【2013年/シンガポール/99min.】
1990年代末のシンガポール。
共働き家庭・林家の10歳になるひとり息子・家樂がいつものように学校で問題を起こし
母親は呼び出しを食らってしまう。
船会社で働き、ただでさえ忙しい母は、メイドを雇うことを決意。
こうして林家にやって来たのは、28歳のフィリピン人女性Terry。
Terryは林家に住み込み、すぐに家の仕事を一任されるが、早速家樂から嫌がらせの洗礼を受ける…。
第14回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された際、鑑賞。

今年、第66回カンヌ国際映画祭で、最優秀新人監督賞に当たるカメラ・ドールを受賞。
つい最近も、台湾の第50回金馬獎で、作品賞、脚本賞、新人監督賞、助演女優賞を、
私が観たフィルメックスでは観客賞を受賞。まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
新人監督の快挙という以上に、これまで鳴りをひそめていたシンガポール、
延いてはASEAN全土に希望の光をもたらした快挙と言えるかも知れない。
そんな明るい受賞のニュースとは裏腹で
本作品で描かれるのは、決してキラキラ眩いシンガポールではない。
時代背景は、1997年に起きたアジア通貨危機が暗い影を落とす頃。
シンガポールの中流家庭・林家にやって来たフィリピン人メイドTerryと林家のひとり息子・家樂の交流や
家樂の心の変化、また交錯する家族ひとりひとりの心情を描くヒューマンドラマでありホームドラマ。
簡単に言ってしまうと、共働きで多忙な夫婦→子供と充分な時間が過ごせない
→親に構ってもらえず、やさグレる息子→そこにお世話係のフィリピン人メイドがやって来る
→最初は鬱陶しがって反発するが→次第に心を許し、本当の肉親のような関係を築いていく、
…という在り来たりの話だが、主人公の少年・家樂を“親の愛に飢えた不憫な子”と必要以上に強調せず
大人たちの苦労や悩みも同時進行で描かれるから、同情心で涙を誘うようなムズ痒い作品とは一線を画す。
大人たちの悩みで一番深刻なのは、父親の失業。
リストラされ2ヶ月になるが、妻に真実が告げられず、毎日出勤するフリをして家を出る。
こういうところ、日本人と似ている。
ついでに、
喫煙も妻には内緒。結婚を機に止めたことになっているので、こっそり隠れタバコ。

メイドのTerryは、林夫人以上に、この父親や家樂の裏の一面を知っているが
立場上告げ口する訳にもいかず、そのため林夫人から誤解され、理不尽なトバッチリを受けてばかり。
自分の亭主や息子の事もろくに知らず、メイドを叱りつける林夫人は、イヤな女にも見えるけれど
彼女もまた悩み多き女性。生活や将来への不安が、彼女を刺々しい女にしてしまうのであろう。
梃子摺っていた息子・家樂がTerryになつき、落ち着くと、ホッと喜ぶどころか
今度は嫉妬心がメラメラと湧き上がり、またまたTerryにキツく当たってしまう。
面倒な女だが、人間的でもある。人は切羽詰った時、寛容な態度がとれなくなるものだ。
では、Terryくらいは完璧な人間だったり、裏表の無い無垢な存在なのかというと、そうとも言い切れない。
一歳にも満たない乳呑み児を国に残し出稼ぎする罪悪感や
雇われの身だから反発できない苛立ちを内に秘めているし
さらに少しでも多く稼ぐため、隠れて違法のアルバイトも。
つまり、聖人などひとりも居ない。
人間の人間らしい姿や、自分や自分の周囲に起こり得る普遍的な事が描かれている。
本作品でもうひとつ興味深いのは、シンガポール人の普通の生活が覗けること。
あんなごくごく平凡な家庭で、住み込みのメイドさんが雇えるなんて、日本では考えられないこと。
外国人労働者を受け入れやすい法律や環境、英語の普及、そして何より安い賃金、
と条件が揃っているのであろう。
香港も似た状況と察するが、香港で住み込みで働くメイドさんは、たとえ物置のような狭いスペースでも
最低限自分のプライベート空間が持てる場合が多いように見受ける。
ところが、本作品のメイドTerryは、雇い主の息子とルームシェア!これでは24時間気が休まらない…。
たまごっちの代わりに
本物のヒヨコを息子に与え、立派なニワトリに成長したところで、風呂場で絞め、

お供え物にしてしまうのも、とても華人っぽいエピソード。
もっともこれが“シンガポールの一般”だとは思わないが。
出演は、10歳の少年・林家樂に許家樂(シュウ・ジャールー)、
家樂の母に楊雁雁(ヤオ・ヤンヤン)、家樂の父に陳天文(チェン・ティエンウェン)、
フィリピン人メイド“Terry”ことTeresaにアンジェリ・バヤニ。
この中で、出演作を複数本観たことがあるのは楊雁雁だけ。
楊雁雁は、本作品での演技が認められ、金馬獎で助演女優賞を獲得。
マレーシア出身俳優では初めての受賞らしい。
これまでの楊雁雁は、童顔のせいか、可愛らしい、キュートというイメージであったが
妊娠中に臨んだ本作品で見ると、オバさんパーマもしっくり似合うふてぶてしい中年主婦。
役作りとはいえ楊雁雁も年を重ね劣化したなぁ~と思ったが、出産後は元の楊雁雁。
これは、出稼ぎのメイドさんに扮するアンジェリ・バヤニにも言えること。
ふたり共、洗練されたレディではないか。普段の姿と映画の中の姿がぜんぜん違う。化けるわよねぇ~。
楊雁雁は、出産後まだ61キロもあった体重を、5ヶ月で12キロ落としたそう。根性あるわぁー。
これが映画初出演となるシンガポール人の少年・許家樂クンも、とても印象に残る。
陳哲藝監督が何校もの学校を廻り、8千人の中から絞りに絞って選んだ少年。
見るからに、利かない悪ガキで、ズル賢く可愛げ無い態度があまりにも自然で、本当に小憎らしい。
このイライラを抱えたまま最後まで映画を見届けられるのかと心配にさえなったが
途中からスーッと受け入れられるようになった。
演出が良いのか、子役が良いのか、彼が変化していく様子も自然。
決して美少年ではないけれど、あくまでも子供らしい子供であるのが良い。
大ドンデン返しなど起きない想定内のストーリー展開。
拍子抜けするほどフツーで、まったく目新しい話ではないが、素直な描き方に好感がもてる。
マーライオンもマリーナベイサンズも出てこないシンガポールの日常に触れられるのもよろしい。
これまでにもシンガポールの優れた小品は有ったけれど、ようやく国際レベルで認められる作品が出現し
中国、香港、台湾がメインであった映画界でも
まだまだ攻めてきそうな華人ネットワークの潜在能力を見せ付けられた。
陳哲藝監督の今後にも期待。次はどういうテーマで撮るのでしょう。
本作品、日本での配給はアステアとのことなので、その内公開されるのであろう。