【2016年/香港・フランス/163min.】
中国・雲南省。間違って登録された戸籍を未だに訂正していない少女・小敏の本当の年齢は15歳。彼女は家族と共に長距離列車に乗り込み、住み慣れた故郷から遠く離れた東の湖州へと向かう。多くの縫製工場がひしめき合うこの地へやって来た目的は、やはり縫製工場で働くこと。そこには、小敏と同じように、中国各地から出稼ぎにやって来た者たちが、工場と隣接する宿舎に住み込み、日々仕事に明け暮れていた…。
第17回東京フィルメックスで、特別招待作品として上映された
王兵(ワン・ビン)監督最新作を鑑賞。

2016年晩夏、第73回ヴェネツィア国際映画祭のオリゾンティ部門に入選し、
同部門の
脚本賞を受賞した作品。

王兵監督作品は、基本的に長い。
この新作も、年々持久力が落ちている私にはややキツイ152分という尺。
王兵監督作品を観ることは、私にとっては、もはやオノレを鍛えるための修行なので、
今回も、覚悟を決めて、有楽町朝日ホールへ向かったにも拘らず、
上映前に流れた「上映時間は163分です」というアナウンスに我が耳を疑い、
そして、ふつふつと沸き上がって来たあの絶望感は一体ナンなのでしょうーか…(笑)?!
普段は、海外の映画やドラマの日本公開版が、オリジナル版からカットされていると、不満タラタラなのだから、
当初の物より11分も余分に観せていただけることに感謝しなければなりませんね。![]()

本作品を簡単に説明すると、浙江省湖州に集まる労働者たちを追ったドキュメンタリー作品。
上海から約150キロほどの距離にある湖州は、どうやら
アパレル産業が盛んな地域らしい。

1万8千軒以上の小さな工場が建ち並び、中でも子供用の衣類は有名で、
中国の約70%もの子供服が、made in 湖州なのだと。
中国人の王兵監督さえ、当初そのような状況を知らなかったらしいが、
この地域で撮影を続行しようと決めた大きな要因の一つは、その事実を知ったことにあるようだ。
結局、
撮影は2014年から2016年まで行われ、

