【2017年/台湾/109min.】
台北、ヴァレンタインデーの朝。
パン職人の小安は、密かに想いを寄せている蕾蕾にモーニングコールを入れるが、
彼女の反応は素っ気ないもの。
軽く失望しながらも、職場へ向かい、蕾蕾を想い、チョコレートの薔薇をこさえ始める。
小心が切り盛りする生花店は、今日が書き入れ時。
でも、当の小心は一人ぽっち。
一緒に働く叔母さんが「私が素敵な相手を見付けてあげる!」とお節介。
そんな時、お店に入って来たのは、純白の服に身を包んだ女性同士のカップル。
これから市が催す合同結婚式に出席するらしい。
小心は、彼女たちのために、シャンパンカラーの素敵なブーケを作る…。
私が2017年締めの一本に観たのは、

魏聖は、台湾で大ヒットした長編監督デビュー作『海角七号 君想う、国境の南』(2008年)で失望、
プロデュース作品『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年)も現地では大ヒットしたが、
私にとっては駄作でしかなく、魏聖には苦手意識しかない。
でも、新作が万が一面白かったらどうしよう…と思い、ついつい年末の渋谷に観に行ってしまった。
本作品は、ヴァレンタインデーの台北を舞台に、
年齢、性別、立場などが異なる人々の様々な愛の形を、ミュージカル仕立てで描いた群像劇。
タイトルに有る“52Hz(ヘルツ)”とは?
他の鯨とは発する周波数が異なるため、仲間とコミュニケーションが取れず、
たった一匹で大海を彷徨う鯨が実在するという。
その鯨が発する周波数が52Hzなのだと。
世界で最も寂しいこの鯨の話を知った魏聖監督は、
心の中では愛を求めているのに、その伝達方法が分からずにいる都会の孤独な人々を重ね、
“52Hz”こそが耳を傾けるべき音であると、この新作映画のタイトルに取り入れたようだ。
物語は、30を過ぎても独り身の生花店女性店主・小心と、
慕い続ける女性にその想いにすら気付いてもらえないでいるパン職人・小安という二人を軸に、
“永過ぎた春”カップル、同性婚カップル、熟年男女などが登場。
そんな彼らの愛情群像劇を、

中国語映画のミュージカルは珍しい。
パッと思い付くのは、陳可辛(ピーター・チャン)監督の『ウィンター・ソング』(2005年)と、
杜峯(ジョニー・トー)監督の『香港、華麗なるオフィス・ライフ』(2015年)くらい。
私は基本的にミュージカルが好きではないので、それをさらに苦手な魏聖監督が手掛けているとなると、
ダブルでキツイ“二重苦”になりかねない。
ミュージカルなので、出演者も、俳優業ひと筋!という人より、音楽関係の人を中心にキャスティング。
主な出演者をカップル別にチェック。
お花屋さんを営む小心に“小球”こと莊鵑瑛(ジョン・ジェンイン)、
パン職人の小安に“小玉”こと林忠諭(リン・ジョンユー)。
この二人が作品の中心的人物。
小球は、二人組ユニット棉花糖(コットンキャンディ)のリードヴォーカル(ユニットは現在活動休止中)。
見る角度によっては、“素朴な郭采潔(アンバー・クォ)”っぽかったり、
日本のJUDY AND MARYのYUKIのような雰囲気もあって、美人と言うよりは、お茶目な個性派。
小心の叔母に趙詠華(シンディ・チャオ)、小安のパンの師匠でヤモメの東に林慶台(リン・チンタイ)。
趙詠華を見るのは、
『イタズラなKiss~惡作劇之吻』で入江直樹の不思議ちゃんなママを演じていた時以来かも…。
もう50歳になられたのだとー(で、本作品では、実年齢より上の52歳という設定)。
林慶台は『セデック・バレ』で有名になった“演技もできる牧師サマ”。
本作品ではノドも披露。歌唱力より“味”が勝負の魅力ある歌声で、私は好きヨ。
小安が密かに想いを寄せる女性・蕾蕾に米非(チェン・ミッフィー)、
蕾蕾がが長年支えて交際を続ける売れないミュージシャンの游大河に舒米恩(スミン)。
阿美(アミ)族の歌手・舒米恩は意外と映像作品に出ているのが、
米非の方は、演じている姿を見るのはお初。
でも、朴訥とした演技の舒米恩(←それはそれで味があって良い)と違い、すでに女優が板に付いている。
白いスーツで合同結婚式に臨む女性・に張榕容(チャン・ロンロン)、
のお相手・美美に李千娜(リー・チェンナ)。
李千娜は元々歌手だが、日本では女優業の方でより有名かも。
そんな事もあり、このカップルが一番“スクリーン慣れした演者コンビ”に感じられる。
もし魏聖監督の意図が、寂しい鯨のように“愛が枯渇した孤独な都会人”を描くことならば、
私にはその意図が感じられなかった。
小心の叔母さんやパン屋の東師匠なんて、熟年になっても色めいちゃって、楽しそうだし、
&美美の同性婚カップルだって、社会の無理解にショゲている様子は無く、
