【2015年/香港/112min.】
思うような教育を行えず、心身ともに疲れ果て、勤めていた名門国際幼稚園を辞職した慧紅。その事実を夫・永東に打ち明けると、彼もまた仕事でストレスを抱え、退職を心に決めていた。永東の勤め先との契約が切れ、晴れて自由の身となったら、世界一周旅行に出ようと二人は計画。時間的にも精神的にも、これまでには無かった余裕をもち、家事や趣味を楽しみながら生活していたある日、慧紅は、廃園の危機にある園児たった5人の幼稚園が給料4500ドルで園長を引き受けてくれる人を募集しているというニュースを偶然目にする。何かに突き動かされるように、早速、元朗にあるその元田幼稚園を訪ねる慧紅。まるで廃屋のように荒れた園内には、大人を警戒する幼い子供が5人。慧紅の気持ちは固まった。悪条件を受け入れ、学期末までの4ヶ月だけ、元田幼稚園の園長を引き受けることに決めるが…。
入居ビルの耐震補強工事がようやく終わり、2016年11月初旬にリニューアルオープンした新宿武蔵野館で、
陳木勝(ベニー・チャン)プロデュースによる
關信輝(エイドリアン・クワン)監督作品を鑑賞。

今回、プロデュースに回っている陳木勝の監督作品は、相当数観ているが、
關信輝監督は、恐らく本作品で日本初上陸。私は過去の監督作品を観たことが無い(…多分)。
この關信輝監督は、カナダから帰国後、陳可辛(ピーター・チャン)監督のヒット作
『君さえいれば 金枝玉葉』(1994年)の撮影に参加したのをキッカケに香港映画界に入り、
陳木勝監督とは、成龍(ジャッキー・チェン)主演作『WHO AM I?』(1998年)で知り合い、
本作品より前に、陳奕迅(イーソン・チャン)+鍾欣潼(ジリアン・チョン)主演作
『賤精先生~If You Cere...』(2002年)を監督した時にもすでにプロデュースしてもらっているみたい。
陳木勝監督に限って言えば、アクション映画や警察モノのイメージが強いので、
この作品は観る前から、これまでとは何か違うニオイを感じた。
本作品は、勤めていた国際幼稚園の方針に身も心も疲れ果て、退職した女性・呂慧紅が、
テレビのニュースで、廃園を迫られている園児たった5人の幼稚園の存在を知り、
4500香港ドルという薄給で、園長を引き受け、
真の教育と幼稚園存続に情熱を傾け、奔走する姿を描くヒューマン・ドラマ。
教育は愛!お金なんか要りません!と言うのは簡単。
理想を並べ、感動的なドラマは、いくらでも作れるであろう。
でも、この物語は、なんと実話の映画化。
映画の中に出てくる元田幼稚園は、香港郊外・元朗(ユンロン)にある元岡幼稚園、
そこの園長になる呂慧紅は、呂麗紅(ルイ・ライホン)という女性がモデル。
実際、この呂麗紅先生は、身体を壊し、勤めていた国際幼稚園を退職し、夫と世界一周旅行を計画していたが、
2009年、園児が5人しか残っていない元朗の幼稚園・元岡幼稚園が、
月給4500香港ドルで校長を募集しているのを知り、自ら手を上げ、香港一薄給の園長先生になっている。
この事が報道されたため、香港の人々の関心が高まり、寄付やボランティアも集まり、
幼稚園は廃園を免れたらしい。
さらに、こうして映画化されたことで、呂麗紅先生の教育方針に共鳴する人が続出し、
現在では園児が68人にも増え、教師もフルタイムの華人が4名、
寄付で賄われている外国籍の英語教員が一名の他、多くのボランティアにも助けられ、
順調に運営が続いているという。
それでも、呂麗紅先生のお給料は、相も変わらず4500香港ドル(≒6万5千円)に据え置きなんですって。
なかなか出来る事ではありませんわ…。
実際の元岡幼稚園では、今は多くの助けもあり、状況も好転しているだろうが、
映画の中で描かれる廃園間近の末期状態の頃は、たった一人で全てをこなさなければならない。
トイレ掃除などの雑用も全て込み込みの4500香港ドルなわけ。
それに、国際幼稚園のやり方に疲れて退職した呂先生であるが、
元田幼稚園には元田幼稚園のまた別の問題が山積み。
例えば、富裕層相手の国際幼稚園にいたモンスターペアレンツなどは居なくても、
貧困層の子供が通う元田幼稚園では、女に教育は必要ないという親が居たり、
バス代が払えなくて休んじゃう子が居たりするから、子供が子供らしく、安心して学べるようにするためには、
親も教育しないといけない。
一つ分からなかったのは、マスク。
元田幼稚園の園児たちは、見知らぬ大人に会うと、サッとマスクを装着する。
顔を見せると貧乏人の子供だとバレるからマスクをしろと、親から言われているらしい。
元田幼稚園の園長に就任した呂先生は、まず、園児たちにマスクは必要ないと教え、
自信をもたせることから始める。
…が、これ、どうゆうこと?香港では、お金持ちの子と貧困層の子では、そんなに人相が違うの??
