【2014年/中国・香港/130min.】
2009年7月18日、中国・深圳。小さなインターネットバーを営む文軍の息子・鵬鵬が突如姿をくらます。警察に頼んでも動いてもらえず、離婚した元妻・曉娟と共に、近隣を探すが、鵬鵬の足取りはつかめない。鵬鵬は何者かに誘拐されたのだ…。ありとあらゆる手段で捜索を続けるも、鵬鵬は見付からないまま月日は無情に流れるばかり。文軍の弱みに付け込み、懸賞金目当てで嘘の通報をしてくる者も少なくない。3年が経ったある日、文軍にようやく有力な情報が入る。文軍は元妻・曉娟を伴い、藁にも縋る思いで安徽省へ飛び、農家の庭先で鵬鵬らしき少年を発見。随分成長しているが、少年の額の傷を見て、鵬鵬と確信。しかし、鵬鵬はすでに実の両親を覚えておらず、彼を連れて立ち去ろうとする文軍と曉娟に激しく抵抗し…。
『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ~中國合夥人』(2013年)以来の

本作品は、みすみす2016年1月16日に日本での一般劇場公開が決まっている。
『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』は、東京・中国映画週間で上映され、そのままお蔵入り状態なので、
日本で陳可辛監督作品が劇場公開されるのは、『捜査官X』(2011年)以来。
日本でのお披露目となったフィルメックスでは、上映終了後に、来日した陳可辛監督によるQ&Aも実施。
本作品は、ある日忽然と消えた鵬鵬という男児の誘拐事件を軸に、鵬鵬を探し続ける実の両親や、
鵬鵬に“吉剛”と名付け、我が子同然に愛し育ててきた養母らの苦悩や葛藤を描くヒューマン・ドラマ。
作品が取り上げているテーマは、中国で問題になっている児童誘拐事件。
近年日本でもしばしば報道されているように、中国では行方不明になる子供が年間約20万人にも上る。
本作品も、2008年、深圳で湖北籍の男性・彭高峰の一人息子“樂樂”こと彭文樂が突如消え、
3年後の2011年に農村の女性・高永俠に育てられているところを発見されたという
中国で実際に起きた誘拐事件がベース。
その昔、日本で誘拐というと、身代金目的が大半であった。
海外のもっと貧しい国だと、さらに悲惨で、臓器を得るためや売春させるための人身売買が、よく語られる。
中国で近年問題になっている児童誘拐は、そういうのともまた異なり、
誘拐された子の多くは、主に農村で売られ、養父母の元育てられる。
その背景には、一人っ子政策や中国の伝統的な価値観があり、
男児や働き手、また老後の面倒をみてくれる子を欲しがる傾向があると言われる。
そのような児童誘拐を取り上げる本作品は、ザックリ2ツのパートから成る。
前半は、鵬鵬という少年が誘拐され、すでに離婚している彼の両親が、必死に捜索する様子が中心。
その鵬鵬が、3年後奇跡的に発見される。
普通なら、子供が元の家に戻ってハッピーエンディング♪で映画は幕を下ろしそうなものだけれど、
本作品はそこで終わらず、後半は、鵬鵬に“吉剛”と名付け、育ててきた養母の目線を中心に描かれる。
この養母・紅琴は、子供に恵まれなかった貧農の女性。
夫はすでに死亡しており、警察沙汰になるまで、まさか吉剛(鵬鵬)が、夫に誘拐された子だったとは知らず、
我が子同然に、愛し、大切に育ててきた。
事件が明るみになったことで、愛しいその子を突然奪われてしまうことになるのだ。
さらに、その後半には、子供が戻ってきたことで始まる、実の親の苦悩や戸惑いも描かれている。
良く言えば“柔軟性のある”小さな子供は、3年間も余所で過ごしたら、
育ての親を本当の親と思い込むのは勿論のこと、生活習慣も新たなものに馴染んでしまう。
この映画の中でも、実の親元に戻った鵬鵬は、すでに農村の子化しており、
農村で覚えたズーズー弁で喋るくらいならまだしも、ごく自然に床にツバを吐くし、
トイレで用を足す習慣さえ無くなっている。
これでは、空白期間に我が子が我が子でなくなってしまったようで、親も戸惑うわよねぇ…。
実の親&育ての親を演じる3人は、息子・鵬鵬を誘拐された田文軍に黃渤(ホアン・ボー)、
田文軍とはすでに離婚している元妻で、鵬鵬を産んだ母親・魯曉娟に郝蕾(ハオ・レイ)、
鵬鵬を誘拐児とは知らずに、“吉剛”と名付け育てる農村の女性・李紅琴に趙薇(ヴィッキー・チャオ)。
