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空を飛ぶ侠女 聶隠娘~唐宋伝奇集(下巻)より

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訳 :今村与志雄
発行:岩波書店




またまた映画のための読書。今回の映画は、こちら(↓)

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今年5月、第68回カンヌ国際映画祭・監督賞受賞のニュースを見ながら
「日本でも早く観たーい!」と公開を待ち望んでいた
台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督最新作『黒衣の刺客』(原題『刺客聶隱娘~The Assassin』)。

侯孝賢監督のお膝元・台湾での公開は2015年8月末、日本での公開は明日9月12日。
現地との差たったの2週間で日本公開とは、中華電影にしては珍しい早さ。
それでも、公開日が判った時は、まだまだ先の事だと思っていた。
この『黒衣の刺客』は、大好きな侯孝賢監督、実に8年ぶりの新作という事もあり、
原作小説を読んで映画鑑賞に備えておこうと考えていたのに、
時の経つのは速いもので、ふと気付いたら、公開がもう目前…!


そこで慌てて本書を購入し、一気読み!

★ 唐宋伝奇集:下

岩波文庫の<唐宋伝奇集>は上下巻から成り、上巻には唐代初期から唐代中期、
下巻には唐代中期から、唐代末期、宋代までの伝奇小説が収められている。

『黒衣の刺客』の原作、裴鉶(はい・けい)の<聶隱娘>は
<空を飛ぶ俠女~聶隠娘(しょういんじょう)>と名付けられ、下巻に収録されているので、
私は取り急ぎ下巻のみを購入。


下巻には、他、どのようなお話が収録されているかと言うと…
01) 杜子春
02) 杵、燭台、水桶、そして釜~元無有
03) みかんの中の楽しさ~巴邛人
04) 冥界からもどった女~斉饒州
05) 同宿の客~辛公平上仙
06) 魚服記~薛偉
07) 赤い縄と月下の老人~定婚店
08) 則天武后の宝物~蘇無名
09) 竜女の詩会~許漢陽
10) 飛天夜叉~薛淙
11) 白蛇の怪~李黄
12) 碁をうつ嫁と姑~王積薪
13) 玻璃の瓶子~胡媚児
14) 女将とろば~板橋三娘子
15) 山の奥の実家~申屠澄
16) 蒼い鶴~戸部令史妻
17) 巨獣~安南猟者
18) 鄭四娘の話~李黁
19) 嘉興の綱渡り~嘉興縄技
20) 都の儒士~京都儒士
21) 腕だめし~僧俠
22) 旁イとその弟~新羅
23) 葉限~中国のシンデレラ
24) 形見の衣~陳義郎
25) 再会~楊素
26) 崔護と若い娘~崔護
27) 麵をとかす虫~消麵虫
28) 李徴が虎に変身した話~李徴
29) 崑崙人の奴隷~崑崙奴
30) 空を飛ぶ俠女~聶隠娘
31) 女道士魚玄機~緑翹
32) 犬に吠えられた刺客~李亀寿
33) 詩人の男伊達~張祜
34) 奇譚二則~画工・番禺書生
35) つばめの国の冒険~王榭
36) 真珠~狄氏
37) 日銭貸しの娘~大桶張氏
38) 居酒屋の女~呉小員外
39) 壁に描かれた字~太原意娘
40) 怪盗我来也~我来也


…と、たっぷり40篇収録。
短い物で3ページ程度、長くても10ページ程度なので、
ちょっと時間が空いたときに一篇、また一篇と、読み易いし、
それぞれがタイプの異なるお話なので、どれかしら好きな物があり、飽きることもない。


ただ、訳注は独特。
なんと、訳注だけでも、本書の約1/4を占めるほど膨大なのだ。
単語の説明のみならず、各々の作品について、作者や作品の解説、版本、
原文をどう日本語に訳したかの説明まで記されているのが膨大になってしまっている要因で、
長い物だと訳注なのに2ページに渡ることもある。
物語の背景を深く知る上では、非常に丁寧で有益だと感じるが、
本文中に振られている訳注を示す番号に当たる度に、巻末に飛び、注を読んでいると、
文章が途切れ途切れになってしまい、物語の全体像が、まったく頭の中に入ってこないという難点が…。

★ 空を飛ぶ侠女~聶隠娘

一応全て読んだが、ここには当初、本書を購入した目的であった映画『黒衣の刺客』の原作、
裴鉶(はい・けい)作の<空を飛ぶ俠女~聶隠娘(しょういんじょう)>についてのみ記しておく。


