【2013年/香港・中国/116min.】
若気の至りで八百長事件に関与し、すっかり落ちぶれたかつてのボクシング王者・程輝は長年暮らした香港を離れ澳門へ。間借りしたのは、精神を病んだ女性・明君と彼女のまだ幼い娘・小丹が二人で暮らす質素なアパート。そして、友人・楊慶新のツテを頼り、ジム・先鋒健身中心で雑用係の職を得る。MMA(総合格闘技)の高額賞金に惹かれ、そのジムの門を叩いたのは思齊という青年。思齊は、建設現場で日金を稼ぎながら、事業に失敗した父の面倒を見ていた。程輝が元ボクシング王者だと知ると、早速彼に指導を乞う思齊。こうしてタッグを組んだ程輝と思齊はMMA開催までの残された僅かな期間で、頂点を目指すため、過酷な特訓を始める…。
2013年、第26回東京国際映画祭で上映された香港の
林超賢(ダンテ・ラム)監督作品。

その東京国際映画祭では観逃したけれど、あまりにも評判が良かったので
その内一般公開されるだろうと漠然と信じていたら、案の定公開に至ったので、今度こそ鑑賞。
物語は、落ちぶれた元ボクシング王者の程輝と
建設現場で働きながら、破産した父の面倒を見る元御曹司の思齊が
マカオのジムで出会い、師弟としてタッグを組み、MMA(総合格闘技)の頂点を目指し奮闘する内に
次第に人間としての尊厳をも取り戻していく姿を描く、負け犬たちの人生復活劇…!
鑑賞前から格闘技をテーマにしている事は知っていて
そういうものに興味の無さそうな女性たちが、本作品を面白いと評するのが、不思議でならなかった。
観て納得。重きが置かれているのは、スポ根ドラマより人間ドラマ。
闘う相手は、MMAの対戦者ではなく、むしろ自分自身。
自分に難題を課し、それを克服することが、不甲斐無い自分への告別となり、
人生を諦めてしまっている周囲の人々への励みにもなる。
詰まるところ、別にMMAじゃなくて、文盲が芥川賞を狙う話でも、
<ねこふんじゃった>しか弾けない男がショパンコンクールに挑む話でも良かったのかも知れない。
出演は、八百長事件で落ちぶれ、借金まみれの中年元ボクシング王者・程輝に張家輝(ニック・チョン)、
建設現場で働きながら父の面倒をみる元御曹司・林思齊に彭于晏(エディ・ポン)、
程輝が間借りするアパートの家主で、心に深い傷を負っている女性・王明君に梅婷(メイ・ティン)、
病んだ母・王明君を支える、しっかり者の少女、“小丹”こと梁佩丹に李馨巧(クリスタル・リー)、
程輝の古い友人で、彼にジムの仕事を紹介する楊慶新に姜皓文(フィリップ・キョン・ヒウマン)、
事業に失敗し、荒れた生活を送る林思齊の父・林園興に高捷(ガオ・ジエ)などなど。
この映画では、張家輝と彭于晏の肉体改造も話題。

