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映画『月滿軒尼詩~Crossing Hennessy』

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【2010年/香港/105min.】
“阿來”こと蔣覺來は、母が営む電器店・大電器を手伝いながら、
その母と叔母との3人で暮らす41歳の独身男。
ある日、いつまでも結婚しない息子に気を揉む母が、またまたお見合いをセッティング。
今度の相手は、近所のバス・トイレ用品店で働く20代の女性・愛蓮。
このお見合いを機に、周囲から背中を押され、阿來と愛蓮はしばしば一緒にお茶をするようになるが
当の本人たちは、まったく乗り気では無い。
実は愛蓮には、傷害罪で服役中の阿旭という恋人がいて、彼が出所する日を待ちわびているのだ。
二股をかける気など毛頭なく、阿來にも、阿旭の存在を早々に打ち明ける愛蓮。
阿來にしても似たようなもの。
離婚して再び自分の前に現れたかつての恋人・敏如と曖昧な関係を始めていたのだった…。


『ラヴソング』(1996年)、『アンナ・マデリーナ』(1998年)、『男人四十』(2002年)といった
数々のヒット作の脚本家として知られる香港の岸西(アイヴィ・ホー)
『親密』(2008年)に引き続き発表した自身の長編監督作品第2弾。
『親密』は、2008年第21回東京国際映画祭で上映された際に、私も鑑賞。
この監督作品第2弾も、本当は映画館の大きなスクリーンで観たかったのだけれど
日本では一般劇場公開はおろか、映画祭でもスルーされ、
もう待っても無駄という気がしてきたので、シビレを切らせて観てしまった。



物語は、それぞれにパートナーがいる四十男・阿來と、20代の地味女子・愛蓮が
気の進まないお見合いで知り合い、互いを結婚相手と意識しないまま、
いや、それどころか、相手に「自分には交際している人が居る」と正直に打ち明け、
たまにお喋りしたり、相談する仲となり、知らず知らずの内に心を通わせていく様子を描く、
言わば、草食系男女の決して燃え上がることの無いトロ火のゆるゆるラヴ・ストーリー


主人公二人は、結婚に消極的。
周囲がそんな彼らのお尻を叩き、結婚を急かすのには、それなりの理由がある。

男性主人公・阿來は、すでに41歳。
父を早くに亡くし、母と叔母の3人暮らし。付き合っていた女性は居るけれど、結婚歴はナシ。
41歳までずっと独身だったら、親が心配するのも無理はない。
冗談か本当かは分からないけれど、阿來の話では
母は、お墓参りをする度に、墓石の下の亡き夫から、結婚しない息子の事で責められている気がして、
結果、阿來は、毎年二回、清明節と重陽節の時期にお見合いをさせられているという。
日本に置き換えるなら、毎年春と秋のお彼岸のお墓参りで老母にスイッチが入り、
見合い話を持ってくる、といった感じ。

女性主人公・愛蓮は、子供の頃に両親を亡くし、叔父に引き取られて育った女性。
大人になった今は、叔父夫婦が営むバス・トイレ用品店を手伝っている。
まだ結婚に焦る必要のない20代で、しかも、ご近所では、中国四大美女の一人、西施を引き合いに出し
“馬桶西施(便器屋の西施)”と噂されるほど、そこそこの器量よし。
だったらわざわざ冴えない四十男とお見合いなんて、…とも思うが、実は彼女、ダメンズにハマっているのだ。
そのダメンズ、交際相手の阿旭は、傷害事件を起こし服役中。
愛蓮を育てた叔父が、「マトモな男と結婚させ、そんな男とは別れさせたい。
じゃなきゃ死んだ愛蓮の両親に申し訳が立たない」と思うのも理解できる。

しかし、どんなに周囲が頑張っても、当人にその気が無ければ、なかなか結婚に至るものではない。
阿來は、かつての恋人・敏如と再会し、焼け棒杭に火がつくし、
愛蓮も、阿旭がようやく出所し、彼と自由に会えるようになる。
それぞれの相手とそれぞれに幸せになれるなら、それはそれで“アリ”だが
阿來も愛蓮も、久し振りに恋人と過ごす内に、徐々に違和感を見い出すようになる。
そんな時、ふと気付くと、一緒に居て楽な人が身近に…。