そこで生きる労働者たちの仕事や生活をカメラに収めている。
日本では、世界の工場として成長した中国が大きな転換期を迎え、
産業構造の変革に迫られていると言われ、幾久しい。
このドキュメンタリー作品も、安い人件費を頼りに、格安衣料を大量生産していたものの、
時代の流れで、変化せざるを得なくなった縫製工場でも取材しているのかしら、…なんて予想していたら、
いやいや、相も変わらず、人件費は安く、しかも一日15時間労働なんてザラという
かなりのブラックぶりが窺えた。
実際のところ、その“時代の流れ”のせいもあり、皆経済的余裕は無さそう。
それは、使われる立場の労働者のみならず、工場を経営している側も同じ。
この御時世、小規模工場の経営者の多くは、従業員をこき使うだけ使い、自分はウハウハなんてことはなく、
激しい競争の中、取引先から買い叩かれ、自転車操業でなんとか倒産を免れている感じ。
その下で働く従業員は、さらに悲惨で、
皆肉体的にも精神的にも追い詰められ、もうボロボロかと思いきや、案外、人それぞれ。
“低層の人たちはこうあって欲しい”という外の人間の、ちょとした優越感から来る、無意識下の思い込みが、
“可哀相な労働者”像を創り上げているのかなぁ、などとも思ってしまう。
もちろん、彼らが置かれた立場は酷く、そういう労働者が社会的弱者であることは紛れもない事実だけれど、
マルチ商法で稼ごうとする者が居たり、ハードな仕事をサッサと辞めてしまう若者も居たり、
意外と強かに生きている人たちが見られて面白い。
仕事を辞めると決めたその若者が語った労働時間は、
お昼ご飯をかき込むほんのちょっとの時間を除く早朝から深夜までと、確かにかなりの悪条件。
そんな過酷な仕事をどれくらい続けたのかと質問され、彼が答えた「一週間」に、若干肩透かしを食らった。
昔の人なら、「まったく近頃の若いモンは…」とタメ息をつくであろう。
その若者は、(↓)こちら。
見た目からして、日本人がイメージしがちな“可哀相な出稼ぎ労働者”ではなく、今どきの大学生風。
どんな悪条件にも耐え、ひたすら働くしかなかった“おしん”のような労働者が多かった頃は、
もう今は昔なのだと、改めて感じる。
こういう若者が増え、労働者の確保が難しくなりつつあるから、条件を緩和しているかというと、そうでもなく、
一日に70着しか縫えないという理由で、解雇される人も登場。一日最低百着が、雇用の条件なのだと。
一般的な一日8時間労働だとしたら、5分以内に一着縫い上げなければ百着に到達しないと考えると、
いかに重労働かが想像できる…。
まあねぇ、中国のこの業界も、今は過渡期だろうから、この先どういう方向に進んでいくのやら。
色んな労働者が出てくる群像ドキュメンタリーになっている本作品でも、
取り分け印象に残るのが、通称“二子”という“汪”姓の男と、その妻。
湖州に出てきて、夫婦で小さな店を始めたものの、妻はお金も持たされないまま追い出され、
「息子にお土産を買うお金をくれ」、「このお店は私の物でもある」などと言っても、聞き入れてもらえず、
それどころか夫は、彼女に罵声を浴びせた上、殴りかかろうとする始末。
このような夫婦喧嘩のシーンを、よくカメラに収められたと思う。
妻には絶対にビタ一文もやらない!別れてやる!と息巻く夫に、
「そうはいかない、財産分与というものがあるんだよ」と教えてやったり、
妻の方に「取り敢えず、これを使いな」と自分の財布から2百元を渡してあげる范さんという男性は
穏やかなイイ人だ。(→画像左の赤いポロシャツ)
カメラは、その後、今度はこの范さんや、彼が働く縫製工場を追うようになる。
最後に、カメラが戻るのは、やはりその夫婦。
あの激しい言い争いがまるで無かったかのように、二人揃って働いている。
結局のことろ、似た者夫婦で、あれは“犬も食わない”喧嘩だったのだろうか。
ちなみに、タイトルになっている『苦錢 kŭqián』は、労働者がよく使う表現で、
彼らは、「我去工作了(仕事へ行ってきた)」という代わりに
「我去尋苦錢了(苦い銭を探しに行ってきた)」と使ったりするそう。
お金を稼ぐのは大変なことだから、“苦錢”なのだと。
毎度の王兵監督ドキュメンタリーで、ナレーションなどで説明されることなく、
ありのままを捉えた映像のみで、出稼ぎ労働者たちの生活や湖州の現状を浮き彫りにしている。
筋書きの無いドキュメンタリー作品が脚本賞を獲るなんて、ちょっと不思議にも感じるのだが、どうなのだろう。
ありのままを捉えたただの映像なのに、「この人この後どうするつもりだろう?」とか、
「うわぁー、この人なんか妙な事を言い始めた…!」と、ついつい観入り、163分が経過していたのだから、
取材対象の選び方や、その人たちとの距離の取り方、そして編集力は、優れているのであろう。
意外にも笑える部分もあった。
一番可笑しかったのは、縫製の仕事をする女性従業員と、彼女の雇い主の会話。
まず、この女性が、勤めている縫製工場で、自分の子供のために服を一枚買おうとする。
いわゆる“社販”のような感じで、こういう事はボチボチ行われているのであろう。
値切り交渉の末、社長が提示した価格は35元。すると…
女性「どうせ質が悪いクセに」
社長「自分たちで作って、給料を取っているクセに」
中国って、日本よりアケスケにものを言う人が多くて、本当に面白い。![]()

観る人を選ぶ作品だとは思うが、これまでの王兵監督作品と同様、ムヴィオラの配給で、
2017年、シアター・イメージ・フォーラムでの公開が、すでに決まっているそう。
フィルメックスで観逃してしまった王兵監督ファンの皆さま、良かったですねー♪