【2016年/日本/141min.】
暑い夏のある日、八王子の住宅で、夫婦が殺害されるという事件が発生。現場に“残されていたのは、怒”という血文字。その後の捜査で、山神一也という30歳の男性が犯人と断定されるが、整形して逃亡している山神の足取りが掴めぬまま、すでに一年が経過。<千葉>槙洋平は、3ヶ月前に家出した一人娘・愛子を歌舞伎町の風俗店でようやく見つけ、自宅に連れ帰る。実家に戻った愛子の日課は、漁協で働く父にお弁当を届けること。そこでは、愛子の家出中にやって来た田代哲也という青年がアルバイトをしてた。田代と次第に親しくなり、交際を始めた愛子は、やがて近所に空いたアパートを見付け、「彼と一緒に暮らしたい」と父・洋平に打ち明ける。戸惑いながらも、自分の名義でそのアパートを借りる洋平。こうして愛子と田代の同棲生活が始まる。<東京>大手通信会社に勤務する藤田優馬は同性愛者。夜な夜なゲイの仲間たちと盛り上がり、華やいだ生活を送っているかのように見える優馬だが、実はたった一人の肉親である母が末期癌に侵され、ホスピスに入院中。そんな優馬が、ある晩、新宿で大西直人という青年と出逢う。無職で、知り合いの家を転々としているという直人を、家に招き入れ、「俺、全然信用していないから。何か盗んだら通報するよ」と言いながらも、結局一緒に暮らし始め、直人と過ごす時間に安らぎを感じる優馬。躊躇しながらも、ホスピスにも直人を連れて行き、母に「友達」と紹介。それ以降、仕事に忙しい優馬に代わり、見舞いに来る直人に、母も打ち解けていく。<沖縄>小宮山泉は、男性問題をこじらせた母と、本州から逃げるように沖縄に越してきた女子高生。ある日、同級生の知念辰哉に、ボートで離島に連れて行ってもらった泉は、砂浜に辰哉を残し、一人で島を探索中に、廃墟で暮らす田中という男と遭遇。自由気ままに生きる田中に興味を抱き、離島にまた彼を訪ねるようになる。とある週末、辰哉に誘われ、那覇まで映画を観に行くと、そこで、離島に籠っているはずの田中と偶然会い、流れで3人は居酒屋へ入り、楽しいひと時を過ごす。夜も更け、田中と別れ、帰路につこうとした泉だが、泡盛に酔いつぶれた辰哉がどこかに消えてしまう。辰哉を探している内に人気のない公園に迷い込んだ泉は、背後から2人と米兵に羽交い絞めにされ…。

2010年の作品『悪人』同様、
吉田修一の同名小説が原作。

私は、原作未読。内容をほとんど知らずに、映画を鑑賞。
八王子の住宅で夫婦を殺し、“怒”の血文字を残し、消えた犯人の行方が掴めぬまま一年が経過した頃、
千葉、東京、沖縄に素性の知れない3人の男、田代哲也、大西直人、田中信吾が出現。
それぞれの土地で、3人それぞれと出会い、交流を始めた者たちが、
彼らを信じたい気持ちと猜疑心との間で苦悩する姿を描くと同時に、
事件の真犯人を暴いていく
ヒューマン・ミステリー。

千葉、東京、沖縄の3ヶ所で綴られるエピソードには、それぞれに人間ドラマがある。
普通とちょっと違うがために、好奇心の目に晒される娘と、彼女を守ろうとする父、
末期癌に侵された唯一の肉親・母を案じながら、嘘くさい華やかな生活を送るゲイのエリートサラリーマン、
男グセの悪い母に振り回される高校生、沖縄の基地問題などなど、
説教臭くない程度に社会問題を盛り込んだ群像劇として、それだけでもう充分興味深い。
そこに、さらに、殺人事件の真犯人探しというミステリーの要素が加わる。
千葉、東京、沖縄に現れた3人は、皆素性がはっきりしない男でありながら、
それぞれの土地で、友情や愛情を育み、彼らなりの人間関係を築いていく。
でも、受け入れる側にとって、謎多き人と真の関係を築き上げるのは、容易な事ではない。
いや、どんなに謎めいていても、皆、今目の前に居るその人自身を評価し、交流していくのだが、
物語後半、殺人犯の指名手配写真が公開されると、事態がドッと動く。
それまで、自分を騙しながら心の奥底に仕舞い込んでいた“疑う気持ち”が、
指名手配写真をキッカケに、フツフツと沸き上がってきてしまう。
この指名手配写真が上手い!