この映画、画面に映し出される舞台となる街もまた魅力的。
『月滿軒尼詩~Crossing Hennessy』というタイトルが示すのは
香港島を東西にはしる大通り、軒尼詩道(Hennessy Road ヘネシーロード)

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物語は、灣仔(ワンチャイ)と銅鑼灣(コーズウェイベイ)を結ぶこのエリアを中心に展開。
大通りには2階建てトラムが走り、夜になると看板のネオンが灯る。
立派なショッピングモールもあるけれど、ちょっと横道に反れると、緑もあれば、下町風情も。
主人公が働く電器屋もバス・トイレ用品店も勿論このエリアだし、
二人がお茶をするのは、小洒落たカフェなどではなく、レトロな茶餐廳・檀島咖啡餅店。
阿來はいつもここで、名物の蛋撻(エッグタルト)を注文。




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出演は、41歳の独身男、“阿來”こと蔣覺來に張學友(ジャッキー・チュン)
阿來のお見合い相手、勞愛蓮に湯唯(タン・ウェイ)
阿來の母・張秀玲に鮑起靜(パウ・ヘイチン)
その母が想いを寄せる“青叔”こと曾傑青に李修賢(ダニー・リー)
阿來の元恋人で、離婚して阿來の前に再び現れる敏如に張可頤(マギー・チョン)
傷害事件で逮捕された愛蓮の恋人、“阿旭”こと黃海旭に安志杰(アンディ・オン)などなど。


“歌神”と称えられる張學友は、お芝居では、まったく神がかっていない冴えない男がよく似合う。
阿來は、結婚や恋愛のみならず、何事にもガツガツしておらず、マイペース。
父を亡くし、母と叔母という女ばかりの家で育ち、しかもその母親がキョーレツな性格だという事も
彼の人格形成に何らかの影響を与えたのであろう。
付き合った恋人・敏如まで、シッカリ者。
そうそう、こういう男性って、結局自分の母親みたいな強い女性に惹かれるのだ。
声を荒げたりしない心根の優しいイイ人なのだけれど
彼の言動には、たまに私をイラッとさせる所があり、「この男、絶対にモテないだろうな」と
阿來がずっと独身でいる事に妙に納得させられた(…自分の事を棚に上げて言うのもナンですが)。



『ラスト、コーション』(2007年)で主人公・王佳芝に抜擢され、一躍トップスタアの仲間入りをしたかと思いきや、
その『ラスト、コーション』のせいで、大陸の廣電總局が彼女を使うなと各方面に圧力をかけ、
芸能界から実質ホサレてしまった湯唯にとって、本作品は記念すべき3年振りの復帰作。
廣電總局に目を付けられてしまったのは、漢奸を愛する女を美化したとか、
性描写が過激だったからとか色々言われているけれど、はっきりした理由は闇の中。
時代の雰囲気を出すため、ワキ毛まで生やし(…!)、体当たりで王佳芝を演じた湯唯は
私にも鮮烈な印象を残した。まったく何がイケなかったのだか。中国って未だ不可解な事が起きる。
とにかく、無事復帰でき、良かった良かった。

復帰作は取り敢えずあまりへヴィな作品にはしたくなかったのであろう。
『ラスト、コーション』で見せた旗袍姿の女スパイ王佳芝も良かったけれど
あれとはとはまったく異なる作風の本作品で愛蓮を演じる湯唯もまた違った魅力。
ラヴコメ要素もある本作品だが、生活感を完全に排除したトレンディドラマとは違うし、
主人公・愛蓮も若くて美人といっても、所詮服役中の男と付き合っている便器屋の看板娘だから
いまひとつ垢抜けない。特に、お見合いで阿來に初めて会う時なんて…

