【2015年/中国・香港/99min.】
黒龍江省・綏芬河。丁虎が、長年勤めた警衛局を退職し、この故郷に戻って早6年。預かっていた孫が行方不明になったことで、たった一人の娘にも絶縁され、身寄りが無い上、認知症も進み、最近では簡単な事もすぐに忘れてしまう。そんな丁虎がホッとできるのは、近所に住む少女・春花と過ごす時間くらい。いつも明るく活発な春花だが、彼女の父・李政久はろくに仕事をせず、賭け事浸りで、膨らんだ借金は25万元。地元ヤクザのボス・崔宗憲から、「任務を成し遂げたら、借金の件は考え直してやる」と言われ、ウラジオストクに飛び、ロシアンマフィアから、宝石の入ったボストンバッグを盗み出すことに成功。ところが、ここまで危険を冒したにも拘わらず、借金はチャラにならないと言い放たれ、怒った李政久は咄嗟にボストンバッグを抱え逃走。そのまま行方をくらましてしまう。ヤクザのボス・崔宗憲は、李政久を誘き出すために、彼の一人娘・春花を利用しようと思い立ち…。

俳優や武術監督、プロデューサーとして、ずーーーっと第一線で活躍し続けている洪金寶だが、
監督業は、1997年の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ&アメリカ/天地風雲』が最後で、
約20年ものブランクがあったのだと。
その新作が、間も無く、2017年5月27日(土曜)日本公開。
久し振りの監督作で、力が入っているのだろうか、
公開約ひと月半前の4月上旬、洪金寶サマ自らプロモーションのために来日。
洪金寶の来日は、『SPL/狼よ静かに死ね』(2005年)の時以来で、実に11年ぶり。
それに合わせ、先行上映が行われ、洪金寶が舞台挨拶を行うという。
幸運にも、そのチケットの入手に成功し、観てきたナマ洪金寶による舞台挨拶については、こちらから。
肝心の作品については、すっかり放置していたので、
公開を今週末に控えた今、遅ればせながら、以下に記す。
物語は、預かっていた孫娘が行方不明になってしまったことで、
実の娘に縁を切られた認知症気味の孤独な退役軍人・丁虎が、
近所に暮らす少女・春花との交流を通し、ささやかな幸せを感じるも、
春花の父親・李政久が面倒を起こしたため、巻き込まれそうになった春花を助けようと、
悪に立ち向かっていく勇士をアクションを交えて描くシニア奮闘劇。
異議もあるだろうが、ザックリとジャンル分けするなら、アクション映画と呼んでも良いであろう。
アクション映画なのに、主人公が腹筋バリバリに割れた20代ではなく、
年金生活者の翁(おきな)というのがミソ。
具体的には、この主人公・丁虎は66歳。
元々武術の達人だったため、中央警衛局の特工軍人になり、、要人を護衛。
一人娘との仲は良好で、よく孫娘の世話を任されていたが、
丁虎がちょっと目を離し隙に、その孫娘が消え、それっきり。当然娘は激怒し、親子の縁は断絶。
すっかり孤立してしまった丁虎は、定年退職を機に、
長年暮らした北京を離れ、故郷の黒龍江省・綏芬河に戻り、静かに余生を過ごすが、
実は認知症が進行中で、簡単な事もすぐに忘れてしまう。
そんな丁虎を、よく訪ねて来るのが、近所に住む少女・春花。
丁虎は、春花に、消えた孫娘を重ねているのだろう。
彼女と過ごす時は和み、“年の離れたお友達”として交流を続けるのだが、
春花の父であるクズ男・李政久が、ヤクザ者の宝飾品を盗み逃走するという大胆な事件を起こしたため、
春花にまで危険が及ぶ羽目に。
一度孫娘を失っている丁虎は、今度こそ大切な人を守らなければ!と、
ヤクザ者相手に大立ち回りを演じることになる。
アクション映画なのに、主人公がおじいさんなのには、
おじいさんがアクションを披露しなくてはならない、このような止むに止まれる事情が有るわけ。
近年、日本をはじめ、アジア各地で、少子高齢化が進み、
演じる側も、それを観る観衆の側も、高齢になってきているので、
