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映画『岸辺の旅』

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【2015年/日本/128min.】
夫・優介が忽然と姿を消し、早3年。
八方手を尽くしたけれど、行方は分らず、瑞希は喪失感に苛まれながらも、
子供たちにピアノを教え、少しずつ元の生活を取り戻そうと努力する日々。
そんなある晩、家で瑞希が料理をしていると、突然優介が帰宅。
戸惑いつつも、優介を温かく迎い入れる瑞希に、彼は「俺、死んだよ」と告げる。
そして、この3年の間に彼が過ごした想い出の場所を一緒に巡ろうと提案。
瑞希はこの誘いにのり、早速二人は電車に乗って、まず最初の目的地・谷峨へ。
そこには、優介が一時お世話になった新聞屋の島影が暮らしているというが…。




黒沢清監督の新作は、湯本香樹実の同名小説の映画化で、
2015年第68回カンヌ国際映画祭・ある視点部門で監督賞を受賞。
黒沢清監督作品は、まぁまぁ好きな物と、苦手な物が有るけれど(…どちらかと言うと苦手な物の方が多い)、
本作品には元々興味が有り、カンヌ受賞のニュースで益々観たくなった。
原作は未読で、内容をほとんど知らないまま、公開されてすぐに鑑賞。



死んで突然戻って来た夫・優介と、ずっと彼の行方を探していた妻・瑞希が3年振りに再会し、
空白の時間を埋めるように、優介が過ごした場所を共に巡る旅をする
亡き夫&未亡人によるちょっと変わった夫婦(めおと)ロード・ムーヴィ

二人の男女が並んでいる様子はとても現実味のある夫婦に見えるのに、
なんと夫がすでに故人という意外…!

この夫・優介は、3年前に失踪。妻・瑞希はあの手この手で捜索するが、足取りは掴めぬまま。
そんなある日、優介がフーテンの寅さんみたいにフラリと帰宅。
これで一件落着かと思いきや、優介の口から出たのは「俺、死んだよ」というマサカの死亡報告…!

とにかく、こうして無事再会を果たした二人は、
この3年の間に、夫・優介がお世話になった人々を訪ねる御礼行脚に出発。
その御礼行脚の過程で、我々観衆は、優介の事や、夫婦の事を少しずつ知るようになる。
妻・瑞希もまた我々観衆と同じように、自分が知らなかった3年間の優介を知っていくのだが、
それは同時に、(瑞希本人は意識せざるとも…)今度こそちゃんと優介を見送れるよう、
心の準備をする期間にもなっている。


死んだ者が心置きなくあの世へ旅立てるよう、
また、残された者が気持ちに整理をつけ、より良く生きられるよう、今一度再会し、交流する様が、
私には、とても東洋的なお盆のようなイベントにも近い感覚に思えた。

そう考えると、台所のコンロに火を点け、手作りする白玉は、“迎え火”や“お供え”みたいだし、
最後に祈願書を燃やすのは、“送り火”のように思えてくる。




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主人公の夫婦を演じるのは、3年前に失踪した夫・薮内優介に浅野忠信
ピアノ講師をしながら一人で暮らす妻・薮内瑞希に深津絵里

幽霊というと、足が無いとか、浮いているとか、体が透けているとか、
何か特殊な演出が施されがちだけれど、浅野忠信扮する本作品の故人・優介は、至ってノーマル。
強いて言えば、靴のまま部屋に上がってきてしまう最初の登場シーンにだけ、
現世の日本の習慣を忘れてしまったのかのような様子が窺える。
それ以外、これといって変わった所の無い普通の中年男性が、
自ら「俺、死んだよ」と想定外の報告をするから、
一体、この人、どうしちゃったの…?!という興味が湧く。