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先方から断ってもらいたかったのであろう。
おてもやんのように頬紅を塗りたくった念入りメイクでイモ姉ちゃんっぷりに拍車。
湯唯は、長身でスタイル抜群だけれど、顔立ちは絶世の美女とは言い難い地味顔。
それが強みで、メイクや衣装で美人にも不美人にも変幻自在。
本作品では、女スパイ王佳芝とは別人の、ダメンズにハマる愛蓮で、野暮ったくもキュートな一面を披露。



阿來の母を演じる鮑起靜の変わり身もスゴイ。
最近観た出演作『生きていく日々』(2008年)や『浮城』(2012年)で扮した質素なおばちゃんとは
同一人物とは思えないゴージャスマダム(…なんて言うと聞こえは良いが、彼女もまた垢抜けない)。
草食系の息子とは異なり、63歳になっても恋に貪欲な女豹。
美容にも気を抜かず、メイクやネイルもバッチリ。ただ、バッチリ過ぎるから…

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…崩れ易い(笑)。こちら、嫉妬で血圧が上がり、病院に担ぎ込まれた時のシーン。


彼女をヤキモキさせた恋のお相手・青叔に扮する李修賢も、私が抱いていたこれまでのイメージを覆す。
私の記憶の中の李修賢は、アクションだったり、ヤクザもんだったり、警察官だったり…。
とにかく、しかめっ面の印象が強かった。
本作品で扮する青叔は、一応大電器の会計係らしいが、働いている様子はほとんど無く、いつものらりくらり。
他にも、年金や、家作からの収入があるらしいので、悠々自適なのだろう。
どこへ行く時も、小脇に座敷犬の友友を抱えていて、その姿が、二丁目のゲイバーのママを彷彿させるため、
まさか女性に興味がある人だとは想像もしなかった。
ただ、その興味の対象があの阿來のママなのだから、趣味はやはり多少変わっている。


愛蓮の恋人・阿旭役に安志杰を起用しているのも、変化球。
阿旭は、頭にカッと血が上り易く、すぐに手が出てしまう単純な男ではあるけれど
本作品には激しい格闘シーンなど無い。アクション抜きで演じる安志杰も良いではないか。




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他、曾國祥(デレク・ツァン)が阿來のママが担ぎ込まれた病院の医師、
鄭伊健(イーキン・チェン)が愛蓮が治療に通う歯科医、
邵美(マギー・シュウ)が結婚登録所の担当官といった具合に、お馴染みの香港明星がチラリと友情出演。
鄭伊健は、岸西の監督デビュー作『親密』の主演男優でもある。





お見合いで知り合った阿來と愛蓮が、紆余曲折を経て、最後には結婚をして、ハッピーエンディング♪
…という最も有りがちな流れを予想していたら、二人はラストまで結婚せず、
結婚をしたのは阿來の母親の方であった。
何事にも積極的で少々出しゃばりなママ、結局は中年の独身息子を差し置いて、自分が2度目の御嫁入か。
予想とは多少異なるけれど、あの母子の性格を考えたら、納得の成り行き。
もちろん阿來と愛蓮も決して不幸ではなく、これから始まる明るい未来を予感させ、
幸せの余韻で映画は幕を下ろす。主人公二人の恋の始まりが、映画の終わりなんて、
オクテでスロースターターな二人に相応しいエンディングではないの。

ドラマティックな事件など何も起きず、平凡な香港人の日常を切り取ったさり気ない作品だけれど、
かと言って小難しい文芸作品でもなく、ちょっとファンタジーを交えた、楽しく心温まる娯楽作であった。
私の生涯の一本に加えるには、作風がやや軽いと感じるが、
落ち込んだ時などにDVDを引っ張り出して観たら、気分を楽しくしてくれそうな、愛すべき小品。
何より、香港の風景が満載なのが良い。
香港に行ったことのある人なら、記憶の片隅に焼き付いているであろう
香港のあーんな風景や、こーんな風景が、次から次へと画面に登場。
お蔭で、香港不足の私に、香港成分を補給できた。
似たようなアクション映画はもういいから、こういう毛色の異なる香港映画を、もっと日本に入れて欲しい。
昨今の日本で香港映画が下火なのは、配給会社の作品選びのセンスにも大いに問題があると感じる。

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