物語はザッと以下の通り。
聶隠娘は、唐代、貞元(785-805)の頃、魏博節度使の大将をしていた聶鋒の娘。
それは10歳の時のこと。
聶隠娘を見て気に入り、「将軍、娘御をいただいて仕込みたい」と申し出るも
父・聶鋒に怒られ、断られた尼が、彼女を連れ去ってしまう。

5年後、その尼は「すっかり仕込みました。お引き取り下さい」と聶隠娘を親元に返し、姿を消す。
両親は、失踪した娘の帰還を喜び、この数年何をしていたのか問いただすと、
聶隠娘は「本当の事を話しても信じてもらえないと思うけれど…」と戸惑いながらも
彼女が5年の間に学んだ事や、最後に尼が彼女の脳の後ろを開いて、そこに匕首(あいくち)を隠し、
「使う時は、すぐに匕首を抜き出しなさい。お前の技は上達したから、家に帰っていい。
20年後にまた会えるだろう」と言い、こうして親元に戻されたことを説明する。

父・聶鋒は、その後も聶隠娘が夜になると消え、
夜が明ける前に戻るという生活を繰り返していることに気付くが、本人には何も問いたださず、
次第に娘をあまり可愛がらなくなる。

ある日聶隠娘は、門前を通り掛かった鏡磨きの青年を見て、
「この人なら、私の夫になれる」と感じたことを父・聶鋒に話す。
鏡に水をつけて磨くくらいしか出来ない青年であったが、父は結婚を承諾し、
夫婦に充分な衣類や食物、住居を与え、数年後亡くなる。

さらに数年経った元和年間(806-820)。
聶隠娘は、魏博節度使から、折り合いの悪い陳許節度使・劉昌裔の暗殺を命じられ、夫と共に許州に赴く。
いざ会ってみると、殺すべき劉昌裔は神通力のある立派な人物。
聶隠娘は、魏博を捨て、当地に留まることを決める。

ところが、そのせいで、聶隠娘は魏博節度使から狙われることに。
魏博節度使がまず送り込んできたのは精精児。
聶隠娘は、手段をつくし、精精児を殺め、薬を使って水に変えてしまう。

次に聶隠娘は、明後日、魏博節度使が空空児を送り込んでくることを予知する。
空空児は、神変不思議な術の担い手で、動きが察知できない。
そこで聶隠娘は、蠓虫に変身し、陳許節度使・劉昌裔の腸の中に潜り込み、様子を窺うことを提案し、
劉昌裔もこれに同意する。
深夜、案の定、首の辺りで鋭い音がしたので、劉昌裔の口から外に出た聶隠娘。
首のまわりを調べると、やはり匕首の痕跡を発見。
空空児は、一撃で命中しなかった事を恥じ、千里さきまで飛び去ってしまったのだ。
この一件で、劉昌裔は、聶隠娘を益々手厚く処遇するようになるが、
元和8年(813年)、聶隠娘は「これからは自然の風物を楽しみ、道を会得した人を訪ねようと思います」と
彼の地を離れ、次第に消息が分からなくなる。

やがて劉昌裔も亡くなり、子息の劉縦が陵州の刺史に任命され、赴任の途次、
昔と容貌の変わらぬ聶隠娘と偶然再会し、
「若様、そこにお出でになってはなりません。大変な災難に遭います」と忠告され、薬をひと粒飲まされる。
この薬の効力は一年だけだから、来年急いで役人をやめ、洛陽に戻れば、禍を逃れられるというが、
劉縦は、その言葉をあまり信じなかった。

一年後、役人をやめなかった劉縦は、案の定陵州で死亡。
以後、聶隠娘を見た人はいなかった…。


匕首を切り開いた脳の後ろに隠すとか、虫になって腸に中に潜むとか、なんとも摩訶不思議なお話。
ほんの10ページ程度の物語だが、侯孝賢監督は、これをどう100分以上の映画に膨らませたのだか。


そう言えば、映画のスチール写真でよく目にするこちら(↓)

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これが原作小説にも出てくる匕首で、聶隠娘のお約束の武器なのかしら。




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キャストだが、主演女優・舒淇(スー・チー)が扮するのはもちろん聶隠娘。
私のお目当て張震(チャン・チェン)が演じる田季安は、この伝奇小説の中に名前が出てこない。
だが、田季安(?-812)が実在の魏博節度使であることから、
作中“魏博節度使”と記されているのが張震扮する男と推測。
本書の訳注には、唐代、元和年間の頃、魏博節度使だったのが、田季安と田弘正(764-821)だったため、
両者の内のどちらかが、この人物に該当すると解説されている。
その田季安が聶隠娘の元許婚といった映画オリジナルの設定も色々盛り込まれているみたい。
日本で最も注目されている妻夫木聡が演じる鏡磨きの青年は、
原作の中では聶隠娘の夫となる青年だけれども、
映画では(日本公開版のみとは言えど…)、忽那汐里が妻役との事だし、もしや重婚??
遣唐使として唐に渡った日本人という設定も、原作にはない映画オリジナル。


