【2008年/香港/93min.】
≪啓蟄≫
中国西域の砂漠で殺しの仲介を生業とする歐陽鋒のもとには、例年この時期になると
旧友の黄藥師が訪ねてくる。
今年、黄藥師は、ある人からもらったと言って、“醉生夢死”と呼ばれる酒を持参して現れる。
この酒を飲めば、過去を忘れられるという。 歐陽鋒は断るが、黄藥師はこれに飲む。
燕國の貴公子・慕容燕が、妹・慕容嫣を裏切った仇に、黄藥師を殺してくれと、歐陽鋒に依頼に来る。
黄藥師は、かつて燕國を訪れた時、慕容燕と酒を交わし
酔ったはずみで「君に妹が居たら、妻にしたいのに」と口にする。
そこで、慕容燕と瓜ふたつの妹・慕容嫣が、黄藥師を待つが、彼は結局現れなかったという。
≪夏至≫
みすぼらしい身なりの若い娘が、歐陽鋒を訪ね、弟を殺した太尉府の刀客に復讐したいと言う。
娘が歐陽鋒に渡せる報酬は、嫁入りの準備に飼っている一匹のロバと玉子だけ。
歐陽鋒は、金が無ければ駄目だと依頼を拒否するが、娘はなかなか諦めようとしない。
流浪の剣士がやって来て、馬賊を成敗するという。
元々目の悪い彼は、30歳になったら、完全に失明する運命。
歐陽鋒が年を尋ねると、ちょうど30になったばかりだと打ち明ける。
≪白露≫
洪七という裸足の若い男がやって来る。
歐陽鋒は、江湖で名を成したいと野心に燃える洪七の面倒を何かと見てやることに。
ところが洪七は、歐陽鋒の助言を聞かず、玉子の報酬で貧しい娘の敵討ちに請け負ってしまう。
≪立春≫
白駝山を訪れた黄藥師に、歐陽鋒の兄嫁が語る。
一度も愛していると言ってくれなかった歐陽鋒とは一緒にならず、彼の兄と結婚し
愛の勝者になった気でいたが、ある時自分が敗者であることに気付いたと言う…。
2003年4月1日、張國榮(レスリー・チャン)が自ら命を絶ち、早いもので今年でもう10年。
未だに彼の死を悼む人々は多く、各地で様々な追悼のイベントが開催されている。
そこで私も、命日に張國榮主演作を。

2008年、王家衛監督自らの手で再編集したのが、この『東邪西毒~終極版』。
2008年第61回カンヌ国際映画祭で招待作品として上映され、翌2009年には一般公開。
王家衛監督作品なら当然日本でも公開されると思い込んでいたが、未だ公開されず。
でもね、私、
中国版DVDなら持っている。

他の多くのDVDと同様、中国で買って、未開封のまま棚の肥やし。
先日、ふと手に取り、容器をよくよく見たら、リージョン“ALL”で、おまけに“NTSC”と記されている。
えーっ、もしかして、これ、日本の普通のDVDプレーヤーで観られるの?!と軽く驚き、ようやく開封。
かさ張るのがイヤで、通常版を探したのだが見付からず、仕方なく購入したデラックス版。
箱が無駄に厚ぼったく、半分は空気。 残り半分に入っているのは、DVDと付録のノート。
写真集ではなく、あくまでもノート。 まったくの無地ではなく、一応所々に映画のシーンが印刷されている。
そのノートの背表紙には、フィルムが一片オマケに付いている。
私のは、張國榮が佇む結構有名な1カットであった。 当たり♪
購入してから随分長いこと棚で熟成(?)させていたが、プレーヤーに入れてみたら、おぉ~ちゃんと映る!
これまで、“中国のDVD=リージョン6/PAL=日本の通常プレーヤーでは視聴不可”と思い込んでいたが
これを機に、他のDVDもチェックしたら、案外“リージョンALL/NTSC”の物が多いことに気付いた(…今更)。
(パッケージにリーションコードが記されておらず、プレーヤーに入れるまで視聴可能かどうか不明な物も多い)
…と言う訳で、張國榮を偲びつつ、日本未公開作品『東邪西毒~終極版』を鑑賞。
本当は、ちゃんとオリジナル版の『楽園の瑕』と比較したいのに、どんな作品だったかまったく記憶ナシ。
あれ、王家衛監督作品の中では、あまり好きなものではなく、恐らく一度しか観ていない。
しかも、その一度の鑑賞の際、
ウトウトしてしまい、余計に印象がボケボケになってしまった。

『終極版』鑑賞前にもう一度観直すほど気力も体力も無いので、もうスパッとパス。
世間で言われているオリジナル版との一番の違いは、デジタル処理して鮮明になった映像だろうか。
また、張國榮出演シーンを増やしたとも言われている。
逆に、オリジナル版に有るシーンでも、
削られている部分が多いとか。