自分たちらしく、堂々としており、幸せそうに見える。
なので、“孤独な都会人”云々ではなく、もっと単純に、十人十色の恋愛の形を描いた作品という印象。
様々な愛の形を描いてはいても、特殊なケースは無いので、日本にも当て嵌め易い。
日本にも居るけれど、私だったら絶対に無理!と感じたのは、蕾蕾&大河カップル。
大河は芽が出ないミュージシャン。
一応楽器店で働いてはいるけれど、月の収入は多くて9千元(≒3万円)だから、
当然所帯など持てる状態ではない。
恋人の蕾蕾は、それでも彼の才能と将来の結婚を信じ、交際を続けてきたものの、
青春時代の十年が無駄に過ぎ、いい加減疲れ果て、今度こそ本気の別れを切り出すつもり。
そんな蕾蕾の気持ちを察していない大河は、遂に彼女との結婚を決意し、
ウキウキ気分で、プロポーズの場に相応しい高級フレンチレストランを予約。
実は大河、コンテストに優勝し、3万米ドルを手にしたから、結婚を決めたのだが、
何も知らされていない蕾蕾は高額メニューを見て「私の一週間分の収入が消える…!」と愕然とし、
これを機に本心をブチまけ、レストランを飛び出すんだけれど、
追ってきた大河に言いくるめられ、結局ヨリを戻しちゃうのよねぇ~。
私、この大河の何がイヤって、これまでずっと経済的に蕾蕾に依存していたようなのだ。
3万ドル程度の賞金では、一生の生活費にはならないし(事実、借金返済で賞金は全て消えるらしい)、
この能天気な男とこれ以上一緒にいたら、次の十年も食い潰されそう…。
“下積み”、“腐れ縁”、“神田川”といったキーワードが嵌る湿っぽい恋愛とは無縁でありたい。
蕾蕾の髮がしな垂れ、表情が恐ろしく暗いのも(笑)、印象に残った。相当クタビレているわよね。
他にも、魏聖監督の過去の作品出演者を中心に、多くのミュージシャンや俳優が登場。例えば…
大河の友人でバンドのリードヴォーカルに范逸臣(ファン・イーチェン)、
そのバンドのベーシストに馬念先(マー・ニエンシェン)、
フレンチレストランの店員に田中千絵や林曉培(シノ・リン)、
その店に客として来る夫婦に、リアル夫婦の馬如龍(マー・ルーロン)&沛小嵐(ペイ・シャオラン)等。
レストランの中で歌う范逸臣に熱い視線を送りながら、ノリノリで踊る田中千絵は、『海角七号』を彷彿。
この二人、私生活でもずっと付き合っていて最近別れたと報道されてるが、どうなのでしょうねぇー?!
馬如龍は、身に付けている宝飾品が女房より煌びやか。
文字盤までびっちり総ダイアの腕時計は、恐らくピアジェであろう(まさかパチではあるまい)。
この指輪とセットでしているところをよく見るので、映画の小道具ではなく、自前と推測。
台湾は派手なオバちゃんが多いけれど、オジちゃんも派手ですね~。
そう、あと、小心の弟のガールフレンド役で登場する孫睿(スン・ルイ)が、たまに前田敦子に見えた。
観る人を不快にするような作品ではないが、かと言って心に残る物も何も無く…。
本作品を観て、日本はやはり魏聖監督に甘いと再確認。
日本に入って来て欲しい台湾映画は、他にもっと有るのに、
それらを差し押さえて入って来たのがコレなのかよ、…と。
日本ではなぜか“台湾の巨匠”扱いになってる魏聖というブランドが無ければ、
公開されることのなかった作品だと感じる。
私が元々ミュージカルに無関心であることを差し引いて考えても、
プロットが凡庸だし、ラヴストーリーのワクワク感に欠ける。
映像から、台湾のムッとする湿度が感じられないのも、外国人の私には物足りない。
(ヴァレンタインの時期なのに、登場人物たちの服装が、東京の5月くらいの感じなのは、台湾っぽいかも。)
主人公がパン屋、馬念先も出演といった共通点から、
台湾恋愛映画の傑作『ラブ ゴーゴー』(1997年)を、無意識下で勝手に重ねてしまった私も悪い。
奇しくもその『ラブ ゴーゴー』は、この『52Hzのラヴソング』と同じように、年末にその年最後の一本として、
『52Hzのラヴソング』と同じ渋谷ユーロスペースで(場所は現在と違うが)鑑賞し、
「一年の締めにこんな拾い物の映画に出逢えて良かったぁ~」と幸せ気分に浸らせてくれた作品なのだ。
その陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督も、もはや『ラブ ゴーゴー』の頃とはすっかり変わり、
安っぽいドタバタ大衆娯楽映画を撮る、ただの器用な監督さんに成り下がってしまったけれど…。
ふぅ~、もっと私好みの台湾映画が日本に入ってこないかしらぁ…。
この『52Hzのラヴソング』を日本で配給する太秦は、過去に『GF*BF』(2012年)なども入れているので、
楊雅(ヤン・ヤーチェ)監督繋がりで、
『血觀音~The Bold, the Corrupt, and the Beautiful』をおねだりしたい。