今回お笑いを封印して、愛息のために奔走する父親を演じている黃渤が、とても良い。
ぜんぜん“かっこいいパパ”ではない黃渤が演じるからこそ滲み出る一生懸命さが、胸を打つ。
郝蕾は好きな女優さんで、今回も安定の演技。
でも、これまでのイメージを打ち破る挑戦をしていると言えるのは、もう一人の女優、趙薇の方かも知れない。
アイドル女優として大ブレイクし、若い頃から第一線で活躍してきた趙薇が、
本作品では農村の女性をノーメイクで熱演。
趙薇が“ひと皮剥けた”と感じるのは、『少林サッカー』(2001年)以来。
当時まだバリバリのアイドルだった彼女が、不細工な饅頭売りに扮し、
密かに想いを寄せる周星馳(チャウ・シンチー)扮する主人公に、悪趣味な厚化粧でアプローチするシーンは、
爆笑モノで、ひと皮剥けたNEW趙薇を拍手を送った。
それから13年経った本作品では、逆にノーメイク。
…ただ、やはり女優さんはノーメイクでも、色が白く、シミやシワも目立たず、、それなりに綺麗。
趙薇史上最も不美人だったとしても、中国の本物の農村の女性には見えない。
これくらいだったら、“ノーメイクの趙薇>バッチリ化粧した私”って感じ。![]()

ノーメイクより、和泉雅子を彷彿させる洒落っ気の無いザンギリ頭の方が、
役作りの助けになっているように思う。
脇で注目のキャストも見ておくと、
自身も子供を誘拐され、田文軍らと共に捜索を続ける韓忠に張譯(チャン・イー)、
その妻・樊芸に張雨綺(キティ・チャン)、李紅琴を助ける弁護士・高夏に佟大為(トン・ダーウェイ)等々…。
張譯は、本作品と『山河ノスタルジア』と、出演作を立て続けに2本観賞。
両作品で演じているのは、共に田舎の成り上がり者。
大陸で“田舎成り金”を演じさせたら張譯の右に出る俳優は居ないんじゃないか?!
と思えるほど、リアルで巧い!
どんなにキャリアを積んでも、泥臭さの抜けない顔立ちが良いのだ、多分。
本作品で演じている韓忠は、職業に関しての説明はほとんど無いが、
とにかく成功者で、住んでいるのは高級住宅街、乗っているのはドイツ車。
でも、トレンディドラマに出てくるような洗練されたセレブではなく、
ウエストで光るエルメスの“H”バックルも浮きまくりの、どこか野暮ったい成り金風情が、やけにリアル。
張雨綺は今回、周囲の個性派に埋もれ、非常に影が薄い。
演じている樊芸は、ごくごくフツーの垢抜けた美人セレブ妻で、
田舎成り金風情の夫・韓忠とぜんぜんバランスが取れていないのだけれど、
こういう見た目がチグハグな夫婦は、中国で実際によく見掛ける。
念の為言っておくと、“成り金=悪人”ではない。
張譯と張雨綺が演じる韓忠&樊芸夫婦も、子供を誘拐された被害者でありながら、
同じ境遇の仲間たちのために一生懸命尽くすが、結局仲間内で子供が戻って来たのは田文軍だけ。
田文軍を祝ってあげたくても、心底喜べなかったり、新たに子供をもうけてよいものかと悩んだり。
先の見えない捜索に疲弊していく被害者の複雑な心情は、この夫婦からも伝わってくる。
児童誘拐という社会問題を、単純に被害者の側から捉えるのではなく、加害者の側からも描くことで、
善悪の線引きの難しさや、問題の根深さを浮き彫りにしている作品。
消えた子供はどこへ行ったのか、どうやって行方を追うのかというミステリーとしても面白い。
また、細々した描写から、都市部と農村部の経済格差や教育格差が垣間見えるのも興味深いが、
社会派作品というより、よく出来たエンターテインメント作品という印象。
社会派としてなら、私が今までに観た同じテーマを扱ったドキュメンタリー、
取り分け、2012年にNHKが放送したドイツFilmtank制作のドキュメンタリー作品、
『盗まれる子どもたち~Kidnapped and Sold - China’s Stolen Children』の方がはるかに上出来。
私個人の好みだと、こういうテーマは、やはりドキュメンタリーには敵わない。
ただ、陳可辛監督がQ&Aで語っていたように
「映画を通すことで、より多くの人々に問題に関心もってもらう」というお役目は、充分果たしていると思う。
日本における中華電影の固定ファンは、かなり限られていると思うが、
本作品は、現代中国の社会問題に興味がある人や子を持つ親など、広い層に受け入れられるかも?
少なくとも、アクション映画よりはヒットするはず。