なんでも、倒産したフィルム現像会社からフィルムを回収した際
すでに無くなっていた物が結構有ったらしいので。
そんな色々で、元々100分だった作品は、93分とややコンパクトに再編集されている。
物語は、砂漠でひとりひっそり殺しの仲介をしながら生きる歐陽鋒を中心に
啓蟄から夏至、白露、立春、そして再び訪れる啓蟄までの暦の中で展開する。
抽象的な説明になるが、歐陽鋒を訪ねてくる人、彼らが人生の中で関わる人、
そして歐陽鋒自身の心情を詩的に綴った切ないお話。
登場人物の名前や一部のエピソードは、金庸の小説
<射英雄傳>を引用しているが

ストーリーは王家衛監督のオリジナル。
(クリックで拡大)
出演は、白駝山出身の殺し屋元締め・歐陽鋒、後の“西毒”に張國榮(レスリー・チャン)、
歐陽鋒旧知の黄藥師、後の“東邪”に梁家輝(レオン・カーフェイ)、
瓜ふたつの兄妹、慕容燕と慕容嫣、後の“獨孤求敗”に林青霞(ブリジット・リン)、
弟の敵討ちを目論む貧しい娘に楊采妮(チャーリー・ヤン)、
盲目の剣士に梁朝偉(トニー・レオン)、その剣士の想い人・桃花に劉嘉玲(カリーナ・ラウ)、
野心に燃える洪七、後の“北丐”に張學友(ジャッキー・チュン)、
歐陽鋒の兄嫁に張曼玉(マギー・チャン)。
中華圏のあの時代のスタア中のスタアを集結させた非常に豪華な出演陣であるが
その中でも本作品の主演俳優と言えるのは、やはり張國榮でしょー。
扮する歐陽鋒は、同情などせず、金を払えない者には手を貸さない冷酷な男。
なのに、どこか憂いを含んだ表情の張國榮に吸い込まれる。
『欲望の翼』の阿仔然り、『ブエノスアイレス』の何寶榮然り、王家衛監督作品の中の張國榮はいつも
ただの甘い二枚目ではなく、実は結構イヤな奴なのに、ツンとそっぽを向く気高い猫のようで魅力的。
好きな役というわけではないけれど、張學友扮する洪七も印象に残る。
他の登場人物は皆影があるのに、洪七だけおちゃらけているから目立つ。
洪七と絡むシーンでだけ、歐陽鋒もなんか明るい。
今では、分別のある大人の男を自然に演じる張學友が、こういう若造を演じているのが懐かしい。
『いますぐ抱きしめたい』の烏蠅も血気盛んだったし
王家衛監督にとっての張國榮が孤高の猫であったように
あの頃、監督にとっての張學友は、こういうハチャメチャな男の子だったのであろう。
梁朝偉は、オリジナル版ではもっと出演シーンが多かったように記憶していたが、気のせい?
梁朝偉は本作品を皮きりに、その後、『偷偷愛你~Blind Romance』(1995年)、
『サウンド・オブ・カラー~地下鉄の恋』(2003年)、『聽風者~The Silent War』(2012年)と
これまでに4作品で盲人を演じている。
あと、本作品では、私生活で今では妻となった劉嘉玲を、親友に取られたと心を痛めている。

絵的に好きなシーンは、籐のような素材でラフに編まれた大きな鳥かごを使った部分。
影の使い方が効果的で美しい。
だが、このDVDには、美しい映像を汚す致命的な欠陥が…
なんと、10分に一回、必ず画面の左上に、発行元“星外星影視”のマークが表示される。
コレ、お札の透かしみたいな物で、このマークが正規版の証しなのだろうけれど、それにしてもねぇ~。
日本では有るまじき、作品に対する冒涜だわ。 中国のDVDは沢山持っているけれど、こんなの初めて。
(音声が広東語と北京語、字幕が繁体字、簡体字、英語と選べる点は
高いばかりで選択肢がほとんど無い日本のDVDよりよっぽど優秀)

新たに馬友友(ヨーヨー・マ)にのせ替えられている。 これまた豪華。
オリジナル版が特別好きではないため、期待していなかったせいかも知れないけれど、案外良かった。
武侠映画というより、遣る瀬無い
ラヴストーリーで、少なくとも退屈せずに最後まで鑑賞。

オリジナル版には“取り留めの無い話”という印象ばかりが残っていたが
こちらは同じように取り留めが無くても、全体的に王家衛監督らしいロマンティシズムをより感じる。

終極版で見る方が、なぜかロマンティック。 人を心を煩わすものは過去の記憶なのだと。
だから過去を忘れれば、煩わされることなく、常に新たな気持ちで生きていけるって。
剣さばきが速いと、切られた時、傷口から吹き出す血しぶきが、風のように心地良く聴こえるそうだが
その音を初めて聴いたのが、最期の瞬間だったという梁朝偉の台詞も忘れ難い。
あと、やはり何と言っても、久し振りにじっくり見た張國榮が素敵。
王家衛の“張國榮愛”をビシバシ感じる作品。
だからと言って、これが大好きな作品にはならなかったけれど。
多分私が王家衛監督に求めるものは、時代劇や武侠映画ではないのだ。
でもなぜか『グランド・マスター~一代宗師』は楽しみにしております。 2013年5月31日全国公開。
最後に改めて、張國榮さま、天国で安らかに…。