ここまで立派なカラダ作りをして撮影に臨んだ張家輝であるが、彼が扮する程輝は
現役ボクサー時代の回想シーンでは、別の若い俳優が演じているし、現在のシーンではトレーナーだし、
ムキになって肉体改造する必要なんて無かったんじゃないの…?!と、映画を観ながら疑問に。
そうしたら、最後の最後で、アラフィフのおっさん自らリングに立つという無茶をしでかした…!!
しかし、張家輝で、中年オヤジらしからぬボディ以上に注目すべきは、やはり演技。
それまで脇役に甘んじてきた張家輝が、主役級スタアの地位に躍り出る機会を作った作品だけのことはあり、
ボディ以上に演技に見入る。美男子ではないから、今の年齢だからこそ、ようやく出てきた味。
自堕落にいきていた男が徐々に変化し、仕舞いには私の中で愛すべきオヤジになっておられた。
程輝がインストラクターをやっているボクササイズのレッスンに参加して
私も程輝の“生「Hey!Girls!」”が聞きたいわ。
元々ドラマより映画志向が強かった彭于晏にとっても、本作品はひとつの転機になったのでは。
個人的には、ここまでムキムキは好みではないが、まぁ随分と鍛え上げたものだ。
扮する思齊は、お坊ちゃま育ちだけれど、父が破産し、今はビンボー。だから…
職場の建設現場に有る物を使い、お金をかけずにワークアウト。
(「ドン底時代、スポーツジムなんて行けなくても、お金節約のため、電車に乗らず歩いたり、
日常生活の中で小まめに動き、自然とスタイルが維持された」と言っていた岡本夏生を重ねた。)
ポンちゃん、こんなに鍛えたら、本当のMMAで闘っても、かなりイイ線行くのでは。
ちなみに彭于晏、台詞は基本的に北京語。たまに頑張って下手な広東語で喋ることも。
最初の登場が、王寶強(ワン・バオチアン)扮する友人と交流している北京のシーンなので
思齊は“大陸の富二代”という設定なのかと思っていたが
彭于晏と同じ台湾出身の俳優・高捷との父子のシーンを観て、思齊は台湾人だったのかと思い直した。
それは、高捷扮する思齊の父が、重傷を負い入院している息子を看病する終盤のシーン。
父が息子のために作ってきた手料理が、とても台湾らしい
地瓜粥(サツマイモ粥)だったのだ。

大陸女優・梅婷扮する程輝の大家さん王明君も、広東語の吹き替えではなく、本人の北京語。
彼女の出身については、映画の中で説明されていないが
男性を追ってとか、出稼ぎとか、何らかの理由で大陸から澳門に流れ着いた女性だと想像させる。
マレーシア華人の子役・李馨巧扮する王明君の娘・小丹は、普段は広東語で、ママとは北京語。
実際に昨今の香港や澳門には、大陸出身の親を持ち、
自然とバイリンガルになるこのような子供が多いのではないだろうか。
脇では、程輝の友人・楊慶新に扮する姜皓文が、相変わらず顔も演技も暑苦しくて、サイコー…!
暑苦しい顔を余計に暑苦しく見せるトラ柄Tシャツもお似合いであった。
暑苦しいと言えば、台湾の“元祖筋肉バカ”劉畊宏(ウィル・リウ)も
程輝と同じジム・先鋒健身中心のトレーナー江志華役で出演していた。
劉畊宏は、役作りじゃなくても、常時筋肉スタンバイOK。女房とのツーショットまで、この暑苦しさっ…!
(こういう撮影にノリノリで応じる女房も劉畊宏に負けず劣らずの変わり者と見た。似た物夫婦。)
面白すぎる。好きだわ、劉畊宏。
あと、鑑賞前に、李菲兒(リー・フェイアール)が
彭于晏とデートしているようなシーンのスチール写真を何枚か見たのだけれど
実際に映画を観たら、冒頭、北京のレストランのような会員制クラブのような店の新人服務員として
チラッと出て、それっきりであった。日本公開版では、
ばっさりカット?

香港電影マニアは、香港映画に過保護なので、私は彼らが言う「面白い!」は大抵信じないのだが
この映画は、人生でくすぶっている人々が前向きな一歩を踏み出す人間ドラマに
アクションやコミカルなシーンまで適度に盛り込んだ巧いエンターテインメント作品で
近年日本で公開された、この手の香港エンタメ作品の中では、上位に食い込む出来だと感じた。
物語の舞台は澳門(マカオ)をメインに北京と香港がちょっとずつで
それら街の風景を観ているだけでも、結構ワクワクできるし。
澳門では、超有名観光スポットも何ヶ所が出てくるのだけれど、いつ、どのように撮影したのだろう。
観光客が居ない時間帯なんて有るの…?深夜や早朝なら、案外静かなのかしら。