生ヌルいラヴ・ストーリーや青春映画ばかりが制作されたら、
年を重ねた俳優にとってキツイ上、観衆の需要ともズレてきてしまう。
実際、そのズレに目を瞑り続けている台湾のテレビドラマ界は、窮地に陥っている。
有能な若手の人材不足で、30代、40代の俳優にキラキラの王子様を演じさせながら、
偶像劇(アイドルドラマ)を制作し続けているが、見ていて痛々しいのナンのって…。
逆に、2017年4月に始まったテレ朝の昼ドラマ、
高齢脚本家&高齢俳優陣による『やすらぎの郷』が意外にも世間で好評なのは、
制作者側が、年を重ねた今だからこそ作れるドラマを供給していることが、
観衆の需要にも合致している事が大きいのでは。
まさに、高齢化が進む今の時代に相応しいドラマという気がする。
1952年生まれ、御年65歳の洪金寶も、
年金生活者、独居老人、認知症といった同世代のリアルを盛り込みつつ、
本作品を得意なアクション映画に仕上げているところに、
60代半ばになった洪金寶の“成長”が感じられるし、時代にも合っている。
主な出演は、一人暮らしの退役軍人・丁虎に洪金寶(サモ・ハン)、
丁虎に家を貸す朝鮮族の大家さん・朴仙女に李勤勤(リー・チンチン)、
近所に暮らす少女・李春花に陳沛妍(ジャクリーン・チャン)、
李春花の父・李政久に劉華(アンディ・ラウ)、
李政久を追う黒社会のボス・崔宗憲に馮嘉怡(フォン・ジアイー)など。
“動けるおデブ”のパイオニア的存在の洪金寶であるが、
最初に言っておくと、“年を取った洪金寶のかっこいいアクション”だったら…
私は、洪拳宗師に扮する『イップ・マン 葉問』(2010年)の方がずっと上だと思っている。
特に、葉問との卓上対決!
『おじいちゃんはデブゴン』は、私にとって、ストーリーを楽しむ映画で、
洪金寶のアクションを堪能する映画ではなかった。
もっとも、舞台挨拶の時の御本人のお話によると、
本作品のアクションは、丁虎という人物の背景を考慮して設計したもの。
つまり、丁虎は、現役時代、要人の護衛をしていたので、
“敵が要人に襲い掛かれなくなる”ような技をかけることが身に染み付いているわけ。
だから、敵の腕をへし折るようなアクションが多い。
アクションシーンは、ただ単に見栄えのするカッコイイ決めポーズを披露すれば良いというものではなく、
そこから、その人物の人となりが見えてこなければならないとは、奥が深い。
ちなみに、(↓)こちら、中央警衛局の特工軍人になった若かりし頃の丁虎。
このシーン、面白~い。恐らく
ニクソン大統領が訪中した時の画像よねぇ…?

そのニクソンの後方に、人民解放軍の制服を着た若い頃の洪金寶の写真を合成しているの。巧い!
このように、中央警衛局の特工軍人をしていた丁虎は、
『おじいちゃんはデブゴン』という邦題から想像する、強くて愛嬌もあるお年寄りとは、やや異なり、
かなり重い物を背負っている人。
後々、丁虎自身の話から判るのだが、そもそも若い頃に一度した結婚が不幸なものだったらしい。
妻の父は、文化大革命の時、反革命分子のレッテルを貼られ、吊し上げらえた人物で、
妻は、身を守るため、打算で軍人の丁虎と結婚。丁虎を利用しただけで、愛することは無かったという。
幸い、二人の間に生まれた一人娘との関係は良好だったのに、孫娘が行方不明になり、その娘とも絶縁。
孫娘は、変質者に殺されて遺体で発見されたとかではなく、突如消えてそれっきり。
陳可辛(ピーター・チャン)監督作品『最愛の子』(2014年)でも取り上げている、
近年大陸で頻発している児童誘拐事件なのではないかと、想像が巡る。
“デブゴン”という軽い響きとは裏腹に、意外にも中国の近代史や社会問題を盛り込んだキャラ設定なのです。
子役の陳沛妍は、香港の11人組ガールズ・ユニット
Honey Beesのメンバー。

Honey Beesは個別の活動もするし、日本のAKBみたいな感じ?