疑わしい3人、田代哲也、大西直人、田中信吾の顔を合成して作っているのだろう。
夫婦を殺した犯人は、整形して逃亡しているから、現在の顔がよく分からないという事になっているのだが、
指名手配写真には、3人の要素が少しずつ入っているから、見ようによって、誰にでも見えてしまうわけ。
“ソックリ”ではなく、“微妙に似ている”程度なのがミソ。
人は、知らず知らずの内に心の目にフィルターをかけてしまうもので、
そのフィルター越しに謎多き人を見ると、往々にして、信じてあげたいという気持ちより、
疑う気持ちが勝ってしまうものなのです。
出演者を登場する場所別にざっとチェック。
【千葉】
漁協でアルバイトを始めた前歴不詳の田代哲也に松山ケンイチ、
3ヶ月の家出から実家に戻り、田代と恋仲になり、同棲を始める槙愛子に宮あおい、
漁協で働く愛子の父・槙洋平に渡辺謙。
宮あおいは、李相日監督からのリクエストで、7キロも増量したのだと。
あれで7キロ増量した状態だったら、元はどんなだったのだろう。
扮する愛子は、本作品の最初の登場シーンで、歌舞伎町の風俗店で働いている。
風俗嬢と言っても、スレッからしという雰囲気ではない。
“客からの要望に応え、一生懸命サービスしてしまうから、身も心ももうボロボロ”
というエピソードからも想像がつくように、危うい面を持つ純真すぎる不思議ちゃんタイプ。
確かに、そういう女の子を演じるなら、モデルのようなスレンダー体形より、ポッチャリさんの方が合う。
宮あおいの場合、そこまでポッチャリさんには至っていないけれど、
お馬鹿とピュアが紙一重の危うさがよく出ていて、何をしでかすか分からず、ハラハラさせられた。
その父・槙洋平に扮する渡辺謙は、
実物を間近で見たら、きっと圧倒されてしまうくらいカッコイイ中年男性だろうし、
ハリウッドに進出し、世界でも名が知られるようになったのに、
漁協で働く冴えない父親をリアルに演じる姿を見て、
あぁ、本当にちゃんとホンモノの役者なんだなぁ~、と改めて思い知らされた。
バカボンのパパみたいなチヂミのシャツも、しっくり似合っちゃって、
色々な感情を溜め込んでいるオヤジの背中に哀愁感じたワ。
【東京】
家も無く、職も無い青年・大西直人に綾野剛、
新宿で出逢った直人を家に住まわせる同性愛者のエリートサラリーマン藤田優馬に妻夫木聡、
末期癌に侵され、ホスピスで最期の時を迎えようとしている優馬の母・藤田貴子に原日出子。
ブッキーは、『69 sixty nine』(2004年)、『悪人』(2010年)に続く3度目の李相日監督作品。
彼は『悪人』でかなり評価され、実力派の仲間入りをしたかのように言われ、私もそう思ったけれど、
今回『怒り』を観たら、前の2作品がすっかり飛んでしまうほど、本作品での印象が強烈で、しかも良かった。
ゲイを演じるのは、もしかして初めてか?