他、魏博節度使が聶隠娘を消すために送り込んでくる刺客、精精児と空空児は、
それぞれ大陸女優の周韵(チョウ・ユン)とフランス人アーティスト畢安生(ジャック・ピクゥ)が演じている。
これら二人の刺客は、小説を読みながら勝手に若い女性を想像していたので、
空空児が男性、しかも若くない男性、しかもしかもおフランス人とは、私にとっては超意外。

★ その他の収録作品

日本の芥川龍之介が、ズバリ<杜子春>という小説を著しているように、
後世、広く国内外の文学に影響を及ぼした唐代、宋代の伝奇。
芥川龍之介の<杜子春>ほど顕著でなくても、例えば<李徴が虎に変身した話~李徴>で
虎になってしまった李徴が、元同僚と人間の言葉で会話するくだりなどを読んでいたら、
秦代から漢代の中国を舞台に、狼になった男を描いた井上靖の<狼災記>がふと頭に浮かんだ。

唐宋伝奇の影響は東洋のみならず、“シンデレラ中国人説”(…!)の元になっている
<葉限~中国のシンデレラ>なんて伝奇もあるのだから、興味深い。
葉限に関しては、数年前、大陸女優・張靜初(チャン・ジンチュウ)が“シンデレラ中国人説”の謎を追う
ディスカバリーチャンネルの番組を観て以来とても気になっていたけれど、
元となった物語を読むのは、今回が初めて。
(余談になるが、この番組は全て英語で進行される番組。
この時初めて聞いた張靜初の英語は、帰国子女どころか、留学経験さえない人の英語とは
とても信じ難いレベルの流暢なもので、“シンデレラ中国人説”以上の衝撃であった。)


“伝奇=世にも奇妙な昔話”ではなく、
唐~宋代に書かれた文語体の短編小説は広く“伝奇”に分類されるようだけれど、
私が今回読んだ<唐宋伝奇集:下>の中では、前出の<李徴が虎に変身した話~李徴>の他、
<魚服記~薛偉>、<赤い縄と月下の老人~定婚店>といった摩訶不思議な物語が取り分け印象に残った。

<赤い縄と月下の老人~定婚店>は、縁結びの神様として知られる月下老人や、
日本でもよく語られる“運命の赤い糸”の元になった物語。
早く結婚したいのになかなか縁談がまとまらない韋固という男が、冥界からやって来たとある老人から
“将来の妻”と教えられたのが、市場で野菜を売っている老婆のひどく醜い3歳の女児だったため、
カッときて、奴隷を雇い、その娘を殺し、14年後目の醒めるような美しい少女と結婚。
ところが、その妻の眉間に刀の跡が有ったことで、昔奴隷に殺害させようとした女児が、
今の妻であることに気付く、…とまぁザッとこのようなお話。
私にとって意外だったのは、この韋固という男が、妻に「昔、きみを殺そうとしたのは私だ」と告白して以降。
なんと妻は「不思議だわ。運命ですわね」といい、夫婦は互いに益々尊敬し合ったというのだ。
もし私がこの妻なら、間違いなく人間不信に陥るワ…。

この<赤い縄と月下の老人~定婚店>に限らず、えっ、そんなオチでいいの?!と思わずにいられない
何とも腑に落ちないラストや、もしくはあまりにもあっけないラストで閉じる物語が多い。
それがあの時代の感覚なのか、お国柄の違いなのかは、不明。





裴鉶(はい・けい)の伝奇小説<空を飛ぶ俠女~聶隠娘(しょういんじょう)>を原作とした映画
『黒衣の刺客』は、いよいよ明日、2015年9月12日(土曜)日本公開。
この伝奇が、侯孝賢監督の手でどのような映画になったのでしょう。

せっかく待ち望んだ作品なのに、日本向けに再編集させ公開する(→参照)日本の配給会社に対しては
「なんで世界中で日本だけが別物を観させられなきゃいけないのヨッ!“カンヌ受賞作”のまんま公開しろ!」
怒りでワナワナ打ち震えているが、残念ながら選択肢が無いので、日本公開版でも鑑賞いたします。
(本当なら、カンヌ受賞作のまんまの国際版で公開し、国際版でカットされた忽那汐里のシーン等は
DVDの特典映像にするべきだったのでは…?!)

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