この陳沛妍ちゃんも、2003年生まれの13歳なのに、すでに出演作多数。例えば、(↓)こちら。
彭浩翔(パン・ホーチョン)監督作品『低俗喜劇』(2012年)で、
杜汶澤(チャップマン・トウ)&田蕊妮(クリスタル・ティン)の娘を演じていたのが、彼女。
大人になったら楊恭如(クリスティ・ヨン)みたいになりそうな雰囲気もあるが、
売れっ子子役だからといって、現時点で、可愛い~♪とは、まったく思わない。そこら辺によくいる感じの顔。
だからこそ、役にリアリティがあるとも言えるし、演技に慣れているから、堂々とはしている。
大陸からは、李勤勤と馮嘉怡。
李勤勤は、50代前半で、プラス10歳くらいの枯れよう。
ほぼ同世代の女優・徐帆(シュイ・ファン)が老け役をやっていると時と感じが似ていた。
この李勤勤扮する大家さん・朴仙女は、朝鮮族という設定。
朝鮮族というと、吉林省・延邊というイメージが強いけれど、
本作品の舞台になっている黒龍江省も朝鮮族が多い地域。
他にも、馮嘉怡扮する黒社会のボスが“崔”という姓だったり、その手下が“金”だったり、春花だって“李”だし、
作中説明は無いが、もしかして彼らは皆朝鮮族の設定…?
本作品のプロデューサーでもある劉華は、特別出演という扱いなので、
話題作り程度にチラッとしか出て来ないものと予想していたら、ガッツリ主要キャストであった。
舞台挨拶の時の洪金寶のお話によると、実際、当初はそんなに出る予定ではなかったらしい。
でも、旧友たちの参加が増えるにつれ、羨ましくなり、あの役はイヤだ、この役もイヤだと選り好みしている内に、
しっかり大きな役を演じることになったそう。
で、演じることになった李政久は、大層なクズ男。
ギャンブルにのめり込み、膨らんだ借金25万元を帳消しにしてもらうため、
ヤクザ者の崔宗憲から危険な仕事を請け負い、成功したのも束の間、崔宗憲から利用されただけだと気付き、
崔宗憲に届けるべき宝飾品を持ったまま逃走し、追われる身となってしまう。
劉華は、本人のイメージ通りの“精悍”だの“高潔”だのといった人物を演じている時より、
お馬鹿やクズを演じている時の方が魅力的(←あくまでも、私の好み)。
劉華で思い出したが、本作品には、崔宗憲の子分・金四役で、杜奕衡(ドゥ・イーフン)も出演。
長い髪で顔が隠れているので、すぐには気付かなかった。
杜奕衡は、劉華の“御用ボディ・ダブル”なのです。
雰囲気が似ている。劉華御用ボディ・ダブルとして重用されてきた杜奕衡だが、
近年は“影武者”業ではなく、独立した俳優として活躍。
日本にも入ってきているドラマ
『隋唐演義 集いし46人の英雄と滅びゆく帝国~隋唐演義』では、

瓦崗寨の軍師・徐茂公に扮する杜奕衡が見られます。
他にも、本作品には、洪金寶監督のもと集まった豪華な顔ぶれが、
あっちにチラリ、こっちにチラリと贅沢に大勢出演しているので、それを見付ける楽しみも。
一部挙げておくと、馮紹峰(ウィリアム・フォン)、胡軍(フー・ジュン)、元彪(ユン・ピョウ)、
石天(ディーン・セキ)、麥嘉(カール・マック)、徐克(ツイ・ハーク)、彭于晏(エディ・ポン)等々。
日本公開版は広東語版なので、広東語を喋る(吹き替え)医者役・馮紹峰に、少々違和感。
徐克監督は、色んな作品にカメオ出演しているが、これまでは大抵香港マフィア感ムンムンの役であった。