「今回、役作りの参考にはしていない」とした上で、ブッキーもインタヴュで、
「『悪人』の役作りを考える時、李相日監督と観た『ブロークバック・マウンテン』(2005年)は好きな映画」とか、
「『ブエノスアイレス』(1997年)を皆で観た」と言っているように、
中華圏だと、同性愛を描いた名作が多かったり、私好みの男優は、ゲイを上手く演じる人が多いのだけど、
日本では“ゲイ達者”な男優が少ないように感じていた。
まさかブッキーがこんなにリアルに切ないゲイを演じるとは。
見た目も、ヒゲの生やし方、筋肉の付き方、服の着こなし等が、イメージ通りのゲイ。
ここまで成り切っていると、新婚の妻・マイコも、「もしかしてホンモノなのでは…」と猜疑心を抱きかねない。
そういうレベル。アッパレでございます。
念の為記しておくと、『ブロークバック・マウンテン』はアメリカ映画でも、監督は台湾出身の李安(アン・リー)。
ついでにもう一ツ言っておくと、優馬がゲイの仲間たちとプールサイドのパーティーではしゃぐシーンでは、
台湾映画『GF*BF』(2012年)の中の許神龍の結婚式シーンを思い出した。
ブッキー、相手役の綾野剛とは、撮影中ホテルで同棲(?)していたのだとか。
綾野剛の“萎縮した猫”みたいな雰囲気も良かった。
【沖縄】
無人島に住み付くバックパッカー田中信吾に森山未來、
男グセの悪い母親と逃げるように沖縄に越してきた高校生・小宮山泉に広瀬すず、
民宿の息子で、同級生の泉に想いを寄せる知念辰哉に佐久本宝。
森山未來は、知名度の割りに、映画出演は案外少ない俳優さん。
出演本数が少なくても、本作品がもう代表作になってしまったと感じさせるくらい、記憶に残る存在感と演技。
自由気ままに南国に住み付いているこういうバックパッカー居そう!と思わせるフツーな雰囲気と、
ひとたびスイッチが入ったら、思わぬ行動を起こしそうな狂気を内に秘めた感じ、
それら両方が混在していて、薄気味悪い。
広瀬すずは、『海街diary』(2015年)での少女らしい初々しさが好きだったのだけれど、
その後はつまらない普通のアイドル女優っぽくなってしまったように見受け、少々失望。
そうしたら、本作品では、またちゃんと成長を見せてくれた。
強姦被害は、相当な覚悟で挑んだに違いない。「誰にも言わないで」の台詞に胸が締め付けられる。
その広瀬すず扮する泉に想いを寄せる知念辰哉を演じる佐久本宝という男の子は、
オーディションで1200人の中から選ばれた新人なんですって。
“佐久本宝”と書き、“さくもと・たから”と読むそう。
今風のイケメンアイドルの要素がまったく無いのだが、親しみ易い容姿と、耳に心地よい沖縄訛りで、
純朴な青年を好演。
あと、そうそう、この映画、
坂本龍一が担当している音楽も良かった。

特に、チェロの響きが心地いいなぁ~と、ウットリさせられた曲は、
クロアチア出身の2人組、2CELLOSが弾いているらしい。
(↓)これ、これ。<M21-許し forgiveness>という曲。
重厚感がありながら、心に響く優しいメロディで、タイトル通り、“怒り”ではなく、“許し”を感じる。
2CELLOSって、もっとアップテンポで、気分を上げるような曲のイメージが強かったけれど、
こういう重厚でしっとりした曲も素敵。
ヒューマンドラマとしても、ミステリーとしても、よく出来た作品。
最後に犯人が判明し、スカッとするかというと、そうでもなく、
それ以上に信じる事の難しさを考えさせられる。
「人をちゃんと信じましょう!」と全力で信じる事の大切さを説いているわけでも、
「疑ってかかれ!」と人を簡単に信じるべきではないと説いているのでもなく、あくまでも“信じる事の難しさ”。
3ツのエピソードが描かれている本作品では、
信じた、もしくは信じ切れなかった結果も、3パターン描かれている。
相手を信じ切れず、真実を知った時には手遅れになっていた“後悔先に立たず”のパターン、
同じように相手を疑い、真実を知り後悔しても、やり直しが効くパターン、
そして、何の疑いも抱かず、相手を信じていたがため、裏切られ、悲劇が起きてしまうパターン。
私には、そこまで壮絶な実体験が無いので、どのパターンにしても強く共感することはないが、
登場人物たちのちょっとした心の揺らぎ等、誰しもが自分に重ねられる小さな要素が散りばめられているから、
観ていて心苦しくなったり、タメ息が漏れたり。
決して明るくなく、むしろ重いテーマが、141分延々と綴られるわけだけれど、
次に何が起きるのか?!という好奇心や、魅力的な俳優陣の演技にグイグイ引き込まれ、退屈するヒマ無し。
基本的に李相日監督作品はどれも好みだが、その中で、今のところ、本作品が私のベストかも。