願の女性は何人も出てくるけれど、中でも印象に残ったのが
サイモンが初めて自分の正体を打ち明ける女性、レディバード役のアデレイド・クレメンス
子持ちの役だが少女っぽい。 プラチナブロンドのロングヘアで、お人形さんのよう。
 
アルツハイマーを患うサイモンの母ヘルガに扮するアマンダ・プラマーも記憶に残る。
腰への負担を軽減したり、部屋から勝手に出られないようにするため
体に沢山の大きな白い風船を付けるというアイディアがユニーク。
アマンダ・プラマーは、この後また日本映画に出演するという。
でも、その日本映画がなぜよりによってトレンディドラマの脚本で有名な北川悦吏子が手掛ける
中山美穂・向井理主演作『新しい靴を買わなくちゃ』なの?と不思議に思っていたら
それをプロデュースしているのが岩井俊二であった。
 
また、日本人では唯一、岩井俊二監督の秘蔵っ子・蒼井優が留学生ミナ役で出演し
珍しく英語の台詞に挑戦している。 短い台詞だし、発音もちょっと硬いけれど、日系アメリカ人ではなく
日本からやって来た留学生の役なので、気にならない。
 
 
 
吸血教師サイモンがごくごく飲むあの血は、撮影で一体何を使っているのだろう。
色や粘度が、トマトジュースとも違う気がするのだけれど…。 
すごく変テコな話なのにピュアで、後味がちょっと切ない。 憂いと透明感の有る映像は詩的。
監督本人が語っていたように、本来陳腐な吸血鬼映画を、ひと味もふた味も違う物に昇華させているし
カナダを舞台にした英語作品でも、岩井俊二監督の持ち味は、きっちり出ている。
今後ボーダレス化がどんどん進んだら、ちゃんと作家性が打ち出せる監督でないと
どの作品も似たり寄ったりになり、埋もれてしまうと思う。
その点、本作品を観る限り、今のところ岩井俊二監督は
グローバル化に対応できる数少ない日本人監督と言えそう。
 
長いことロサンゼルスに暮らしたその岩井俊二監督は
半年ほど前から上海にアパートを借りて住んでいるそう。 随分前から中国語で微博もやっている。 
蜷川実花も微博やっているし、最近アジア全土で活躍できる日本人クリエーターは
中華圏の人間、もしくは中国語を解する日本人をスタッフに置いているのではないだろうか。
例のツイートで岩井俊二を売国奴だと大騒ぎをした輩は、そんな事を知ったら、益々罵声を浴びせそうだが
このまま怯まずにオノレの道を突き進んでいただきたい。
「今後、中国が拠点のひとつになるのは間違いない。 
日本に居て、作品を海外の映画祭に回しているだけでは、いずれ作品づくりすら出来なくなってしまう」という
岩井俊二監督の見解も、日本人としてはちょっと淋しいけれど、一理あり。
日中関係の悪化で、面倒が増えてしまったかも知れないが、それを何とかクリアし
中国を舞台にした、それでいて岩井俊二カラーの作品を撮ってくれたら、絶対に観ます。 期待。

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