マスクをして歯並びを隠したいのなら理解できるけれど、
幼稚園児の年齢なら、どうせまだ誰も歯列矯正なんかしていないだろうから、関係なさそうだし…。
元田幼稚園の園長になる呂慧紅と、彼女を支える夫・謝永東を演じるのは、
それぞれ楊千嬅(ミリアム・ヨン)と古天樂(ルイス・クー)。
二人とも香港を代表する華やかなスタアなのに、
派手なアクションもVFXも無い、こういう小規模な作品に出るなんて、
大陸に押され気味の香港映画を盛り上げたいという気概を感じる。
そういう所は、根本で、廃園を救った実際の夫婦にも通じる。
ちなみに、実際の呂麗紅先生は、(↓)こんな女性。
この映画で、演じる女優に、実際の呂麗紅先生と見た目がソックリであることを求める観衆は居ないと思う。
楊千嬅は美人過ぎない質素な顔立ちだから、真剣に幼児教育に取り組む教育者の役は合っている。
同世代の香港女優でも、例えば梁詠(ジジ・リョン)などだと、美人過ぎて、駄目だったと思うワ。
古天樂が扮する夫・謝永東も、もちろん実在の人物。
本当の名前は謝鴻慈といい、映画と同じように、博物館の展示デザインを仕事にしているらしい。
古天樂は、普段ビンビン発している、これぞ香港明星!って感じのオーラを消して、
博物館で地道にギロチン作りに精を出している。
地味男好きな私には、今回の“七三分け古天樂with眼鏡”は、結構ツボであった。
プロデューサー陳木勝の人脈のお蔭もあり、脇の顔ぶれもなかなか豪華。
元田幼稚園の理事長に馮淬帆(スタンリー・フォン)、何小雪の高齢の父に吳耀漢(リチャード・ン)、
盧嘉嘉の足の不自由な父に姜皓文(フィリップ・キョン)等々。
姜皓文、よく出ているわねぇ~。先日、『大樹は風を招く~樹大招風』でも見たばかり。
まだ幼い女児をもつ父親で、生活が決して楽ではないという点が、両作品で共通。
子供は、時間をかけ、400人の中から選んだ十人に、2ヶ月間、毎週末レッスンを受けさせ、
そこからさらに絞って決めた5人らしい。
幼稚園を舞台にした作品で、園児が玄人はだしのこまっしゃくれた子役だったら、シラケるが、
幼稚園に、広東語ペラペラのインド系の子がいるのは、とても香港っぽい。
(そう言えば、以前、うちの近所にも、
日本の普通の幼稚園に通う日本語ペラペラの超可愛いインド人の女の子が居たけれど、
“日本の普通の教育だと英語が喋れなくなって、インドに帰国してから困る”という理由で、
親が、小学校からはインターナショナルスクールに入れていた。)
あちらで“
催涙映画”などと呼ばれているが、そういうタイプの作品かしら…?

映画としては平均的な出来だけれど、
日本で公開される香港映画が、クライム・アクションにあまりにも偏り過ぎているため、
まったく趣きの異なるこういう作品を観られて、とても嬉しく思う。
高給が保証されている有名幼稚園の職を捨て、真の幼児教育という理想のため、
自ら険しい道を選んだ聖人のような先生が実在することに、感服させられると同時に、
子供を巡る香港の現状が、日本とも似ていたので、身近な問題に感じながら鑑賞。
どこの国でも少子化が進むと、一人の子に注ぐ親の教育熱は高まっていくものだ。
“良い”と言われる幼稚園や学校には、人が集まり、益々人気が高まる一方、
少子化で生徒が集まらず、運営が成り立たなくなる学校が有ったり、
幼い内からの詰め込み教育に疑問を抱く人がいたり…。
人間の一生を左右する幼児教育を商売にするやり方に反対し、
たった4500香港ドルの月給で理想の教育を実践しようとする実際の呂麗紅先生は、
本当に素晴らしい教育者だと思うけれど、
ブームに乗るように、我が子を元岡幼稚園に送り込みたがる親が居るとしたら、
それはそれで、親の妙な教育熱がただ単にこれまでとは違う別の場所に飛び火しただけにも感じるし、
“良い教育者=薄給”のイメージが定着するのも、どうかと思う。
日本の場合、保育士の低収入がしばしば問題になっているわけだし…。
まぁ、何事も“ほどほど”が良いのでしょうか。
気楽に観られる娯楽作品の割りに、案外色々考えさせられた。
小さな子供をもつ親が観たら、もっとあれこれ考えてしまう映画かも知れません。
ちなみに、この作品、新宿武蔵野館を運営する武蔵野興業の配給部門、武蔵野エンタテインメントが、
初めて自社で買い付け・配給した作品なのだと。
東京からミニシアターがどんどん消えていく昨今、新宿武蔵野館は頑張っていると思う。
初の買い付け作品に香港映画、
しかも有りがちな警察モノやアクション映画ではない香港映画を選んでくれて、感謝。
欲を言うならば、日本語字幕で登場人物の名前は、片仮名表記にしないで。本当に分かりにくい。
中華作品の日本語字幕に関しては、意味もなく慣習に固執し続ける映画より、
テレビドラマの方が改善傾向にあり、進歩がみられる。
本作品、新宿武蔵野館での上映は12月中旬までと、残りあと僅か。
ヒットしないと、“次”に続かなくなるから、多くの人に観に行ってもらいたい。
良い会社には、儲けさせてあげることも大切です。
じゃないと、アクションじゃない香港映画を観られなくなってしまいますから~。