今回は、珍しく、ショボめのジイ様。
彭于晏が出ていることは元々知っていた。でも、見付けられないまま終映を迎えそうになったので、
もしかして変装し過ぎていて見逃したのか?!と思ったら、最後の最後に登場。
日本に入って来る香港映画が、クライム・アクションに偏っていることに、いい加減ウンザリしている私。
本作品も、クライム・アクションには変わりないのだけれど、
アクション好きがアクションばかりに期待を膨らませると失望する作品だと思う。
息を飲む迫力のアクションシーンを作品最大の見せ場にしているのではなく、
孤独な老人が孫のような少女のために、余生でもうひと踏ん張りする物語の方が、より重要。
アクション映画にそこまで思い入れの無い私には、こういう方が、むしろ良かった。
久々に監督する洪金寶のために旧友たちが集まった“同窓会映画”でもあり、
小難しい事を考えずに、単純に楽しむ感じの作品。
でも、お気楽映画かというと、実はそうでもなく、よくよく考えると、結構ダークでヘヴィかも…。
前述のように、主人公・丁虎には、文革で愛の無い結婚、孫失踪で娘とも絶縁という身内との問題がある上、
孤独な一人暮らしで、認知症も進行。
近所の春花だって、家庭環境はお世辞にも良いと言えず、ギャンブラーの父は借金を作った挙句、
悪足掻きして、ヤクザ者の手で殺され、彼女は孤児になる。
最後は、事件が解決し、取り敢えず、お話は明るく幕を下ろすが、
我々観衆は、丁虎の認知症が、相当なステージにまで進んでしまっていることを知ることになる。
スカーッと単純なハッピーエンディングではなく、後味がややホロ苦いハッピーエンディング…。
『おじいちゃんはデブゴン』という邦題には、かなり批判の声が上がってる様子ですね。
私自身は、『特工爺爺(とっこう・じじぃ)』という原題を生かした方が、インパクトがあるとは思っていたが、
『おじいちゃんはデブゴン』も、“褒めるほど良いとは思わなくても、批判するほどでもない”という感じであった。
だって、昨今の中華アクション映画の邦題って、
“英語=カッコイイ”と思い込んでいる英語コンプレックス世代が付けたかのような片仮名の羅列ばかり。
取り分け、“ドラゴン”、“タイガー”、“カンフー”の使用頻度は、呆れるほど高い。
どの邦題も似たり寄ったりで記憶に残らないが、その点、『おじいちゃんはデブゴン』は、最低限、記憶に残る。
ただ、今回、本作品を鑑賞したら、『おじいちゃんはデブゴン』という邦題から受けるイメージと、
実際の作品に、かなり差があるように感じた。
『おじいちゃんはデブゴン』だと、愉快な老人が主人公の捧腹絶倒B級アクション喜劇を連想するが、
実際には、笑えるようなシーンはあまり無い。
映画を観て、えぇー、想像していたのと違ったー!ガッカリ!という人々が増えないことを祈る。
最後にオマケ。
こちら、私のお気に入り大陸女性フォトグラファー
陳漫(チェン・マン)が、

中華版<時尚芭莎 ハーパーズバザー>の企画で撮り下ろした『おじいちゃんはデブゴン』キャストのお写真。
左から、洪金寶(サモ・ハン)、元秋(ユン・チウ)、元華(ユン・ワー)、元寶(ユン・ボー)。
シビレるぅぅーーっ!!おじちゃん、おばちゃんたちが、カッコよすぎる!
そして、陳漫はやはりセンスがズバ抜けて良い。実は、映画本編より、陳漫のこれら写真の方が好き。
(陳漫については、こちらを参照)