話が進むにつれ、富山の海で死んだこと、それは自殺だったこと、
遺体は蟹に食べられ、跡形も無くなってしまったこと、
当時心を病んでいたこと、生前は歯科医として働いていたことなどが、次々と判明していく。
優介が自ら死を選択するほど心を病んだ理由は、最後まではっきりと明かされることなく、想像の余地を残す。


妻・瑞希は、ずっと優介の行方を追っていたにも拘わらず、
突然の再会にも、不必要に感情を高ぶらせることなく、帰宅した夫を自然に迎い入れる。
ベタベタすることもなく、まるで空気のように、一緒に居ることが当たり前の、お似合いの夫婦に見える。
それだけに、生前の優介が浮気していたと判明した時は、「優介、お前もか…」と軽くショックを受けた私。




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薮内夫婦所縁の人々に扮するのは、谷峨の新聞屋・島影に小松政夫
夫と小さな食堂を営むフジエに村岡希美、優介と同じ病院に勤める松崎朋子に蒼井優
息子を亡くした農家の星谷に柄本明、星谷の息子の嫁・薫に奥貫薫
瑞希が16歳の時に死んだ父に首藤康之など。

味のある実力派で固められた脇のキャストの中でも、
短い出演シーンながら、取り分け印象に残ったのが、
生前の優介の浮気相手だった松崎朋子に扮する蒼井優。

最初の登場シーンでは、地味で控え目な事務員という印象。
そうそう、こういうのに限って案外愛人やっちゃたりするのよねぇ~、なんて思って見ていたら、
この朋子、ぜんぜん“控え目な女性”などではなかった。
恐らく瑞希も、心の片隅で朋子を所詮淋しい独身女性と見くびり、
相手より優位な“私は結婚もしている勝ち組の女”という立場から強く出たのだろうが、
意外にも朋子の方が一枚上手でありました…。蒼井優、コワッ…!
かつては、“癒し系森ガール”の代表格だった蒼井優も、
今では同じ“森”でも、中の様子が伺い知れない“樹海”のようなデンジャラスな女に違和感ナシ。
本妻・瑞希(深津絵里)VS.愛人・朋子(蒼井優)の舌戦は、短いながら見もの。





死んだ夫と存命の妻が旅するなんて、非常に嘘くさい話なのに、なぜだか現実味がある。
形こそファンタジーでも、その中に描かれているのは、大切な人の死をどう乗り越えるか、
永遠の別れをどう受け入れるかといった、人間誰しもがいつかは経験する現実的で普遍的な問題だから、
案外スーッと入り込めてしまう。
黒沢清監督の過去の奇想天外なホラーには、唖然とすることも多く、結構苦手なのだけれど、
本作品は、本来相反するファンタジーとリアリティを上手く融合させたラヴ・ストーリーで、なかなか。
浮気をしていた夫が、心を病み、失踪したまま海で自殺し、身体を蟹に食べ尽くされたなんて、
よくよく考えると悲惨以外のなにものでもないが、後に温かな余韻を残すのも良い。

瑞希が作っていた白玉も記憶に残っている。
白玉なら、私も作ったことがあるけれど、私は丸めて茹でただけ。
瑞希の白玉は、中国の湯圓のように、中に胡麻餡入り。
しかも、その胡麻餡も、胡麻を擂り鉢で擂って一から作る本格派。美味しそう~。


瑞希と言えば、後半、なぜかモンペを穿いていたのも気になった。

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女優が穿いてもモンペは所詮モンペだということが分かった。
戦時中のイメージがあるこのボトムスを、敢えて現代人の瑞希に穿かせた意図は?


あと、余談になるけれど、
映画館のチケット売り場で、私の前の人が「『岸辺のアルバム』一枚」と言っておられた。
ついついそのように間違えてしまうのも分らなくもないが、
私の場合、“岸辺(岸部)”と聞き、反射的に続くのは“一徳”でしょうか。
ちなみに、この手の間違いが多いのか、窓口担当の女性は訂正することもなく、サラーッと対処していた。

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